81.詐欺師 VS 情報屋(1)
前回の話
イスラとレティシアは二人きりの温泉旅行にやって来た。
「イスラお嬢様、お手紙が届いております。王城からのものです」
「ありがとう、メッツ」
春の陽気を感じるとある昼下がり、俺は自室で侍女のメッツから一通の手紙を受け取った。
無造作に封を開けて中身を取り出すと、アバン王子の婚約者を決める選考会の件だった。
俺はどうやら無事二次選考を通過して三次選考に進めるらしい。
二次選考はアンリの一件でのトラブルもあったため、結果が出るのに多少時間がかかったようだ。
二次選考通過のお知らせと同時に三次選考の内容も記載されていた。
(王子の御前での即興劇か……)
二次選考はチーム戦だったが、三次選考は完全な個人戦のようだ。
参加者が一人一人王子を含めた選考委員たちの前に立ち、その場で出されたお題に即した一人芝居をするというのが今回の選考内容だ。
将来的に王女となるのだから、アドリブでの言葉遣いや感情表現は確かに必要な素養だろう。
そういった能力を測るという観点で見れば非情に理にかなった課題だ。
しかし、この課題内容だと事前に準備できることが非常に限られる。
肝心のお題が当日発表であることにより、事前の策を講じてから本番を迎えるということが難しい。
(他にできることといえば……他の参加者の動向調査か?)
二次選考の際はチーム分けのために全参加者の名簿が運営から配布されたが、今回はそういった資料はない。
二次選考の参加者からある程度目星を付けて三次選考の参加有無を確認し、必要とあらば適当な口実を作って陥れる、というのも視野に入れるか。
「イスラお嬢様、一つご報告がございます」
俺が考え事をしていると、メッツが改まった顔で俺に報告を上げてきた。
どうでもいい話ならば気安く話してくるので、何か重要な話だろう。
俺は読んでいた書類から顔を上げた。
「何かしら?」
「最近、同じ人物が何度も屋敷の周囲を徘徊しているのが確認できました。……捉えますか?」
メッツからの報告は俺のことを嗅ぎまわる不審者のことについてだった。
俺もいろいろ恨みを買いやすいことも行っているため、こういったことは仕方ないことだと割り切っているが、タイミングが気がかりだ。
三次選考のお知らせが来たタイミングでの招かれざる客。
「考えることは皆同じのようね」
「どういうことでしょうか?」
「恐らく三次選考に参加する他の貴族が私を蹴落とすための材料を探すために調査をしているのでしょう」
俺が他の選考参加者を調べて適当な口実で陥れようと思ったのと同じように、他の誰かも同じようなことを考えた。
そして、その誰かは俺を陥れるための『適当な口実』を探しているのだろう。
「なるほど。ではやはり捉えて依頼主を吐かせますか?」
「それは無駄でしょうね。あなたが容易に気付くくらいの三下なのだから、依頼主の二次請け三次請けのような末端だと思うわ。何も知らされずにただ私のことを調べろと言われただけのゴロツキでしょう」
俺は自分の想定を口にしたが、あくまでこれは可能性の話に過ぎない。
もしかしたらその誰かが本当に三下を使った調査をしているだけで、メッツの言うように捉えて尋問すればあっさり依頼主が分かるかもしれない。
しかし、俺はどうしてもそこまで楽観的に考えることができなかった。
あまり考えたくはない、最悪の可能性が頭から離れない。
「ではどうしましょう? 何も手を打たなくてもよろしいのでしょうか?」
「そうは言っていないわ。この件はファラに協力を依頼することにする。あなたは私の侍女として顔が知られ過ぎているから、今回はお留守番ね」
「……承知しました」
「心配しないで。あなたにはあなたの役割があるから安心してちょうだい」
俺はひとまずメッツとの話を切り上げ、ファラを呼びつけた。
ファラは相変わらず不遜な態度で俺のことを睨みつけた。
「わざわざ呼び出して何の用だ、イスラ・ヴィースラー。つまらん命令には従うつもりはないぞ」
「誰かが私のことを嗅ぎまわっているみたいなの。もし、その誰かにレアの存在がばれてしまったら私もレアもお終いなのは分かるでしょう? だから、手を貸して、ファラ」
ファラは俺のことを嫌ってはいるが、能力はメッツにも引けを取らない有能な侍女だし、何よりレアに心酔している。
レアの危機だと知れば協力は惜しまないはずだ。
俺の予想通り、ファラはレアの名前を聞いた途端、眉をピクリと動かした。
「レア様……ではなかった。レアさんが狙われているということなら仕方あるまい。だが、勘違いするな、イスラ・ヴィースラー。私はお前の命令に犬のように従うわけではないぞ。レアさんのために動くのだ」
「ありがとう、ファラ。それで構わないわ。私もあなたを無理やり使うようなことはしたくないから安心して」
「御託はいい。私は何をすればいいんだ?」
ファラはやはりレアのために行動してくれることを宣言してくれた。
頼もしい限りだ。
俺は改めてファラに指示の内容を伝えた。
「あなたにやってほしいことは、不審者の尾行。今、屋敷の周りにいるのは末端の人間だろうから、そこから上位の人間への報告が伝言ゲームのように続くと思うの。それをできる限り辿ってほしい」
「地味で面倒な仕事だ」
「でもあなた、こういうのは得意でしょう? 以前、あなたも私のことを嗅ぎまわっていたことがあったものね」
ファラは俺の指示を聞くと嫌そうな顔をしたが、俺は涼しい顔で無視した。
ファラもまた、レティシア失踪事件の犯人を俺だと決めつけて俺のことを襲撃した過去がある。
ファラは少しだけ罰の悪そうな顔をした。
「『無理やり使うようなことはしたくない』とはどの口が言うか。脅しにしか聞こえないぞ」
「あら、そんなつもりはなかったけれど。それより、やるの? やらないの?」
「……今回だけだぞ」
「ありがとう。助かるわ」
こうして俺はファラの協力を取り付けることに成功した。
ファラはもう割り切ったのか、俺からの依頼に関して質問を寄こした。
「不審者の尾行というのは分かったが、他に手がかりはないのか?」
「現状では確かなことは何もない。だからあなたの調査が重要になる」
「了解した。しかし珍しいな。お前が後手に回るなんて」
ファラの言う通り、俺がこういった情報戦において出遅れることが少ない。
しかし、だからこそ分かることもある。
そもそも、俺は今日初めて三次選考に関する手紙を受け取った。
それにも関わらず、当日には刺客が来ている。
つまり、この手紙が来るより前に三次選考の内容を把握し、行動した人物がいるということだ。
それと気になるのは不審者のレベル。
メッツにも言ったが、あまりにもお粗末な人間を使う意味は何なのか。
まともな情報収集をするならば、信用できる人間からの報告をもらった方がはるかに効率的なのに、あえてそうしなかった。
その意図として、俺にあえて刺客の存在を気づかせた、という可能性もある。
情報収集に長けており、なおかつそのような回りくどいやり方を選ぶ余裕のある人物。
そんな人物、俺には一人しか心当たりがない。
俺は改めてファラに忠告した。
「ファラ、今回の件は私の想像以上に困難なものになる可能性があるから十分気を付けて。いざという時は自分の身を優先するように」
「お前がそこまで言うとはな。忠告、ありがたく聞いておこう」
「それと、さっき現状では何も分からないと言ったけど、一つだけ私の予想を伝えておくことにするわ。外れているかもしれないけれど、頭の片隅に入れておいて」
俺は一息入れてその予想を口にした。
「今回の件の依頼主は分からないけれど、多分情報屋が絡んでいる。孤児院の院長である、リウラ。きっと彼女が裏で糸を引いていると、私は思っている」
リウラとはできれば戦いたくはない。
しかし、向こうがその気ならば仕方がない。
俺は情報の王を討つ覚悟を決めてファラに作戦を説明した。
次回投稿日:5月8日(水)
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