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84.詐欺師 VS 情報屋(4)

前回の話

イスラは孤児院の職員が違法薬物の取引に関わっている現場を取り押さえた。

夕刻の孤児院の中では誰ともすれ違うことなく院長室の前までたどり着いた。

夕食時のため、子供や職員は食堂に集まっているのだろう。


俺は躊躇うことなく院長室の扉を開けて、中に歩を進めた。


日中も暑いくらいの日差しがあったが、日が傾いた今も室内は十分過ぎるくらいに暖かい。

薄暗い室内ではリウラが机の前に座っていた。


「ノックもなしに入るとは……って誰かと思ったら嬢ちゃんか」


リウラは本来やって来るはずだった部下ではなく、俺が現れたことにもあまり動揺する素振りを見せなかった。

しかしその余裕もいつまで持つか。


俺はリウラの机の前まで近づき、情報の王と対峙した。


「そんなに近くに来なくても話はできるだろうに。ただでさえ今日は暑いんだから、そんな暑苦しい恰好で近づかないでほしいもんだ」

「それは失礼。でも、気にしないでちょうだい」


俺はリウラの苦言を無視して机越しに会話を続けた。


「あなたは少しばかり知り過ぎた。だからここで退場してもらう」

「随分と威勢がいいじゃないか、嬢ちゃん。それで、私をどうしようというんだい?」

「まずは違法薬物の取引を主導したとして、身柄を拘束させてもらうわ」


俺はリウラの弱みである葉っぱのことを切り出した。

彼女が違法な葉っぱを常用しているのは何度か見かけている。

しかし、やはりリウラは落ち着いた態度を崩さない。


「違法薬物? 何のことだ? 私はそんなもの見たことも触ったこともないなぁ?」

「とぼけても無駄よ。あなたの部下が違法薬物をここに運んできた。今もその身柄は拘束しているし、じきに衛士がやってきて正式に逮捕されるでしょう」

「孤児院の職員がそんなことを!? ああ、なんて嘆かわしい!! まさかそんなことをしていたなんて!!」


孤児院の職員を違法薬物運搬の現行犯で取り押さえていることを伝えたが、リウラは大げさな身振り手振りを交えてしらを切るだけだった。


そしてそのわざとらしい演技の後に、鋭い目でこちらを睨んできた。


「なあ、嬢ちゃん。確かにうちの職員がそんなことをしていたというのは私の監督不行届きだ。そこは認めよう。だけど、それを理由に私が黒幕だと決めつけられるのは心外だな。私がその違法薬物の運搬や取引に関わっているって証拠はあるのかい?」

「この部屋を探せばいくらでも出てくるでしょう」

「じゃあ気の済むまで探せばいいさ。けど、それでその証拠とやらが出てこなかったら、一体どう落とし前を付けてくれる?」

「その時は、あなたの好きにするといいわ」

「その言葉、よく覚えておきな」


リウラは低く、ドスの利いた声で釘を刺してきた。

その目も確かな敵意を持って俺に向けられている。

気を抜くと逃げ出したくなる衝動に駆られるほどに恐ろしい女だ。


「さあ、どこでも好きなところを調べてくれよ、嬢ちゃん」

「あまり焦らないでくれる? こちらにも段取りがあってね」


リウラは両手を広げるようにして俺に部屋を調べるよう促したが、そうするにはまだ早い。

もし、この場でリウラの違法薬物所持の証拠を出しても後から誤魔化されたら意味がないからだ。

それをさせないためには第三者に確認してもらうことが必要になる。


「なあ、嬢ちゃん。一体いつまでこうしているつもりだ?」


俺とリウラはしばらくの間睨み合っていたが、先にしびれを切らしたのはリウラだった。

退屈そうにあくびをしているが、声からは苛立ちを感じる。


俺は耳を澄ませて部屋の外からの音に注意した。

遠くから微かに複数の足音が聞こえた気がした。


「どうやら、もうすぐみたいよ」

「あん?」


リウラは怪訝そうな顔をしたが、彼女もこの部屋に近づいてくる足音に気が付いたようだ。

そしてその音が一際大きくなったと思ったら、部屋の中に複数の人物が入って来た。


「イスラお嬢様、ヨアヒム・オーヒル侯爵をお連れしました」

「ありがとう、メッツ。さて、リウラ院長。さっき話したこの部屋の捜査を始めさせてもらおうかしら?」


部屋の中に入って来たのは俺の侍女であるメッツと、顔見知りの貴族であるヨハヒム・オーヒル侯爵、そしてその配下の者たちだ。


ヨアヒム侯爵とは以前から交流があり、貴族社会の中でも一定の立場を持っている人物だ。

この場での中立的な第三者として俺が選定し、メッツに呼びに行ってもらっていたのだ。


事前に話を通していたとはいえ、迅速に駆けつけてくれたことは後で謝意を伝えなければ。


「オーヒル侯爵、お久振りです。この度はこの孤児院の職員が違法な薬物の運搬に関わっていたとのことで申し訳ございません。イスラ様は私が指示したことだと仰っておりますが、決してそのようなことはございません。今ここで私の潔白を侯爵にも御覧いただきたく思います」


リウラは俺の前での砕けた態度を隠し、上品な言葉遣いでヨアヒム侯爵に頭を下げた。

その所作は貴族でも中々できないような完璧に上品な振る舞いだった。

相変わらず表の顔と裏の顔との落差が激しい女だ。


「リウラ君、話はイスラ君から聞いている。今は二人の意見が真っ向から対立している状態だ。私にもどちらの言うことが正しいかは、まだ分からない。しかし、この部屋からも違法な薬物が出てくればイスラ君の言うことが真実味を帯びてくる。悪いけれど、少し調べさせてもらうよ」


ヨアヒム侯爵は貴族連中の中では珍しく常識的な考えのできる人物だ。

今回の件も、俺とリウラのどちらにも肩入れせずに、冷静に事実を判断しようとしている。

だからこそ、立会人として選んだわけだが。


「さて、リウラ院長。まずはその引き出しから調べさせてもらってもいいかしら?」

「ええ、イスラ様。ご自由にどうぞ。いくら探してもお望みのものは出てこないかと思いますが」


俺はリウラの横に移動し、彼女がいつも葉っぱを取り出している引き出しの前に立った。

そして引き出しの高さまで腰を落とし、その引き出しを勢いよく開けた。


その中には……


何も入っていない。

俺をあざ笑うかのように何もない空洞が広がっている。


リウラの顔をちらりと見やる。

彼女は真面目な顔をしていたが、目の奥が笑っている。


こういった可能性も考慮はしていたが、リウラは罠を張っていたようだ。

この様子では室内の他の箇所にも違法薬物の痕跡は残していないのだろう。


(やはり一筋縄ではいかないか)


俺は引き出しをゆっくりと閉めて、ゆっくりと立ち上がり右手を高くかざして、手に持っているものを掲げた。


それはリウラが吸っていた例の葉っぱだ。


「ヨアヒム侯爵、やはりありました。先ほど入り口で押収したのと同じものです」


再びリウラの顔をちらりと見た。

彼女は珍しく目を丸くして驚いていたが、すぐに俺の服の袖を忌々しそうに見つめた。


リウラの気づいた通り、俺は事前に自分の服の袖に仕込んでいた葉っぱを、たった今引き出しから取り出したかのように侯爵に見せただけだ。


リウラは俺の服装を『暑苦しい恰好』と評したが、わざわざこの暑い日に袖のゆったりした秋冬物の服を着ていたのはこれが理由だ。


「リウラ君、これはどういうことかな?」

「…………」


ヨアヒム侯爵がリウラを見つめる視線が一気に鋭いものになる。


この手法を使うに際して、必ずしもリウラの部下が葉っぱを運んでいたのを取り押さえる必要はなかったのだが、俺の主張の説得力を上げるにはこの上ない材料になってくれた。


事実、ヨハヒム侯爵は何の疑いもなしに俺の掲げた葉っぱがこの部屋から出てきたものだと信じてくれている。

この場でリウラが言い逃れをするための方便は、恐らく存在しない。


「これは何かの間違いです。……が、今それを信じていただくのは難しそうですね」


リウラもそれは理解しているようで、今ここで無駄な言い訳をすることはしなかった。


しかし、俺がノインという裁判官と懇意にしているように、リウラにもお抱えの裁判官がいるのはほぼ間違いない。

この後、必ず法廷での逆転を狙ってくるだろう。


俺の協力者であるノインはまだまだ新参の裁判官であるため、法廷での勝負になったら分は悪い。

……法廷での勝負になったら、の話ではあるが。


「リウラ院長、最終的に私とあなたのどちらが正しいかは裁判官の前で明らかにしましょう。ただ、今のあなたは容疑者なので拘束の上、一度牢屋に入ってもらいます」

「分かりました。仕方のないことですね」


俺はメッツに目配せし、リウラの手首を縛らせた。

そしてリウラの腕を掴み、孤児院を連れ出すために歩き出した。


リウラはそれに大人しく従ったが、その従順な態度は彼女がまだ完全な敗北を認めていないことの証左だ。

しかし、リウラはまだ気づいていない。


(リウラ、お前はもう既に終わっている)


ここまでの流れは全て俺の計画通りに進んでいるということを。

そして、この計画の最後がどのような結末になるかを。

次回投稿日:5月17日(金)

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