70.おいでよ、平民の村(3)
前回の話
イスラはモーリスの育った田舎にやってきた。
王都への帰還は明日になったので、今日は一日時間ができた。
俺はせっかくなのでモーリスにこの村を案内してもらうことにした。
「何もないところですが、頑張って案内しますね!」
「よろしく頼むわ」
モーリスも張り切ってくれているようで、俺たちは朝食の後意気揚々と家を出た。
「最初は畑です。今は冬なので作物は何もないですが、芋とか野菜とかを育ててます」
最初に案内されたのは畑だったが、今は休耕中のようで一面が土に覆われている。
非情に殺風景だ。
「さあ、次に行きましょう!」
それだけの紹介だったが、何故かモーリスは元気よく次の目的地へと向かった。
「ここは木がたくさん生えているところです。私達は森って呼んでます」
次に案内されたのは『森』と呼ばれた区画だった。
確かに木がたくさん生えているが、『森』と呼ぶには木の数も広さも全然足りていないように見える。
レティシアの屋敷の庭くらいの広さの土地にたまたま木が群生している感じだ。
「村の人にとってここは一体どういう場所なのかしら?」
「子供が遊んだりします。あと、木材が欲しいときに立ち入ります。流石に大量の木材が必要な時は足りないですが、少しならここからもらいます」
あまりにも何もなさそうな場所だったにも関わらず、わざわざ紹介してきたので、何か特別な意味がある場所なのかと思い確認してみたが、別にそういう訳でもないらしい。
そんな俺の様子を見てモーリスは追加でこの場所に関する情報をくれた。
「夏とかは虫取りもできるんですよ。イスラ様は虫取りやったことあります?」
「虫取り? 何かしら、その字面だけでもおぞましい単語は?」
「木にとまっている虫を素手とか網で掴んで捕まえるんです。大きな虫をとった子が勝ちなんですよ」
「そんな蛮行は初めて聞いたわ」
モーリスは当然のように虫取りの概要を話してくれたが、俺にとっては衝撃の内容だった。
虫といえば見るだけでも不快なのに、それを素手で掴まえる?
狂気の沙汰としか思えない。
初めて知った遊びだが、それはこの村特有のものなのか、はたして田舎暮らしの平民では一般的なものなのだろうか。
今度暇な時に調べてみよう。
「最後は村長の家です」
森の紹介の後、モーリスは俺を村長の家の前に案内した。
というかこれで最後なのか。
「村長は話し合いで決まって、村長になった人がこの家に住めるんです。だからもし私のお父さんが村長に選ばれたら私達がここに住めるんです」
モーリスの説明を聞きつつ、村長宅を眺めたが、モーリス家よりはマシな作りだったが、お世辞にも立派なものとは思えなかった。
そして俺は一つ気になったことがあったのでモーリスに尋ねた。
「この村には領主の屋敷はないのかしら?」
通常であればどんな土地でもそこを治める貴族がおり、こういった村には領主が立ち寄ったときのための屋敷があるのが普通だ。
しかし、ここで最後ということはこの村にはそういったものはないのだろうか。
「ここの貴族様は普段はここには全く来なくて、ここに来るのは決まって私達が支払う税金が少なかった時です。その時だけやって来ては大きな声で私達を罵ったり、家に無理やり入ってきてお金を奪っていったり勝手なことをしていきます。私達も生活が苦しい時なのに、酷いですよね」
モーリスはため息交じりにこの村の領主について教えてくれた。
俺の記憶によると、この村の領主はしがない男爵家のはずだが、男爵や子爵の家柄の者は貴族だという立場を勘違いして傲慢に振る舞う輩が一定数いるのも事実。
この村の領主もそういった類の愚か者なのだろう。
そんな雑談を挟んだりもしたが、結局一時間程度で村を一回りしてしまった。
家に戻ったものの、することがない。
手持無沙汰にしていると、モーリス妹(大)は話かけてきた。
モーリスは確かこの子のことは“カティ”と呼んでいた。
「イスラお姉ちゃん、私もっとイスラお姉ちゃんの話を聞きたい」
「ええ、いいわよ」
俺は暇だったのでカティの話相手になってやることを快諾した。
「イスラお姉ちゃんは昔からかわいいの?」
「多分そうじゃないかしら?」
「服はお母さんに買ってもらってる?」
「いえ、自分で買っているわ。私は自分でお金を稼いでいるから」
「服はいくらくらい?」
「銀貨で5枚くらいかしら?」
「銀貨?」
「銅貨で言うと500枚くらいね」
カティは銅貨と銀貨のレートを知らないようで、銀貨5枚という金額にはキョトンとしていたが、銅貨500枚と言い換えると目を見開いて驚いた。
「イスラお姉ちゃん、お金持ち。さすが貴族様。胸のところに宝石が付いてるから高いの?」
カティは俺の胸のあたりを指さして首を傾げた。
確かに俺の服の胸のあたりには綺麗な石が装飾として付いている。
しかしこれはただの綺麗な石であり、宝石などではない。
実際は銀貨5枚程度の値段など、取るに足らないものなのだが、わざわざ本当のことを言う必要もないだろう。
「そうかもしれないわね」
「私も宝石の付いた服を着られるような貴族様になれるかな?」
「なれるといいわね」
カティは興奮気味に夢を語ったが、その夢はかなうことはないだろう。
貴族は原則として世襲制だ。
商売に成功したりして金持ちになれば爵位を買うこともできるが、カティが商売を成功させるビジョンが全く浮かんでこない。
俺は嘘つきなので事実は隠ぺいして今この時の平穏を守った。
カティと時間を潰していると、昼食の時間となった。
昼食もメッツが用意してくれてモーリス一家には好評をもらえたので、心なしかメッツも得意げだった。
午後はモーリスたちと遊ぶことになったが、何もない田舎では体を使う遊びしかなかったため、夕食の頃にはクタクタに疲れてしまった。
そして夕食の後はすぐに消灯となり、何もない一日はあっという間に過ぎ去った。
翌朝、ついに俺とメッツは王都に帰る日となったわけだが、ここでちょっとした騒ぎが起こった。
「あれ、イスラ様。服に付いていた飾りがなくなってます」
起き抜けにモーリスが俺の服の異変に気が付いた。
昨日カティが気にしていた石の飾りがなくなっている。
明らかに怪しいのはカティだが、案の定彼女は落ち着かない様子でそわそわしている。
「ねえ、カティ。あなたは私の服の飾りがどこにあるか知らないかしら?」
「っ!! 知らない!」
俺が不意に問いかけると、カティは明らかに動揺した態度で答えた。
その様子は明らかにおかしく、モーリスもその異常さに気が付いたようだ。
「カティ、あんた服の中に何か隠してない?」
「そんなことない」
「いいから見せなさい」
モーリスはカティに歩み寄ると、首元から服の中に手を突っ込んだ。
カティも抵抗したが、間もなくモーリスはカティの服の中から石飾りを取り出した。
カティは気まずそうに俯いていたが、むしろモーリスの方が信じられないものを見たような顔をした。
「あんた、なんてことをしたの!? いくらお金がなくても人の物を盗むなんて絶対やったらダメなことだよ!?」
「……」
大きな声を出したモーリスとは対照的にカティは黙ったまま俯いている。
次に静寂を破ったのはモーリスがカティの頬を叩くパンッという張りつめた音だった。
一瞬時が止まったかのように静まり返ったが、次の瞬間にはカティの泣く声が室内に響いた。
「イスラ様、申し訳ありません。妹がこのような狼藉を働いたこと、深くお詫びします。私が一生かけてでも償いますので、どうか妹のことは許してあげてください」
モーリスは地に額を付ける姿勢で俺の足元に縋りついた。
俺としては安物の服の飾り程度でこのような騒ぎになっていることの面倒さが勝っているので、とりあえずはこの場を収めることを優先した。
「モーリス、頭を上げなさい。私は別に怒ってなどいないわ」
「ありがとうございます。ですが、盗みは許されないことです」
「そもそも本当にカティはこの石を盗むつもりだったのかしら?」
俺は先ほどから頑なに口を閉ざしていたカティの様子が気になった。
確かにカティはこの石に興味を持っていたが、俺は彼女の精神性の根底は『善』であると判断している。
もちろん金に目がくらんだ、というのもあり得るが、何となくそれでは腑に落ちない。
俺は泣いているカティに優しく問いかけた。
「カティ。あなたはどうしてこの石を自分の服に入れたの?」
「………………イスラお姉ちゃんと、もっと遊びたかったから」
カティは涙で嗚咽を漏らしながらも今回の行為の理由を教えてくれた。
正直、カティの返事だけではどういうことか分からなかったが、俺は一つの仮説を立てた。
「この石を隠したら私が帰れなくなると思ったの?」
「…………うん」
カティは俺の質問に肯定の返事を返したが、恐らく俺の仮設は正しいと思う。
つまりカティの言い分はこうだ。
カティは俺が王都に帰るのが寂しい⇒(カティから見て)高価な石を隠す
⇒俺はその石を探す⇒その間、俺は帰れない
という理屈のようだ。
カティはこの石が高価に見えたから盗んだ、というわけではなく、俺が帰らないように隠した、という方が正しい言い方になる。
俺はそのことをモーリスにも教えてやった。
「カティはお金のためじゃなくて、私が王都に帰ってほしくない一心で石を隠したみたいよ」
俺の言葉でようやくカティの行動の真意が理解できたモーリスは、はっとした顔になり、その後涙を流してカティを抱きしめた。
「カティ、ごめんね。お姉ちゃん、誤解してた」
「……ううん、私も、ごめんなさい」
こうしてこの騒動は決着したのだった。
そしてその後、予定通り俺とメッツはモーリス一家に別れを告げて村を後にし、王都に向かい始めた。
その間考えていたのは今朝の騒動についてだ。
全体で見れば茶番でしかなかったが、一つどうしても気になったことがある。
(なぜモーリスはカティを叩くことができたのか?)
この世界には他者への暴力行為をしようとすると体が勝手に動かなくなる、通称『平和の神の祝福』という法則が存在する。
普通であればモーリスはカティを叩こうとした手前で、その手は無理やり止まるはずなのだ。
村を出る前にモーリスにその時のことを聞いたら、
「あの時は私も必死だったのでよく覚えていないのですが、このままだとカティが悪い子になっちゃうと思ったら体が自然に動いていました」
というようなことを言っていた。
(『平和の神の祝福』は暴力という行為ではなく、人に危害を加えようという意志にも関係しているのか?)
今回のモーリスの話では、カティに危害を加えようと思ったわけではなく、むしろ愛ゆえの行動だったのは明らかだ。
そのような場合には他人にも暴力を振るうことができるというのは今までにない発見だ。
俺は王都までの長い道のりの中で愛を利用した暴力行為の利用方法について考え続けたが、答えは出なかった。
しかし、どちらにせよ俺には関係のない話だったと思い直した。
俺には思考が支配されるほどの愛で頭が支配された経験などないからだ。
今回の件は、興味深い内容ではあったものの実用性はなし、という結論に至り、俺の思考は翌日以降の予定のことに移っていった。
次回投稿日:4月5日(金)か6日(土)
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