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76.she is like a stone(1)

前回の話

イスラはノインとの協力関係をより強固なものにした。

冬はまだ厳しい寒さで外出も億劫になる季節だが、幸いなことに俺自身のタスクは全体的に落ち着いており、自室で比較的ゆっくりとした時間を過ごしていた。


アバン王子の婚約者を決める選考会の二次選考は結果待ち、ナスルやミレイヌの商売も順調、その他貴族としての職務も大方片付いている。

春になればまた状況は変わるだろうが、今は急いでやるべきことがない平和な時期だ。


そんな中、俺は一つの興味深い報告を見つけた。


(リベール商会が破綻の危機か……)


リベール商会とはミレイヌの父親が経営する商会であり、魔動具の生産、供給によって一代で成り上がった商会だ。

その商売の手腕は中々のものであり、一介の商人であったミレイヌの父がその商売の利益で男爵の爵位を購入したのは王城では有名な話となっている。


しかし盛者必衰とはよく言ったもので、その勢いにも陰りが生じているようだ。


俺達貴族にとっては比較的平和な冬の時期は商人にとっては大事な時期である。

年度末の決算に向けて死に物狂いで利益を確保しようと奔走するのが常だが、そんな時期に破綻の噂が立つとなると、仮にその噂が虚偽のものであってもリベール商会の凋落が近いのは容易に想像できる。


(ミレイヌの職人引き抜き工作の影響か?)


以前、ミレイヌ本人から聞いた話だが、彼女は自分の商会に必要な魔動具に関する職人を父親の商会であるリベール商会から高給で引き抜いているそうだ。


リベール商会は魔動具の販売、流通はもちろん、生産、保守も担っていたはずだが、後者の業務には職人の手が必要不可欠だ。

そんな風に業務上重要な職人がいなくなれば、リベール商会のビジネスモデルそのものが成り立たなくなる。


今回の業績不振の噂もそれが関係している気がする。

何にしても今のままでは情報不足だ。


それならば動くしかない。

正確な情報は自分の足で稼がなければならないのだから。


「というわけでリベール商会についての噂について知りたいのだけれど? あなたのところに何か情報はないかしら、ナスル?」

「どういうわけかは存じませんが、そんな要件で私のところにいらっしゃったのですか?」

「そんなこととはご挨拶ね。私にとっては大事なことよ」


俺は手始めにナスルの元を訪れた。


今やこの国一番の大商人であるナスルも例に漏れず忙しい時期であることは承知の上で来たが、案の定嫌な顔をされた。

それでも俺はナスルには貸しがあるので、ナスルもそれ以上の抗議はしてこなかった。


ナスルはため息を吐くと、手短に状況を教えてくれた。


「結論から申し上げますと、リベール商会の経営不振は深刻です。原因はミレーヌ嬢の職人引き抜き工作でしょう。リベール商会は現在人手不足による外部へのサービス不履行、品質低下と、残った職人の酷使による長時間労働が問題となっており内憂外患の状況です。解決するには人員の補充が必要不可欠ですが、ミレーヌ嬢が職人の求人に力を入れており、ミレイス商会では高給での募集を実施しているため、リベール商会が募集をかけても以前のような賃金では職人は集まらないでしょう」

「なるほどね。ミレイヌさんは本当に父親の商会を潰したのね」

「そうなります。その執念は私には理解できませんが。とにかく、このままいけばリベール商会は期末の決算を待つまでもなく倒産でしょう。それを回避するためには多額の融資をしてくれるスポンサーを見つけるしかないかと」


ナスルはリベール商会の抱える問題について淡々と現状を教えてくれた。

ナスルほどの大商人にもなると様々な情報を持っているだろうと予想はしていたが、ただ情報を持っているだけでなく、簡潔にまとめた上で説明してくれるのはありがたい。


ナスルの話によるとミレイヌの父親は今頃スポンサーを探すために足掻いているに違いないが、それはもう破滅への一歩手前のような状況だ。


「それでそのスポンサーは見つかる見込みはあるのかしら?」

「さて、どうでしょうか。そこまでは私も興味がありません。ですが、普通に考えたらわざわざ落ち目の商会に多額の融資をしようというもの好きは現れないのではないでしょうか。それより、私はそろそろ次の予定がありますので、そろそろ失礼します」

「邪魔して悪かったわね。それじゃあ」


話の切れ目でナスルはすかさず切り上げてそそくさと逃げて行った。

俺としても聞きたいことは聞けたので、もうここには用はない。

今日は少し申し訳ないことをしてしまったので、次は『いい話』を持っていってやろう。


翌日、俺はミレイヌにアポイントを取ることができたので、彼女の元へ向かった。

ミレイヌも多忙の身のようで、一日中仕事の予定があるそうだが、その合間を縫って会ってくれるとのことだ。


俺は約束の時間に王都の一等地に構えるミレイス商会の事務所を訪れた。

俺もミレイヌがミレイス商会という商会を立ち上げたことは知っていたが、こんないい場所に事務所を持っていたことは知らなかった。


儲かっているならばそれは何よりだ。

結果的にその稼ぎが俺の懐に入ることになるのだから。


俺は事務所に入り受付で自分の名前を名乗ると美人の受付が愛想良く応接室に案内してくれた。

質の高そうな机や椅子の置いてある室内の備品や壁に掛けてある絵や観葉植物を観察しながら少し待つとミレイヌがやって来た。


「お待たせして申し訳ありません、イスラ様」

「構わないわ。こちらこそ忙しい中突然押しかけてごめんなさい」

「いえいえ! イスラ様にお会いできてうれしいです!」


ナスルとは対照的にニコニコとした笑顔で俺を出迎えてくれて嬉しい限りだ。


今日のミレイヌの服装は普段会う時のようなドレスではなく、ビジネススタイルのフォーマルな服装が見慣れないが、これが彼女の商人としての正装なのだろう。

小柄で可愛らしい見た目のミレイヌにはあまりに合っていないように感じたが、口に出すのは可愛そうなので触れないでおくことにした。


「早速だけど、あなたのお父様の商会の噂は知っている?」


いくら笑顔で出迎えてくれたとはいえ、ミレイヌも忙しいだろうことを鑑みて、俺は挨拶もそこそこにして単刀直入に本題を切り出した。


「はい、経営が破綻するってやつですよね。ざまあみろですね」

「これもあなたの狙い通りってことかしら?」

「はい! このために父の商会から職人の引き抜きをしてきたのですから」


ミレイヌは得意げな顔で父親の窮状を語った。

少なからずショックを受けているのではないかという心配は杞憂に終わったが、彼女が今何を考えているのかはもう少し慎重に見極める必要がある。


俺はミレイヌの真意を確認するべく質問を続けた。


「以前、あなたは自分の新しい商会を立ち上げてお父様に復讐したいと言っていたけれど、これで満足なのかしら?」

「はい。結局あいつらは間違っていて、私が正しかった。そのことが証明できたのですから」

「このままだとあなたのお父様は破滅するけれど、それでいいの?」

「別に構いません。ただ、どうしてもと頭を下げられれば助けてあげなくもないですけど」


言葉を重ねてもミレイヌはご機嫌な様子を崩さない。

本当に現状を喜んでいると判断できる。


しかし一つ気になることがある。


(ミレイヌは家族を破滅させたいわけではない……?)


俺自身今まで気が付かなかったが、そういえばミレイヌは一度も家族を切り捨てたいというようなことを言ってはいなかった。


今まで不遇な扱いへの恨みを口にしたり、父親の商会の邪魔をしたりはしていたが、その先のゴールはあくまで『自分の正しさを示す』ところで終わっていた。

その結果として家族が破滅することをミレイヌは具体的に想像できてはいない。


だからこそ父親の商会の危機を喜んでいるにも関わらず、頭を下げられれば助けるというような発言になる。


しかし、それは俺にとっては好ましいことではない。

俺がミレイヌから金を無心する時に、彼女の心の拠り所が俺だけであってくれた方が圧倒的に楽だ。


ミレイヌにはここで家族と完全に縁を切ってもらい、俺への依存を強めてもらうことにしよう。


「ミレイヌさんの覚悟は分かったわ。それなら数日後にミレイヌさんがお父様に復讐できる場を設けるわ。忙しいところ申し訳ないけれど、時間を貰えないかしら?」

「イスラ様、それは構わないのですが、私は何をすればいいのでしょうか?」

「あなたはただそこにいればいいわ」

「? はい、分かりました」


ミレイヌは要領を得ない様子であったが、肯定の返事を返してくれた。


これから起こることを何も知らないからこそできる気の抜けた表情。

その顔がどのように変わるか、その日が楽しみだ。


俺は醜く嗤ってしまいそうな衝動を抑えて、上品な微笑みをミレイヌに向けた。


「ありがとう、ミレイヌさん。きっと素敵な日になるだろうから、楽しみにしておいてね」

次回投稿日:4月23日(火)

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