71.復活のA(1)
前回の話
イスラはモーリスの育った田舎で学びを得た。
年末年始は挨拶回りで忙しく過ぎ去り、他のことをする余裕もなく毎日が終わっていった。
そんな中、ようやく世の中が日常の空気を取り戻したころ、アバン王子の婚約者を決めるための選考会の二次選考の知らせが届いた。
事前の情報通り、二次選考は三人一組でグループを作って課題に取り組むとのことだ。
グループは誰と組んでもいいものの、平民、貴族が最低一人ずつは入らないと失格になるとの決まりがあるらしい。
当日に誰と組むかを申請する必要があるとのことだが、モーリスは確定として、あとはユフィーにでも声をかけておけば問題はないだろう。
後は肝心の課題だが、どうやら菓子作りらしい。
事前に運営が用意した全グループ共通の材料を元に他のグループに比べてどれだけいいものが作れるかが評価のポイントと記載されている。
菓子の作り方は偶然にも以前勉強したことがあるので多少の心得はある。
幸運にも課題のことで悩まされることはなさそうだ。
しかし、俺にとっては二次選考の通知書よりも同封されていた添付資料の二次選考参加者48名全員の氏名が載った一覧の方が興味を引いた。
課題の内容を見るに、当日その場でグループを作るのではなく、事前に組んでから行くことが想定されているようだし、この資料が付いているのは当然と言えば当然なのだが、俺にとってはこの上なくありがたい資料だ。
課題の対策もさることながら、それよりも大事なのはどのようにして勝つかだ。
今回の課題は相対評価になることが予想でき、そうなると倒さねばならない仮想敵を設定するのは重要だ。
極端な話、自分よりも菓子作りが上手い人間を全員排除できれば俺の合格は手堅い。
この手紙が届く前から他の参加者の情報はそれなりの金をかけて調べており、今この瞬間にそれらの情報は全て無価値になったわけだが、それを差し引いても全参加者の情報が得られたのは大きい。
俺は選考の参加者リストを見ながら、当日の作戦を立てることにした。
やることが明確になった俺は、まずはユフィーとのアポイントを取ることにした。
他人を気にするのはもちろんだが、当日にグループが作れずに失格となるのは話にならない。
ユフィーは以前会った際は少し元気がないような様子もあったが、変わりないだろうか。
数日後、約束を取り付けてユフィーの屋敷に伺うと、客間に通された。
俺を出迎えたユフィーは以前と同じようにどこか疲れた顔をしていた。
「イスラ、久しぶり」
「ご無沙汰しており申し訳ありません、ユフィー様。……ところで、お体の具合が悪いのでしょうか?」
「いや、体調は悪くないんだけど、最近勉強ばっかりで疲れててさ。せっかく来てくれたのにごめん」
ユフィーは喋り方も覇気がないように感じた。
以前、ユフィーはアバン王子との婚約を目指すよう父親に命じられていると話してくれたが、この様子だとそのためのスパルタ教育はまだ継続しているらしい。
それはそれで気の毒ではあるが、俺には俺の目的がある。
「ユフィー様も二次選考のお知らせを見ましたか?」
「ああ。三人組を作るってやつだろ? もしかしてイスラは私と組んでくれるのか?」
「そのために参りました。ユフィー様、私と組んでいただけますか?」
俺がその提案をすると、ユフィーは顔を輝かせて喜んだ。
「もちろんだ。イスラと一緒なら次の選考も上手くいく気がするよ。でも、そうするともう一人、平民と組まなきゃなんだよな? どうしよう!?」
ユフィーは嬉しそうな顔をしたかと思ったら、平民とも組まなければならないルールを思い出して急にオロオロしだした。
こんな風に感情がコロコロ変わるユフィーは久しぶりに見たので、レティシアの取り巻きだった頃を思い出して少し懐かしい気持ちになった。
「ご心配はいりません。既に知り合いの平民に声はかけています」
「すごいな、さすがはイスラだ。後は菓子作りをどうするかだな」
「それも私は多少経験があります。お任せください」
ユフィーも二次選考の内容は把握しており、少しは対策を考えていたようだが、その程度のことは既に俺は対策済だ。
しかしユフィーにとっては俺の返事は心強いものに感じたのか、羨望の眼差しを向けてきた。
「やっぱりイスラには敵わないな。レティシア様の誕生日プレゼントを選んだ時も、イスラに任せたら全部上手くいったっけ」
「恐縮です」
「私も今、いろいろ勉強させられてるんだけどさ、これから選考を進むことができてもイスラには勝てる気がしないよ」
その後、ユフィーは今勉強していることとやらについて教えてくれた。
学問、芸術、一般常識など様々なジャンルのことを教え込まれているそうだが、ユフィーにとっては全く興味のないものばかりだという。
「この前なんか絵のことを教えられたんだけどさ、絵の上手い下手って何で決まるんだよ? 先生は『一流の令嬢ならば一流の絵画を見極めなければなりません』とかいうんだけど、どれが上手くてどれが下手かなんてわかんないよ」
「苦労されていらっしゃるんですね」
「この後は歴史のテストをさせられるんだ。不合格だと食事抜きで補修だ。昔話をたくさん覚えてどうしようっていうんだよ」
ユフィーは徐々に最初の力ない表情に戻って来た。
俺はユフィーには元気でいてほしいと思っているので、俺にしては珍しく善意で提案をしてみた。
「今度、気分転換に遊びに出かけますか?」
「ありがとう。でも、そういうのも禁止されてるんだ。ごめん」
貴重な俺の善意はあっさりと無下にされたが、悲しみよりも憐憫が勝った。
今のユフィーはあまりにも哀れだ。
しかし俺にはどうすることもできないし、どうにかするメリットもないのでひとまずはこのままでもいいだろう。
「イスラ、今日は来てくれてありがとう。残念だけど、そろそろ時間だから」
「はい。二次選考のグループの件、ありがとございます。選考のことは私が何とかしますので、ユフィー様は無理をなさらないよう気を付けてください」
「ああ。ありがとうな」
ユフィーとの面会は彼女のスケジュールの関係で短く打ち切られてしまい、俺は大人しく自分の屋敷に戻った。
屋敷に戻った俺は改めて二次選考の参加者リストを眺めていた。
この中に菓子作りが俺以上に上手い貴族は少ないだろう。
平民も菓子を作れるほど金に余裕があり、手先が器用な者は限られるはずだ。
順当にいけば勝ち進むのは難しくはない。
しかし、かといって無策で挑むのも性に合わない。
(こいつは…………使えるかもしれないな)
リストを眺めていた俺は気になる名前を一つ見つけた。
そいつはかつて会ったことがある貴族令嬢であり、多少の因縁がある相手。
こういった場面で使うには絶好の駒かもしれない。
その名はアンリ・ランカスター伯爵令嬢。
かつてレティシアの取り巻きの中で、俺が追放したラスカル・マテリアルの太鼓持ちであり、ラスカルがいなくなった後は気が付くといなくなっていた人物だ。
ラスカルという強者にすり寄ることでしか立ち位置を確立できていなかった、取るに足らない小物ではあるが、彼女もこの選考に参加していたのか。
それならば、その器に相応しい末路を用意してやろう。
俺は早速二次選考を最高の舞台とするべく準備を始めた。
次回投稿日:4月8日(月)
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