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7.反撃準備(3)

前回の話

レティシアの取り巻きグループで、ラスカル・マテリアルの次に身分の高い伯爵令嬢のユフィー・グリーアと親交を深めた。

「イスラお嬢様、お手紙が届いています」

庭の木の葉が色を変えた頃のある日、自室で本を読んでいると、メッツが手紙を届けに来た。

封筒を確認すると、裏で動いている件に関するものだった。


「ありがとう、メッツ。下がっていいわ」

例えメッツであってもこの内容は見せるわけにはいかない。

暗に部屋を出るよう指示すると、メッツは一礼して部屋を出た。


封筒を開けると、以前から依頼していたラスカルの父親であるカール・マテリアル侯爵に仕掛けた策の結果が書かれていた。

領内の農作物の収穫、出荷があらかた完了し、手元に金がある状態だったところに、名画の贋作を売りつけたり、違法カジノを紹介したりした結果、金貨600枚ほどの損失を出させることに成功したとのことだ。


事前に調べていた通り、カール侯爵は見栄っ張りの野心家で、しかも金払いがいいという典型的なカモであることの裏付けが取れた。

貴族社会は閉ざされた人間関係の中でのみ交流がある世界で、なおかつ面子を重んじるので、こういった馬鹿が量産されやすい。


初手が上手くいったことでひとまずは安心だが、侯爵家にとって金貨600枚程度はそれ単体では大した痛手ではない。破滅させるにはさらなる追撃が必要だ。

しかし、人間とは不思議なもので一度金を失うと冷静ではいられなくなり、必死に損失分を取り戻そうとする。

その結果、普段なら簡単に気づくような罠にも面白いように引っかかる。

損失を出したカール侯爵も、その損失を周囲に知られないように人知れず金策を試みるはずだ。

そこを刈り取る。

既に準備はできている。早速動き出すとしよう。


数日後、俺は王都の一等地にある会員制のカフェに向かった。

今日の俺はウィッグを被り、濃いめの化粧を施し、普段はかけない伊達メガネをかけ、おまけにシークレットシューズで背も高く装うなど外見を大きく変えた。

これだけ変装すれば誰も俺がイスラ・ヴィースラーだと気付かないだろう。


「予約していたレディ・エイリアスです」

店内に入り、名前を名乗ると個室に通された。もちろん偽名だ。

個室内に置かれたフカフカのソファに腰かけつつ10分ほど待つと、その男が現れた。

俺はすかさず立ち上がり深く礼をした。


「お待ちしておりました、侯爵様」

「貴様がエイリアスとかいう金貸しの女か。わしをこのような場所にわざわざ呼び出しておいてつまらない話ならば許さんぞ」

「ご足労をおかけして申し訳ございません。しかし、ご家族にも聞かれたくないお話になるかと思いましたので、このような場所にお越しいただきました」

「……まあいい。とにかく金の話だ。お前のような小娘から本当に儲け話が出てくるとは思えないが、話くらいは聞いてやる」

カール侯爵はそう言って勢いよくソファに座るや否や手を叩き店員を呼びつけて一番高い茶を注文した。


今日この日のために俺は人脈をフルに活用してこのレディ・エイリアスという架空の金貸しの存在を侯爵に認知させ、秘密裏に金の工面について話をさせてもらうようアポイントを取り付けていた。

侯爵は言葉では俺のことを見下しているが、本当に金が欲しいのは態度で分かる。

そもそもこんな小娘の話をわざわざ聞きに来るほど余裕がない時点でこいつは終わってる。

「では手紙にも書かせていただきました投資のお話をさせていただきます」

ここからは詐欺師の本領発揮だ。


「なるほど。それでは現在ナスル商会が開発している新しい温泉施設の経営権の一部を買い取ることで、その利益が毎月わしのところに入ってくるわけか」

「流石侯爵様、話が早くて助かります」

俺がカール侯爵へ用意したプランは、ナスル商会が来月開業しようとしている新しい温泉施設の経営権を金貨4000枚で購入し、その施設の経営によって生じる利益を毎月の収入とするというものだ。


「しかし金貨4000枚などすぐには用意できんぞ」

「ご安心ください。頭金は金貨2000枚を支払えば、残り2000枚は分割での支払いも可能です。毎月100枚程度の支払いが必要になりますが、施設の売り上げは毎月200枚程度は見込める上、冬季は特に売り上げが伸びやすい時期です。しばらくは差し引き毎月150枚程度の金貨を得られるでしょう」


侯爵からの質問は想定通りだ。それに対してはナスルにも確認した正しい見込みの数字を伝えた。

しかし、これだけでは食いつかないのも織り込み済みだ。


「頭金が金貨2000枚か。もちろん払えないことはないが、金を得るのに金を使うのは本末転倒ではないか?」

「それに関してもご心配なく。私が金貨2000枚を侯爵様にお貸しさせていただきます」

「金貨2000枚を!? お前のような小娘が?」

「はい。事前にお伝えいたしましたが、私は他の貴族や商人の方にも投資や経営のアドバイスさせていただいております。他人にそれだけの口出しをして成功させることができるのですから、自分でお金を運用していれば金貨2000枚など大した額ではありません」


俺は自身たっぷりにカール侯爵に言い切ったが、もちろんこれは嘘だ。

しがない子爵の娘では金貨100枚でも大金だ。

ましてや2000枚の金貨など簡単には用意できないので、今回はナスルに頼み借金を申し込んだ。

これでこの計画が失敗したら俺も無一文どころか特大債務者だ。


しかし人を騙す時にはこれくらい大胆なことをするのは効果的だ。

普通の思考の人間ならば人を騙すためにわざわざ金貨2000枚も用意しない。

だからこそ嘘を信じさせることができる。


「つまり侯爵様は今は金貨を1枚も支払うことなく、施設経営権を入手でき、その利益が十分に出た頃に私にお金をお返しいただければいいのです」

最後にもう一度侯爵に不利益がないことを念押しした。

侯爵も悩んでいる振りをしているが、顔がにやけるのを抑えきれていない。


「侯爵様であれば本来このような金額のお金はいつでもお支払いできるとは思いますが、先般収穫した農作物の運搬費用や、領民からの公共設備の修繕依頼などたまたまご入用な事態が重なったことは私もよく理解しております。だからこそこのような大金を貸し出すのです」

「なるほど。話は分かった。一旦この話は持ち帰って改めて返事を返そう」

「かしこまりました。ぜひ前向きなご検討をお願いします。いいお返事を頂けたら詳しい契約内容をご説明いたしますので」


侯爵は話を持ち帰ると言ったが、これも想定通りだ。

貴族は面子を重んじるので、儲け話に即日返事をするのは浅ましいという風潮があるが、十中八九侯爵は三日以内に俺の提案を飲む。


二日後、俺の元にカール侯爵から手紙が届き案の定俺の提案を受けるとの旨が書かれていた。

詳しい話をするために指定の日時に自分の屋敷に来いとのことだった。

全てはこちらの筋書き通り。

俺はこの時のために準備していた契約書を持ち、再び変装を施して侯爵家に向かった。


マテリアル侯爵家に到着すると使用人に裏口から入るよう案内された。

卑しい身分の者に正面の玄関を使わせないというのも貴族社会ではよくある話だ。

そして誰ともすれ違わずに通された部屋の中でカール侯爵が待っていた。

侯爵は顎でソファの方向を示し、俺に座るよう促した。


「わしは時間忙しいのだ。手早く済ませろ」

「かしこまりました」

恐らく俺が長居して屋敷内の他の誰かに見つかるのを恐れているのだろう。

俺は改めて投資の内容と、前回は話していなかった金を貸し出す際の条件について説明した。

その条件とは、頭金として貸し出す金貨2000枚の利子を1割取ること、返済は1年後で構わないが、貸付金額の1割は1か月後に返してもらう必要があるというものだ。

カール侯爵は条件を聞くと渋い顔をした。


「利子を付けるのか。しかも1割とは大きく出たな」

「申し訳ありません。しかし返済期限は1年後のため特別高いものではないかと」

「まあそれは構わんが、貸付金の1割は1か月後に返却ということは来月に金貨220枚をお前に返せば良いのか?」

「2200枚の1割は220枚ですね」

「施設経営で手に入る金貨が月150枚程度だと初月は赤字となるのが気に入らないな」

「しかしそれ以降は1年後まで月に金貨150枚ほどの収入が得られるのです。悪い話ではないかと」

「まあ、お前にも利がなければならんか。仕方あるまい」

「ご理解いただきありがとうございます」


こうして俺は事前に契約の内容を説明し、その内容を漏れなく記載した契約書をカール侯爵に提示した。

念のため重要な点を再度指さし確認を交えつつ説明し、最後にカール侯爵の署名と押印が完了して契約は締結された。

俺はその契約書を丁寧にカバンにしまい、対照的にカール侯爵は控えを適当な引き出しに乱雑に収めた。


「契約はこれにて完了です。ナスル商会には私から話をつけておき、頭金の支払いもこちらで行っておきます」

「わかった。これで用は済んだ。とっとと帰れ」

「承知しました。本日はお忙しい中お時間をいただきありがとうございました」


俺は平静を装いつつ退室し、使用人の案内に従い裏口から屋敷を出た

そして近くに控えさせていた馬車に乗り込むと、嬉しさのあまり自然と口の端が上がるのが自分でも分かった。

条件は全て揃った。後は1か月待つだけだ。

準備パートは今回で終わりです。

次回のサブタイトルは「反撃開始(1)」の予定です。

次回投稿は明日か明後日です。

続きが気になる方は是非ブックマークしてお待ちください。

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