85.詐欺師 VS 情報屋(5)
前回の話
イスラはリウラが違法薬物の取引に関わっている証拠をでっち上げてリウラを逮捕した。
院長室を出た俺達は孤児院の入り口へと向かった。
リウラは終始落ち着いた態度で逃げ出す素振りはない。
あたりはすっかり暗くなり、日中に比べて涼しい空気が身を包む。
リウラを嵌めるためとはいえ、長袖の服を着ていたのでこの涼しさが心地よい。
「リウラ院長、あなたにはこの護送車に乗って牢まで移動してもらいます」
孤児院の入り口には一台の馬車が停まっており、俺はリウラにその馬車への乗車を促した。
その馬車は罪人の護送に使用される際には一般的に使用されるタイプのもので、人一人が入れる程度の大きさである金属製の荷車を馬が引く形になっており、外から鍵を閉めることができる。
リウラは俺の言う通りに荷車に乗り込んだ。
そして俺はその荷車の扉を閉めて外から鍵をかけた。
これで中からリウラが出てくることはできない。
「さようなら、リウラ」
俺は荷車に付いた換気用の窓に向けて小さく呟いた。
リウラは怪訝そうな顔でこちらを見たが、何かに気が付くと扉をドンドンと内側から叩き始めた。
当然、扉はビクともしない。
「皆さん、少しお待ちください! この状況はイスラ・ヴィースラーが私を陥れるために作った罠です! お願いなので私の話を聞いてください! イスラ・ヴィースラーは私を…………」
「出してちょうだい」
リウラの声を無視し、俺は馬を操る御者に指示を出した。
罪人が護送される段階になって初めて捕まったことを自覚し、逃げだそうとすることなど珍しくもないので、リウラの決死の訴えは誰からも聞き入れられることなく、馬車は動き出した。
これで茶番は全て終わったので、立会人であるヨハヒム侯爵に礼を言った。
「侯爵、この度はリウラ院長の逮捕のご協力ありがとうございました。私だけでは逃げられていたかもしれません」
「私は何もしていないさ。しかし、あのリウラ院長が麻薬の密売に手を染めていたとは驚きだ」
「詳しいことは裁判で明らかになるでしょう。侯爵もお疲れでしょうから、本日はゆっくりとお休みください」
「そうさせてもらおう」
ヨアヒム侯爵は自ら所有する魔動車に乗って孤児院を去った。
あとは『報告』を待つのみか。
「メッツ、私達も牢に向かいましょう」
「かしこまりました」
俺は手元にある鍵を弄んだ。
この鍵はリウラの乗る護送車の扉の鍵だ。
俺も牢に向かい、リウラが到着したら扉の鍵を開けてやる必要がある。
俺達は魔動車でのんびりと牢のある監獄へと向かったが、入り口がやたらと騒がしい。
職員たちが右往左往していてやたらと慌てている様子だ。
職員の一人が俺の存在に気が付くと、焦った顔で駆け寄って来た。
「イスラ様、大変です。リウラ院長を乗せた馬車が川に落ちてしまったようで」
「なんですって!?」
「御者の男は自力で川辺まで上がれたようですが、荷車に乗っているリウラ院長は扉の鍵でのせいで出てこられないようです」
「すぐに現場に向かって。鍵はここにあるから、誰かが扉の鍵を外から開けてあげて」
俺は職員に鍵を渡してリウラの救出を指示した。
我ながら迫真の演技だ。
職員たちはひどく動揺はしていたが、救護隊を編成してリウラの救出に向かった。
俺はせっかくなので、監獄の近くで結果を待つことにした。
そこから一時間もしないうちにリウラが溺死したとの報告が俺の耳に届いた。
救護隊は必死に扉を開けようと試みたものの、金属製の荷車は完全に水の中に沈んでしまい、水中での救出作業は思ったように進まず、ようやく扉を開けた頃にはリウラは既に息を引き取っていたようだ。
御者の男は今も聴取に応じているそうだが、馬車が川にかかる橋を渡る際に馬が急に暴れ出したことが原因だと言っているらしい。
リウラの最期にしては実にあっけないものだ。
「イスラお嬢様、今日は時間も遅くなりました。そろそろ屋敷に戻りましょう」
「そうね。車を出してくれるかしら、メッツ」
「かしこまりました」
リウラの死亡の報告を聞いた俺は屋敷に戻った。
思えば長い一日だった。
疲れからか、俺は珍しく移動中の車内でうたた寝をしてしまった。
後日。
俺は屋敷に訪れた一人の御者の相手をしていた。
「イスラ様、ご命令通り馬車を川に沈めました」
「ええ、ありがとう。助かったわ」
その御者はリウラの護送を担当していた男だ。
俺はこの男に橋に差し掛かった時に馬車を馬ごと川に落とすよう指示をしていた。
この世界には他者への暴力行為をしようとすると体が勝手に動かなくなる、通称『平和の神の祝福』というルールが存在するが、それはあくまで人が人に危害を加えた際に発動するものだ。
その法則は人間から動物への攻撃の時には発動しない。
馬は大人しく従順な生き物だが、意図的な攻撃によって激しく暴れさせることができる。
そういった工夫を凝らせば、この世界で人間を殺すことだって不可能ではない。
「それで、その、報酬ですが……」
「安心して。約束通り満額支払うから。メッツ、金貨の用意を」
待ちきれないとばかりに金のことを聞いてくる男に対して浅ましさを感じっつも、俺は約束の金額の金貨を渡した。
男は今まで見たこともないような枚数の金貨を前にして顔が緩んでいる。
「本当にこんなにもらっていいんですかい?」
「ええ。約束だから。だけど、あなたも約束通り、この件に関することは一切他人に話してはならないことを肝に銘じておきなさい。もし万が一少しでもこのことを他の人に話せば……次に王都で見つかる死体はあなたのものになるでしょうね」
男は俺の視線に少し怯んだ様子を見せたが、その怯えも目の前の金貨の輝きに照らされて霧消したからか、すぐに再び醜い笑みを浮かべた。
後生大事に金貨を入れた袋を抱えた男を屋敷から追い出し、俺はこれからのことを考えた。
(情報網の掌握は急務か。あとは馬車組合への圧力と三次選考の準備もだな)
リウラが死んだことで、まず俺が着手したのが彼女の持っていた情報網を奪うことだった。
孤児院に残されたリウラの部下との壮絶な争いの末、何人かの者を違法薬物取引の関与の疑いで拘束することに成功し、その間に孤児院のがさ入れを行った。
その際に戦利品としてリウラの持っていた様々な貴族の弱みが書かれたノートや、違法薬物の生産、販売ルートが書かれた書類などを回収できた。
これらを上手く活用することで、上手くいけば俺が情報屋のポジションの後釜に収まることも可能かもしれない。
また、今回は馬車を利用した殺害計画を立てたが、これによりただでさえ魔動車にシェアを奪われていた馬車の立場がさらに下がっている。
このまま馬車から魔動車への交換を希望する貴族や運送業者が増えれば儲かるのは俺だ。
『馬車は危険』というプロパガンダを積極的に推進した方がいいだろう。
そしてアバン王子の婚約者を決めるための選考会の三次選考の日程も近づいている。
俺の最終的な目標のためにはこれも疎かにはできない。
やることはまだまだ山積みだ。
俺は自室に戻り、仕事を再開しようとしたが、ふと手を止めて引き出しを開けた。
引き出しには以前リウラから押収した葉っぱが入っていた。
俺はその葉っぱを取り出し、おもむろに火をつけた。
「ゴホッ、ゴホッ」
立ち上る煙を吸い込もうとしたが、上手く吸えずにむせてしまった。
特徴的な甘い匂いだけが部屋の中に広がる。
俺はたまらず窓を開けて煙を外に逃がした。
晴れた空に白い煙が伸びていく。
「さようなら、リウラ」
宿敵に改めて別れを告げて、俺は机の前に戻り自分の作業を再開した。
次回投稿日:5月20日(月)
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