87.未来を占う悪夢(1)
前回の話
イスラはユフィー、モーリスと共に三次選考の対策を行った。
アバン王子の婚約者を決める選考会の三次選考当日。
俺は王城のとある部屋の中にいた。
選考委員の者から小さめの個室に通され、呼ばれるまではここで待機していろとのことだった。
恐らく他の参加者も同様に個室で自分の番を待っていることだろう。
呼ばれるまで待っていろ、と言われてもいつ呼ばれるかも分からないので出歩くわけにもいかない。
(暇だ…………)
本でも持ってくるべきだっただろうか。
まさかこんなに時間を持て余すとは思わなかった。
「イスラ・ヴィースラー様、こちらへ」
どのくらいの時間待っていたかは分からないが、ようやく選考委員の者が現れた。
言われるがままに控室を後にして選考会場へと向かう。
俺を案内した委員は扉の前で立ち止まると、俺に入室を促した。
「失礼いたします」
長時間の待機によって緊張感など消え失せていた俺は、ノータイムで扉をノックし、部屋に入った。
部屋の中は少し広めの応接室くらいの広さで、部屋の中央に長机が置かれており、数人の男女が座っている。
真ん中にはアバン王子、その隣には選考委員長を務めるヨアヒム侯爵がいる。
最終の選考が近いからか、王子自らが選考に参加するようだ。
王子は俺をつまらなそうな目で俺を一瞥すると、隣のヨアヒム侯爵に進行を促した。
「イスラ・ヴィースラー君。今回の選考内容は把握しているね」
「はい」
「よろしい。君には『ドミノとユリアーナ』のユリアーナになりきってドミノへの思いを口にする場面を演じてほしい。できるかな?」
「かしこまりました」
今回の選考の内容は、選考委員から出されるお題に即した即興の一人芝居だ。
俺のお題は『ドミノとユリアーナ』。
有名な古典作品であり、当然俺も読んだことがあるし、今回のお題にもピッタリだと思っていたので、予想していたお題の一つでもある。
つまり、全く問題はないということだ。
役に入るために一度深呼吸を挟む。
頭の中に思い描くのは物語の世界で身分の低いドミノという名の男を愛する高貴な令嬢のユリアーナという女の姿。
そのイメージを表現するように俺は体を動かした。
「おお、ドミノ!! あなたはどうしてドミノなの?」
これはこの物語の最も有名な場面だ。
決して結ばれないと分かっていながら悲痛な恋心を吐露する姿は現代の人々の間でも名シーンとして名高い。
俺は表情、声の強弱、全身の動きを全て駆使してユリアーナがドミノに思いを告白するシーンを1分ほど演じきった。
自分で言うのも何だが、かなり上手くできたと思うし、審査員の中からは感嘆の声が漏れ出ていた。
最後に俺は審査員たちの前で一礼をして演技の終了を示した。
「素晴らしかったよ、イスラ君。いいものを見せてもらった。これで今日の課題は終了だ。結果は追って連絡するよ」
選考委員長のヨアヒム侯爵が拍手を交えて感想を教えてくれた。
他の審査員の連中の評価も概ね好意的に見える。
「ありがとうございました。それでは失礼いたします」
待機時間に対してあまりに短い試験時間だったが、やれることはやった。
俺は選考会場を出てから足早に屋敷へと向かった。
(結果はどうなることやら……)
普通に考えれば、あれだけのパフォーマンスを見せることができ、ヨアヒム侯爵からの覚えもいい俺が落ちるとは考えられない。
しかし、どうしても気になることが一つある。
それは肝心のアバン王子が終始つまらなそうな顔で俺を見ていたことだ。
外堀はいくらでも埋められるが、アバン王子に好かれていないという事実は如何ともしがたい。
(あまり乱暴な手段には頼りたくないものだ)
もしもの時は手段を選ばずに対応するつもりだが、できることなら穏便な手だけで済ませたいものだ。
二週間後。
俺は新しい年度の始まりに伴い、貴族としての仕事に追われていたが、そんな中で一通の手紙が届いた。
差出人はヨアヒム侯爵であり、要件は具体的に書いてはいないが話があるので来てほしいというような内容だった。
俺は嫌な予感を抱えつつも指定の日にヨアヒム侯爵の屋敷へ向かった。
「よく来たね、イスラ君」
「お招きいただきありがとうございます」
屋敷に着いた俺は使用人にヨアヒム侯爵の書斎まで通された。
侯爵家というだけあり、大層立派な建物の中には多くの部屋があった。
恐らく書斎もいくつかあるのだろう。
ヨアヒム侯爵は机の前に座り、いつも通りの穏やかな表情で俺を出迎えてくれた。
「いつも娘が世話になっているね。あの子は我がままも多いけれど、迷惑をかけてはいないかい? 最近は私も厳しく接するようにはしているが、中々治らなくてね」
「とんでもございません。アイリス様は素晴らしい審美眼をお持ちなので、いつもその助言には助けられております」
「そう言ってくれるのはありがたいね。それとこの前のお土産は妻にも娘にも好評だったよ。よければどこで買ったものか教えてほしい」
「ナスル商会に頼んだものです。どのような商品だったか確認の上、発注方法を手紙でお送りします」
「ありがとう。助かるよ」
ヨアヒム侯爵は先ほどから雑談ばかりを投げかけて来る。
俺を屋敷に呼んだのはそんな要件ではないと思うのだが、一向に本題に入る気配がない。
ヨアヒム侯爵はアバン王子の婚約者を決めるための選考委員会の委員長を務めるほどの立場であり、ただのボンクラではなく貴族の中ではかなり上澄みの知性、礼節、判断力を持っていることは俺も認めるところだ。
そんな侯爵との雑談は苦痛ではないものの、徐々に苛立ちを感じ始めてきた。
俺のそんな気配を感じ取ってか、ヨアヒム侯爵は遂に本題を切り出した。
「ところで、この前の選考ではとても素晴らしい演技を見せてくれたね」
「ありがとうございます」
「普通ならあれで通過は確実なんだけどね。……とても心苦しいけどイスラ君は落選になりそうなんだ」
侯爵はとても申し訳なさそうな顔で俺にそう告げた。
原因は聞くまでもなくアバン王子の一存だが、面倒なことになった。
俺は今後の方針を考えることに集中してしまい返事をできずにいたが、ヨアヒム侯爵はそれを絶句と捉えたようだ。
「気を落とすのも無理はない。君はとても良く頑張ったと思う。今回の選考で落ちたからといって君の価値が否定されるわけではないことだけは覚えておいてほしい。もし君が望むならば、知り合いで身分の高い貴族の青年を紹介することもできる。結婚相手を探したくなったら声をかけてくれ」
「お気遣いありがとうございます」
恐れていたことが現実となってしまったわけだが、この程度で諦めるには早すぎる。
リウラの一件もあったので、強引なやり方を繰り返すと周囲の人間からの悪評を集めてしまう。
できるだけ穏便に、しかしこの状況を確実に打開する策が必要だ。
そのためには……。
「せっかくのお申し出ですが、少し考えさせてください」
「ああ、もちろんだ」
俺は目の前の男を見た。
ヨアヒム・オーヒル侯爵。
貴族の中では珍しい常識人であり、とても家族思いとして有名な男だ。
これだけ良くしてもらったところ申し訳ないが、彼になんとかしてもらうとしよう。
「申し訳ありませんが、本日はこれで失礼いたします」
「繰り返すが、あまり気を落とさないでおくれよ」
俺は侯爵に退室を告げると、すぐに動き出した。
五日後。
俺はある人物を自分の屋敷に招いた。
「イスラ、久しぶりね。最近あまり会えなかったけれど、どうして声をかけてくれなかったの?」
「申し訳ありません、アイリス様。仕事が立て込んでおりまして」
「お父様みたいなこと言わないで! まあいいわ。それで、今日は何を用意しているのかしら? イスラはいつも私にいろんなものを用意してくれるから、今日も楽しんであげてもいいんだからね」
「ありがとうございます。今日もアイリス様に楽しんでいただけそうなものをご用意しております」
俺が呼んだのは、ヨアヒム侯爵の娘であるアイリス・オーヒル嬢だ。
まだ社交界にも出られない、12歳ほどの年齢だったと思うが、小柄で可愛らしい少女であり、俺にとてもよく懐いてくれている。
期待に満ちた真っすぐでキラキラした目が俺に向けられている。
今日俺はとびきりのプランを用意している。
是非とも楽しんでいってもらいたいものだ。
「アイリス様、今日はたくさん遊びましょうね」
心の中の本音が漏れないよう気を付けつつ、俺はアイリスに優しい笑顔を向けた。
次回投稿日:5月26日(日)
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