72.復活のA(2)
前回の話
イスラはアバン王子の婚約者を決める選考会の二次選考に向けて動き始めた。
俺は社交界というものがあまり好きではない。
社交界というのは大体の場合において同じような派閥の貴族が互いの繋がりを確認し合う意味しかなく、生産性がない。
しかし、俺は今日あえてランカスター伯爵家が開催するパーティに出席することにした。
目的はもちろんアンリ・ランカスターだ。
パーティに相応しいドレスを着こんでランカスター家の屋敷を訪れると、広間に通された。
そこには先客が何人かいたが、一様に俺のことを訝しんだ視線でチラチラと見てきた。
彼らは普段から同じ派閥の人間として交流があるのだろうが、俺は今回初めて訪れたのだから当然の反応ではある。
俺はそいつらを無視して真っすぐに目的の人物の方へと向かった。
「お久しぶりです、アンリ様」
俺が話しかけるとアンリはビクリと体を震わせたが、余裕を取り繕いながら俺に顔を向けた。
「あら、イスラさん。あなたも来ていたのね」
「はい、アンリ様にご挨拶をさせていただきたく思い参りました」
アンリはあくまで気丈に振る舞ってはいるが、声が少し震えており、なんとも滑稽だ。
アンリは伯爵令嬢、俺は子爵であるため、立場としてはアンリの方が上のはずなのに、アンリは格下であるはずの俺を警戒している。
以前、レティシアの取り巻きをしていた時に、俺がアンリに少し意地悪をしてやったことがあったのだが、そのことが頭から離れないのだろう。
しかし警戒されているだけではまだ弱い。
俺の期待通りに動いてもらうためにはもう少し焚きつけておく必要があるだろう。
「ところで、アンリ様も今度の選考にご参加されるようですね」
「ええ、あなたも参加するのだったかしら? もしかして私とグループを組まないかの提案だったかしら? それだったらお生憎様。もう先約があるの」
「いえ、私にはアンリ様と組むメリットがありません。そのような提案ではないのでご安心ください」
俺はあえてアンリに失礼な物言いをしたが、俺の言葉を聞いたアンリは目を見開いて、怒りに顔を歪ませた。
しかしそれも一瞬のことであり、アンリはすぐに落ち着きを取り戻した。
「そう。それなら一体あなたは何が言いたいのかしら?」
「単刀直入に申し上げます。アンリ様は王妃には相応しくないので、今回の選考は辞退されてはいかがでしょうか?」
冷静さを保とうとするアンリに対して、俺はすかさず失礼な発言の追撃を行った。
アンリは今度こそ不愉快さを隠さず俺のことを睨んできた。
「あなた、自分の立場が分かっていないのかしら? 私は伯爵令嬢よ?」
「存じています。しかし、伯爵であろうが侯爵であろうがアンリ様が王妃に相応しくないのは事実なので仕方がないのです」
俺の発言の度にアンリの眉間の皺は深くなっていっている。
最初のオドオドした態度とは打って変わっていい顔になった。
「無礼者! もう顔を見せないでくださるかしら? ……今の無礼な発言の数々、よく覚えておきなさい!」
アンリは遂に俺の煽りに耐え切れず、俺に退室を命じた。
俺としてもやることは終わったので、恭しく一礼をしてから大人しくランカスター家の屋敷を後にした。
(そういえば、何も飲み食いしていなかった)
パーティの参加のためにいくらかの金を払ったのだが、食事や飲み物に手を付ける前に追い出されてしまったので、少しもったいないことをしたと少しだけ後悔した。
しかし、これだけやったのだからアンリは俺のことを標的にしてくれるはずだ。
後はこちらの根回しだけだ。
屋敷に戻った俺は改めて二次選考の参加者リストを確認した。
事前の調査である程度一次選考を通りそうな者には当たりを付けて調べていたが、それでも今回初めて見る名前もある。
知らない者の中でも男爵や子爵の令嬢はスルーしてもいいが、伯爵以上の令嬢はある程度マークしておきたい。
しかし今からだと調べる時間がない。
頭を悩ませているとメッツが茶を淹れに部屋に入って来た。
「イスラお嬢様、何かお悩みですか?」
「ええ、少しね」
俺は一度資料に落としていた目を上げてメッツの淹れてくれた茶を飲んだ。
やはりメッツの淹れてくれた茶を飲むと心が落ち着く。
最近はレアに茶を淹れてもらうことも増えたが、やはり長年慣れ親しんだメッツの茶の方がなんとなく美味しく感じてしまう。
とはいえ、レアも元貴族のお嬢様とは思えないほどに家事は上達しているのだが。
(元貴族のお嬢様……?)
そこまで考えて俺はレアの記憶を頼る、ということに思い至った。
レアは元々公爵家の令嬢だ。
もしかしたら俺が知らない貴族のことも知っているかもしれない。
「メッツ、レアを呼んでくれるかしら?」
「かしこまりました」
そうと決まればすぐに行動だ。
俺がメッツにレアを連れて来るよう指示をすると、数分でレアが俺の部屋にやって来た。
「イスラお嬢様、お呼びですか?」
「ええ、あなたに聞きたいことがあって」
レアは何も思い当たる節がないようで、不思議そうな顔で俺の方を見た。
その視線を真っすぐ受け止めて俺は要件を伝えた。
「今から名前を読み上げる貴族令嬢について知っていることを教えてくれないかしら?」
「いいですけど、何のためですか?」
俺の問いかけにレアは少しだけ険しい顔をした。
俺の質問の意図を図りかねているのだろう。
理由を聞かれることは想定の範囲内ではあったので、用意していた嘘で応じた。
「今は理由を言えないわ。ごめんなさい。だけど、これはあなたのためでもあることなの。信じて」
レア、もといレティシアはアバン王子の元婚約者だ。
そんな元婚約者相手に次は俺自身がアバン王子の婚約者を決める選考に参加していることを知られるのは体裁が悪いし、上手い言い訳も思いつかない。
そうなれば必然、レアには嘘を言うしかない。
レアはとても鋭いので、付け焼刃の嘘であれば見破られる可能性は高いが、事前に心構えをしておけば真実のように嘘を話すことも難しくない。
レアは俺の顔をじっと眺めており、俺の言葉の真偽を探っているのが分かる。
俺は臆することなくレアの顔を見つめ返した。
「分かりました。私の知っていることでしたら何でもお答えします」
「ありがとう、レア。それじゃあ早速だけど…………」
レアの審判の結果は不明だが、この場は乗り切ることができたようだ。
俺はリストにあった俺の知らない令嬢数名の名前を読み上げてレアにどんな人物かを尋ねた。
レアはその全員を知っており、おおよその人物像は掴めた。
レアをこの屋敷に住まわせるのはリスクにもなるが、こういった使い方があるならやはりもう少し手元に置いておくのも悪くはないか。
レアとの会話の中で、俺はそんなことを思うのだった。
次回投稿日:未定
4月11日(木)に投稿したいとは思っていますが、作者多忙のため投稿が遅れる可能性があります。
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