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88.未来を占う悪夢(2)

前回の話

イスラはアバン王子の婚約者を決める選考会の三次選考を受けたが、結果発表の前に選考委員会の委員長であるヨアヒム・オーヒル侯爵から落選の見込みを伝えられた。

「イスラ、今日は何を用意してくれているの?」

「本日はアイリス様に服飾店の内装についてアドバイスしていただきたいと思っております」

「何それ!? 面白そうね!!」


俺は今日、侯爵令嬢であるアイリス・オーヒルのために服飾店の開店に関する疑似体験をしてもらおうと思っている。


アイリスはまだ12歳ほどの小娘だが、父親であるヨアヒム侯爵は彼女を甘やかして育てたようで、年の割に服を大量に与えられており、そのためか美的感覚も優れている。


そんなアイリスは以前、ナスル商会で取り扱う服のデザインに関して口を挟んできたことがあったので、服屋のことも興味があると思っていたが、案の定目を輝かせて食いついてきた。


「実は今度、私の知人が経営するナスル商会で最新の服を取り扱う直営の店舗を作る話が持ち上がっています。しかし、普通のお店では他の競合店舗との差別化ができません。そこで、アイリス様にもご協力いただきたいと思っています」

「私に聞くとは良い心がけね。それで、具体的に何をすればいいの?」

「まずは、実際のお店の雰囲気を感じていただければと思います。移動しますので、こちらへどうぞ。詳しいお話は現地でいたします」

「分かったわ」


俺の説明をアイリスは何の疑いもなく聞き入れて俺の元に駆け寄って来た。

目的地に向けて移動しようと思った矢先、アイリスが俺の手を握って来た。


「アイリス様、どうかされましたか?」

「別に何でもないわ。イスラがはぐれるといけないから、手を握っておいてあげる」

「分かりました。お気遣いありがとうございます」


アイリスは目を逸らしながらよく分からないことを言っているが、要は俺と手を繋ぎたかっただけだろう。

俺の上辺だけの優しさに騙されて、ここまで懐くとは本当に馬鹿な娘だ。


俺はアイリスと手を繋いで部屋を出たが、そこでアイリスの使用人に声をかけられた。


「どこかへ行かるのですか?」

「ええ、少し」

「旦那様からのご指示で、アイリス様の居場所は把握させていただく必要がございます。恐れ入りますが、同行させていただけないでしょうか?」


部屋の外で控えていたアイリスの使用人はどこかへ外出しようとする俺達を見て慌てて同行を申し出た。

これは当然のことで、アイリスはまだ子供であり、家族思いのヨアヒム侯爵が娘を一人でどこかへ行かせるということなどありえない。


俺はアイリスの使用人を改めて一瞥した。


侯爵家の家人にしては若くて綺麗な女で、風格は感じない。

家事をするには邪魔になるような装飾の付いた服を着ており、恐らくはアイリスが自ら自分の使用人の着る服について注文を付けていることが予想できる。


こいつは恐らくアイリスが見た目を重視して選んだ者であり、能力は度外視されている。

俺はその使用人の女にも笑顔で応えた。


「もちろん、構わないわ」

「ご配慮いただきありがとうございます」


使用人の女はほっとしたような表情をして俺とアイリスの後ろに付いた。

この程度の女であればいくらでも言いくるめることができそうなので、俺にとっては全く脅威にはなり得ない。


それから俺達は車で王都にある建物を訪れた。


そこはまだ何の店も入っていない空き家であり、これから出店を予定している場所だ。

店自体はナスル商会が用意するので俺は完全なる部外者ではあるのだが、ナスルに頼み込んでこの開店準備中の店舗への立ち入りを許可してもらった。


まだ商品は一切置かれておらず、壁や床を舗装するための道具がその辺りに散らかっている。


「アイリス様、足元にお気をつけください」

「ありがとう、イスラ。ここにお店を出すのね。広さは……普通ね」

「はい。大衆向け、というよりは貴族をターゲットにして厳選した商品を置くというコンセプトなので」


アイリスは早速建物の中をキョロキョロと見まわし、どこにどんな服を置くかについて想像を膨らませていた。


そして立地や流行も踏まえていろんなパターンを考えてくれたようだが、中々考えがまとまらないようで悩み始めた。


「季節もののドレスを全面に押し出した方がいいかしら? だけど、それだと新しさに欠けるわ。小物にまで手を出すと、スペースが足りないわね。……いっそのことお父様のような男性用のものを用意する……? うーん、難しいわ」


アイリスは一人でうんうんと唸りながらいろいろ考えてくれたようだが、店に置く商品や壁紙の種類、店員の制服に至るまで検討していくうちに、あっという間に数時間が経過した。


恐らくそろそろ時間切れだ。

アイリスの使用人の女がおずおずとアイリスに告げた。


「アイリスお嬢様、恐れ入りますが、そろそろお帰りの時間です」

「もうそんな時間!? 楽しい時間は過ぎるのが早いわね」


時間はそろそろ夕方に差し掛かる。

子供の門限には丁度いい時間だ。


アイリスは我に返り、外の様子を確認して夕陽に染まりかけている街並みを呆然と眺めた。

そして名残惜しそうに何もない店の中を見回した。


俺はその様子を見て、すかさずアイリスの使用人の女に提案した。


「横から失礼します。アイリス様はこの後や、明日に何かご予定はありますか?」

「いえ、そういった訳ではないのですが、お帰りが遅くなると旦那様が心配されます」


使用人の女は突然俺に話しかけられて少しビクリとしたが、何事もなかったかのように返事をした。


やはりこの女は使用人としては三流だ。

いくらアイリスがまだ子供であり、予定など入りようもない年齢だったとしても簡単に主の予定を他人に明かすものではない。


まあ、俺はアイリスの予定を事前に調べて知っていたのでただの茶番ではあるわけだが。

向こうからアイリスの予定がないことを引き出せたので、俺は次の提案に移った。


「もしよろしければ、もう少しアイリス様に時間をいただけませんか?」

「ですが、旦那様が……」

「オーヒル侯爵とは面識があります。今この場でアイリス様のお帰りが遅くなることについて私から一筆したためるので、少しお待ちください」


俺は使用人の返事も待たずに紙とペンを用意してアイリスの帰りが遅くなる旨の手紙を書いた。

使用人の女は終始オロオロして落ち着かない様子だったが、俺はそれを無視して書きあがった手紙を強引に手渡した。


「侯爵様には『イスラ・ヴィースラーからだ』と言っていただければ分かります。あなたはこの手紙を侯爵様にお届けください。アイリス様は私が責任を持ってお送りしますので」

「…………そういうことでしたら」


使用人の女は渋々といった表情で俺の提案通り、手紙を持って一人でオーヒル家の屋敷に戻っていった。


雇い主と俺という第三者の貴族との間で板挟みになった使用人の心理は恐らくこの場で波風を立てることを避けるという一時しのぎの選択だっただろうが、それは至極自然なものであったし、俺もそうなるよう誘導した。


その結果、空っぽの店舗の中には俺とアイリスだけが残された。


「イスラ、ありがとう!! 私、丁度まだ帰りたくないと思っていたの!」


アイリスは嬉しそうに俺の方に近づいてくると、腰のあたりにしがみついてきた。


俺はそんな彼女の頭を優しく撫でてやった。

サラサラとした髪の感触が指に残る。


「イスラは美人だし、優しいし、私をたくさん楽しい気持ちにしてくれるから、大好き。どのくらい好きかっていうと、お姉さまと同じくらいかしら。光栄に思いなさい」

「ありがとうございます。身に余る光栄です」


アイリスの姉は既に結婚して別の家で暮らしているのだが、彼女にとって俺は姉の代わりのような存在のようだ。

家族と同じくらいに想ってもらえているとのことで、大変結構。

後はその信頼を利用してやるだけだ。


「アイリス様はご家族思いなのですね」

「当たり前じゃない。家族なんだから。でも、最近お父様は私に厳しいの」

「と、言いますと?」

「前は私の欲しい物なら何でも買ってくれたのに、最近は我慢しなさい、っていうことが増えたの。酷いと思わない?」


家族の話から話題はアイリスの父であるヨアヒム侯爵へと移った。


当の侯爵本人から娘に厳しくするようにしていると聞いていたが、アイリスもそのことに不満を感じているようで口をとがらせて愚痴を言ってきた。

クソガキの甘ったれた妄言に内心苛つきを感じたが、その感情は押し殺して目の前の少女のご機嫌取りに終始した。


「そうなのですね。心中、お察しいたします」

「お父様はもしかしたら私のことが嫌いになってしまったのかしら? イスラ、もしそうだったら私どうしようかしら?」


先ほどまで不満げだったアイリスは、今度は急に不安そうな顔に変わった。

感情で動く女はこれだから分からない。


しかし、この話の流れは好都合だ。

俺は待ってましたとばかりにアイリスに一つの提案を持ち掛けた。


「それでしたら、アイリス様、私に一つ提案がございます」

「何?」

「お父様がアイリス様をどのくらい愛しているのか、確かめてみたくはありませんか?」

「どういうことかしら!? 詳しく聞かせて!」


アイリスはすっかり俺の提案に興味津々だ。

それが悪魔の甘言であることなど知らずに、少女は自ら罠に嵌っていく。

次回投稿日:5月29日(水) ※もしかしたら1,2日遅れるかもです

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