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86.桃の誓い

前回の話

イスラの策略によりリウラは死亡した。

リウラを排除してから二週間ほどが経った。

季節はすっかり春になり、町の人々は寒さを忘れて外に繰り出すことが増えた。


リウラの死に不自然な点があるとして詳細な調査を主張する者も現れたが、俺はそういった連中をことごとく黙らせることに奔走した。


今の俺は金も情報も十分に掌握できているので、今までよりもさらに他者を陥れることが容易になっていた。

世界は徐々に俺の思い通りに動くようになっている。


「イスラ・ヴィースラー。屋敷の周囲で怪しいやつを見かけたが、どうする?」


そんなことを考えていると、侍女のファラが不審者の発見を知らせた。

リウラの部下や、俺に不信感を持つ他の貴族の手先だろうか。

どちらにしてもファラに見つかる程度の三下なので、大した脅威ではない。


「この前と同じで問題ないわ。適当に泳がせて誰の差し金か探ってもらえる?」


次から次に訪れる厄介ごとにため息を吐きつつ、ファラに指示を出した。


しかし、ファラは動かない。

訝しむような視線を向けると、ファラは情報を付け加えた。


「これはあくまで私の主観だが、今回のやつは前回のやつとは違うような気がする」

「もう少し具体的に言って」

「上手く言葉にするのは難しいが、前回のやつは、明らかに怪しい者だと一目で分かった。しかし、今回のやつはどうも敵意を感じなかった」


正直、俺にはどういうことか分からないが、ファラ本人ももどかしそうにしている。

敵意のない訪問者、か。


「それなら、一度声をかけてみてもらえる? もちろん、相手の出方には十分注意すること」

「了解した」


ファラの言うことを鵜呑みにするのも危険だが、無視するのも憚られる。

まずは危険の少ないように接触を図ることにしてみた。


ファラはすぐに部屋を出ていったが、少し待つと不思議そうな顔ですぐに戻ってきた。


「さっき報告した怪しい奴はモーリスと名乗った。どうやらお前の知り合いの平民らしいが、そんな平民とどこで知り合ったんだ?」

「ああ、モーリスね。彼女とはいろいろあってね。客間に通してあげて」


ファラは一瞬俺を不快そうに睨んだが、それ以上モーリスのことを追求することなく、黙って部屋を出た。


そういえばファラにはモーリスのことを紹介していなかったが、ファラにもアバン王子との婚約のための選考会に俺が参加していることは伝えていないので、紹介のしようがない。


レティシアのことを狂信的なまでに信奉しているファラにそのことを知られたらいろいろと面倒なことになることが予想されるので、必要に迫られるまでは黙っておいたほうがいいという判断だ。


しかし、モーリスは突然どうしたのだろうか。


俺は支度をして客間に向かおうとしたら、今度はメッツが部屋にやって来た。


「イスラお嬢様、失礼します。ユフィー様がいらっしゃっているのですが、どういたしますか」

「ユフィー様が?」


メッツが知らせたのは伯爵令嬢であるユフィー・グリーアの来訪だった。


彼女とはレティシアの取り巻き時代から付き合いのある令嬢だが、今日会う約束はない。

ユフィーもまた、突然やって来たのだ。


俺は頭を抱えたが、苦肉の策を取ることにした。


「ユフィー様も客間に通して差し上げて」

「承知しました」


この屋敷はあまり広い家ではないので、客間は一つしかない。

しかし、幸いなことにモーリスとユフィーは顔見知りだ。

同じ部屋で待たせても何とかなるように思える。


そして、この二人がこのタイミングで突然やって来るなど、要件は一つしかないだろう。


俺は急いで支度して客間に入ると、二人の待ち人が同時に俺を見た。


「イスラ様、突然押しかけてしまってすいません。三次選考のことでご相談させてください!」

「イスラ、私も次の選考で何をすればいいか教えてくれ!」


救いを求めるように胸の前で手を組み、縋るような目を向けて来るモーリスと、気安く手を振りながらニコニコと笑顔を向けてくるユフィーは対照的ではあったが、二人とも次の三次選考の件でやって来たのは同じであるようだ。


アバン王子の婚約者を決めるための選考会の三次選考はもう三日後に迫っている。


俺はリウラの件で忙しくしていたことに加え、今回の課題である選考会場で出されたお題に即した一人芝居というものにさほど不安を感じていなかったため、準備らしい準備はしていなかった。


お題に即した即興劇芝居とはいえある程度の傾向は予想できる。

例えば教科書に載っているような古典や、人気の大衆文学などだが、それらは元々ある程度頭に入っているのに加えて、口八丁で心にもない台詞を話すことには慣れている。


しかし、平民であるモーリスと、貴族だが勉強が苦手なユフィーでは教養の部分に不安があるのは仕方がない。


「私もどんなお題が出るのか分からないから、何をすべきかは分からない。だけど、ちょっとしたアドバイスならできるかもしれない、というのが落としどころかしら」


今回の三次選考は個人戦のため、俺は彼女らの頼みを断ることもできるのだが、あえてそれをしない。

切り捨てるにはもっと適切なタイミングがあるはずだ。

それまでは生かしておく方が都合がいい。


そんな俺の打算など知らない二人はパアっと顔を明るくした。


「ありがとうございます、イスラ様!! 私、どうしたらいいか不安で不安で仕方がなかったんです」

「やっぱりイスラはいいやつだな! 助かる!」


俺は内心お人好し共を冷笑しつつも、自分なりに考えたお題の予想や、モーリスとユフィーが強みとして押し出すべきポイントを教えてやった。

そして実際に適当なお題を用意し、芝居を実践してもらったりしてあっという間に時間は過ぎていった。


「イスラお嬢様、お茶が入りました」

「ありがとう、メッツ。二人とも、少し休憩しましょう」


丁度全員が疲労を感じ出した頃合いを見て、メッツが茶を用意してくれた。

こういった部分も有能な侍女で大変助かる。


俺たち三人はテーブルを囲うようにして席に着いた。

順番に茶が用意されていくが、それと同時に茶請けが目の前に置かれた。

それはこの時期には見慣れないものであった。


「これは……桃かしら?」

「はい。今は桃の時期ではありませんが、ナスル商会の方から長期保存用の試供品をいただきました。なんでも砂糖をたくさん溶かした液に漬けておいたとか」


メッツの説明を聞きながら俺は目の前の桃を凝視した。


桃は夏から冬にかけて店に並ぶ果物だが、今の時期まで保存するのに砂糖液に漬けこんだという話の通り、透明な液体が滴っている。

液体に漬けていたからか、少しドロドロした印象を受ける。

正直あまり美味しそうに見えない。


「へえ、桃にそんな保存方法があるんですね。早速いただきますね」


俺は少しためらっていたが、モーリスはためらいなくそれを口に運んだ。

平民である彼女は未知のものを口に入れるハードルが低いのかもしれないが、俺にとっては幸いだ。

不味いものだったらあまり口を付けないでおこう。


モーリスはその桃を咀嚼して飲み込むと、感想を教えてくれた。


「甘くておいしいですね。普通の桃とは違っていますが、これはこれで違ったおいしさがあります」

どうやら美味しいらしい。


俺も覚悟を決めて一口食べてみた。


「確かに、これはこれで悪くないかも」


かなり柔らかい触感で、砂糖液のせいでかなり甘いが、見た目ほど味は悪くない。

桃と思って食べると別物だが、こういう食べ物だと思えば納得はできる。


「おー! すごく甘いな!!」


ユフィーもモーリスと同じような感想を口にした。

今度ナスルには試供品の感想を教えてやろう。


「そういえば、私たちがこうして喋ってるのってすごく不思議なことじゃないか?」


茶を飲んだり、桃を食べたりしてつかの間の休憩を取っていたら、ユフィーが突然切り出した。


「それはどういうことでしょうか?」

「だってそうだろう? 私達は本当は今度の選考では敵同士なわけなのに、こうして仲良くお茶しているんだ」

「まあ、そうですね」


ユフィーはさも世紀の大発見のように言っているが、そもそも初めからそのことに気が付いていない時点で頭が弱い子認定は避けられない。


「確かにそうですね。ユフィー様もイスラ様も平民の私にこんなに良くしてくださるなんて、考えてみれば不思議ですね」


しかしモーリスもユフィーの言葉に同意したため、完全にツッコミ不在の空間になってしまった。


モーリスが同調したことで気を良くしたのか、ユフィーはさらに続けた。


「そうだろう? 私達三人は生まれた日も、場所も違うけど、こうして出会えたんだ。これからも友達として仲良くやっていこう! 誰がアバン王子の婚約者になっても恨みっこなしだ」


ユフィーはそう言いながら自分の右手をスッと伸ばしてきた。

その意図を察してか、モーリスも手を伸ばしてユフィーを手の甲を重ねた。


「私もユフィー様と同じ意見です。最初は王子との婚約のための選考会なんて不安でいっぱいでしたが、お二人に出会えてよかったと思います。これからもずっと交流が続けばいいなと思います」


そしてユフィーとモーリスは無言で俺の方をじっと見た。


この場で一人だけこの流れを無視するのはあまりに無粋だ。

俺も手を伸ばし、モーリスの手の甲に自分の手のひらを重ねた。


「私もお二人とはこれからも良い関係でいられればいいなと思います」


俺はせめて嘘の濃度ができるだけ薄くなるよう言葉を選んだ。

モーリスと俺の同意を確認したユフィーは満足そうな顔で言った。


「よし! それじゃあ今ここに私達はずっと友達でいるよう誓おう!」


ユフィーは決して果たされない誓いを何の根拠もない自信で口にした。

俺にとっては茶番ではあるが、実害が生じるようなものではないので気にしないでおくことにしよう。


とはいえ、一つ気になったことがある。


「ユフィー様、誓うのは結構ですが、何に誓うのでしょうか?」

「うーん、そうだな。……この桃とか?」


誓いとは普通、人や物に向けて約束を宣言するものだ。

この誓いは何に向けて宣言することになるのかを聞いたら、ユフィーはきょとんとした顔で適当なことを言った。


その様子に俺もモーリスも思わず吹き出してしまい、ユフィーもそれに釣られて笑い出した。


こうしてかしましい笑い声と共に『桃の誓い』は生まれたのであった。

次回投稿日:5月23日(木)

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