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69.おいでよ、平民の村(2)

前回の話

イスラはモーリスの育った田舎にやってきた。

二度寝から目覚めたのはモーリスの起床がきっかけとなった。

俺の眠りも深いものではなかったので、隣で寝ていたモーリスがもぞもぞと動き出したことはすぐに気が付いた。


「おはよーござぃます、いすらさま」

「おはよう、モーリス」


モーリスは寝ぼけた様子だったが、辛うじて俺の存在は認識できいるみたいだ。

モーリスは少しの間、ボーっとしていたが、すぐに立ち上がって他の弟妹を起こして回った。

俺ももう起きねば。


「メッツ、いい加減起きなさい」


その前にモーリス同様に俺にしがみついて寝ていたメッツを引きはがそうとしたが、メッツは力強くがっしりと俺を掴んで離さない。


「メッツ、あなたもう目が覚めているでしょう?」


あまりにも強く抱きしめられているが、この感じは寝ている人間のものではない。

現にメッツの顔は朝方目が覚めた時のだらしなく緩んだ表情ではなく、いつものキリっとした表情に近くなっている。


「そんなことはありません。私はまだ深い眠りの中にいます」

「寝坊が過ぎるならクビにするわよ」

「今起きました」


案の定狸寝入りをしていた侍女は解雇をチラつかせると何事もなかったかのようにムクリと体を起こした。


ようやく体が自由になったので、俺も起き上がって思い切り伸びをした。


「イスラ様、水を汲みに行きますので、一緒に来ていただけませんか?」


何をしようかと考えていたらモーリスが声をかけてきた。

水汲み? というのはよく分からないが、これも平民の暮らしを学ぶ一貫だ。


「ええ、もちろん」

「お客様に手伝ってもらってすいません。それじゃあ行きましょう。イスラ様はこれを持ってください」


モーリスは玄関のあたりに置いてあった小さめの壺を俺に持たせると、弟妹たちと共に家の外に出た。


モーリスの弟妹は三人おり、10歳ほどに見える女、10歳には少し満たないくらいに見える

男、5歳程度に見える女、という構成だったが、全員体の大きさに見合った壺を持っていた。

ちなみにモーリス本人は自分の体の大きさほどの大きな壺を持っていた。


少し歩くと、小さな人だかりが見えてきた。


俺はその人だかりが何か分からなかったが、よく見ると集まった人々は全員壺を持参しており、人ごみの中心に鎮座している大型の魔動具から水を出している。


俺はここでようやく『水汲み』とはこの魔動具から出した水を各家庭に持ち帰る作業のことだったことを理解した。


しかし俺に言わせればこの作業はあまりに非効率だ。

水を出す魔動具など各家庭に一つ置けばよいのだ。


「ねえ、モーリス。この村に水を出す魔動具はこの一つしかないの?」

「はい。……あ、村長の家にもあったはずなので、やっぱり二つですね。」

「自分の家にも欲しいと思ったことはないの? 水が欲しい時にここまで来なければならないのは不便じゃない?」

「今にして思えばそうなんですけど、この村ではこれが当たり前なので誰も気にしていないですね」


モーリスは俺の疑問についてはあまり深く考えていないようで、軽く流されてしまった。


確かに周囲の村人も魔動具使用の順番を待つ間にお互いにコミュニケーションを取っておりイライラした様子は一切ない。

自分の屋敷に様々な魔動具があり、自由にそれを使える身ではこういった経験は中々できない。

また一つ学びを得た。


「あれ、モーリスじゃないか!? 帰って来ていたのかい?」


そんなことを考えていたら村人の一人がモーリスに声をかけた。

その声をきっかけにモーリスの周りには人だかりができて王都での生活について質問攻めにあっていた。


「こちらのイスラ様に送っていただけたんですよ~」


モーリスは俺を他の村人に紹介してくれたし、俺もそれに合わせて簡単な自己紹介をしたが、村人たちは俺を珍しいものを見るような目で遠巻きに眺めるだけで誰も俺に話しかけるようなことはしなかった。


モーリスという話し相手を失った俺は急に暇になってしまった。

俺はガキのことはあまり好きではないが、あまりにも暇なのでモーリスの妹(大)に話かけた。


「モーリスは人気者ね」

「うん……。……違った、はい……」


モーリスの妹は俺に話しかけられてビクンと体を震わせて恐る恐るといった体で返事をした。

明らかに警戒されている。

こうもビクビクされるとあまりいい気はしないので、その理由が気になってくる。


「堅苦しい言葉遣いは必要ないわ。もっと気楽に話していいのよ」

「はい」

「私のこと、怖い?」

「いいえ」


モーリス妹はやはり俺への警戒を緩めることがなく、俯きがちに短い返事だけを返した。

俺は少し屈んで自分の顔をモーリス妹の顔の高さに合わせ、目線も合わせて改めて話しかけた。


「私はモーリスの友人としてこの村に来たの。確かに私は王都では貴族をやっているけれど、この村で偉そうにするつもりはないし、あなたたちに酷いこともしないわ。約束する。」

「…………ほんと?」

「うん、ほんと」


俺はにこやかな笑顔を作り、モーリス妹に安心感を与えるよう努めた。

その甲斐あってか、モーリス妹は少しだけ警戒心を解いてくれた。


「分かった……イスラ……さま」

「“様”はなくていいわ。私はここではただのイスラよ」

「イスラ……お姉ちゃん?」

「それでいいわ」


呼び捨てにするのは気が引けたのか、お姉ちゃんなどと呼ばれたが、それは一向に構わない。

少しずつではあったものの、俺たちは普通に会話できるようになっていった。


「イスラお姉ちゃん、貴族っていつもどんなものを食べてるの?」

「特別なものはないと思うわ。パンとかスープとか肉とか野菜とか」

「王都ってどんなところ?」

「人がたくさんいるわ。この村の人を全員集めても全然足りないくらい」

「お姉ちゃんは元気にしてた?」

「モーリスのこと? モーリスが働いている食堂にも行ったことがあるけれど、元気に働いていたわね」


モーリス妹も徐々に俺が怖い相手ではないことを理解してきたのか、笑顔を見せることもあった。

そして俺達が楽しそうに会話しているのを見て、モーリス弟やモーリス妹(小)も会話に入ってきた。


俺としては彼女らの日常のことは噂で聞く平民の生活の話よりも格段にリアリティを感じられて色々と勉強になった。


そうこうしているうちに水汲みの順番が回って来たので、俺たちは各々持っていた壺に水を入れて家に戻った。


俺が持たされたのは小さめの壺ではあったが、普段物を持って運ぶ習慣がなかったので、帰る頃には腕が疲れてしまった。


(せめてもう少し腕力を付けるべきか……?)


毎朝起きた後にストレッチは欠かさないようにしているが、その中に筋肉をつけるメニューを増やすことも検討しよう。


家の中では既に朝食が出来上がっていた。


台所にはメッツが立っており、その腕を存分に振るっているようだ。

モーリスの母親はテーブルの前に座って茶を啜っている。


「メッツ、ご苦労様」

「おかえりなさいませ、イスラお嬢様。泊めていただいている以上、その分働いて返すのがイスラお嬢様の侍女として相応しい振る舞いだと判断しました」

「その通りよ。素晴らしい働きね」


メッツは時々おかしな言動をする以外は優秀な侍女だ。

今回も自分の判断で俺の期待通りの働きをしてくれた。


俺たちはテーブルを囲み、メッツの作ってくれた朝食を食べたが、全員美味しいと言って食べてくれた。


昨日の夜も騒がしいと思っていたが、昨日よりもモーリスの家族と打ち解けた結果、確かに昨日よりも騒がしくなった。

俺は騒々しい食卓に苦笑しつつも段々とこの空気に順応してきたのか、昨日に比べるとさほど気にならなくなった。


「そういえばイスラ様はいつまでここに泊りますか?」

「ご迷惑になるようなら今日には帰ろうと思っていたけれど。もちろん、あなたはもっとゆっくりしていって構わないわ。一週間後くらいに迎えを向かわせるから」


朝食の最中、モーリスは俺にこの村への滞在期間を聞いてきた。

モーリスはせっかくの帰省なのでゆっくりさせてやりたいが、俺は王都でやることがあるので長居はできない。

今日か明日には帰ろうと思っていたのだが、モーリスの母が代わりに返事をしてきた。


「迷惑だなんてとんでもない! メッツさんのおかげで私も楽させてもらえるし、ずっといてくれてもいいですよ」

「それならもう一泊だけお世話になります」


モーリスの母は思いのほか俺のことを受け入れてくれているようだ。

もちろん、昨日話した『お礼』ありきの話ではあると思うが。


正直、二日連続で長距離を移動すると体への負担が大きいので、泊っていいと言われたのは助かる。

お言葉に甘えてもう少しゆっくりさせてもらうことにしよう。

次回投稿日:4月2日(火)

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