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67.ご注文は子爵ですか?

前回の話

イスラはアバン王子の婚約者を決めるための選考会に関する情報を調べた。

いよいよ年末が近くなり、世の中が慌ただしくなってきたが、俺は比較的落ち着いた日々を過ごしていた。

とはいえ俺も先日父親から家督を継いだので、年末年始には出席しなければならない催しや、挨拶回りもあるため、これから忙しくなるだろう。


そういった事情で今が年内で自由に動けるラストチャンスなわけだが、どのように過ごすかを決めかねていた。


取り急ぎ個人的な情報収集のために動くべく、俺は平民の恰好をしてお忍びで王都の城下町へ繰り出した。


店が並んでいる商店街区画はいつも人が多いが、今日も例に漏れずたくさんの人の往来があった。

そんな中で俺は目当ての店を見つけ、中に入った。


「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」

「ええ」

「こちらのカウンターへどうぞ」


店は食堂であり、昼時には少し早い時間であったにも関わらず盛況であった。

俺は店員に促されるまま席に着いたが、店内の様子を観察した。


接客に出ている店員は三人で、恐らく奥の厨房にはさらに店員がいるのだろう。

とりあえず、俺の目に入る範囲では目当ての人物はいなかった。

俺は近くを通った店員に声をかけた。


「注文いいかしら? 日替わり定食を一つお願い」

「はい、日替わり一つですね。ご注文は以上ですか?」

「注文は以上だけど、一ついいかしら? このお店にモーリスって子が働いていると聞いたのだけど、今日はいないの?」


俺は注文と同時に目当ての人物のことを尋ねた。

その人物とはアバン王子の婚約者を決める選考会で知り合ったモーリスという平民の女だ。


モーリスは王都の食堂で給仕として働いていると言っていたが、その情報を元に俺は彼女が働いている店を調べた。

そして調査の結果、この店だと判明したのだが、肝心のモーリスの姿はない。


「モーリスだったらもうすぐ来ると思いますよ。彼女に何か御用ですか?」

「ええ、少し。もうすぐ来るなら食事をしながら待たせてもらうわ」


店員は俺の質問には別段警戒することなく答えてくれた。

もうすぐ来るというなら都合がいい。

せっかくなので、久しぶりに平民食を楽しませてもらおう。


「お待たせしました。日替わり定食です」


モーリスを待っていると、注文が先に来た。


どんなものが来るかよく確認せずに注文したが、やってきたのは米と具なしスープと肉野菜炒めと漬物といったシンプルな内容だった。

肉野菜炒めを一口食べると、味の濃さが口の中に広がる。


こういう時にしか食べられない、雑なおいしさの平民料理を味わっていると、不意に背後から声をかけられた。


「やっぱりイスラ様ですよね。こんなところまでお越しいただき、どうかされましたか?」


振り返って声の主を確認すると、モーリスが驚いた顔で立っていた。

選考会の時にはぎこちないドレス姿だったが、今は給仕服を着ている。

正直、こちらの姿の方が似合っていると思った。


俺は口の中の物を飲み込み、要件を簡単に伝えた。


「あなたと少しお話がしたくてね。今日は一日お仕事かしら?」

「はい。ただ、昼の営業が落ち着いたら少し休憩の時間を取れると思います」

「そう。だったらその頃にまた来るわ。お店の営業を邪魔したら悪いし」


モーリスが来る頃には丁度昼時になっており、店内は満席で外に並ぶ客もいるほどだった。

そんな中で店員と長話するのも悪いので、俺は一度出直すことにした。


ただし、その前に一つだけ気になったことをモーリスに聞いてしまった。


「ところで、さっき『やっぱり』って言ったけれど、どういうことかしら?」

「私がここに来た時に同僚の子から『とんでもなく可愛い女の子があんたを尋ねてきたけど、あれって誰なの!?』って詰められたので、すぐにイスラ様のことだと思いました」


モーリスはそれだけ言うと、他の客の呼ぶ方へ向かって行ってしまった。

美人に生まれたのはありがたいことだが、お忍びの時には目立ちすぎるかもしれないなどと考えつつ、俺は食事と会計を終えて一度店を出た。


数時間後。


俺は一度屋敷に戻ってから、メッツの運転する魔動車で改めてモーリスの勤める食堂に戻って来た。

メッツと車は店の近くで待機させ、改めて店内の様子を見ると、昼飯時は完全に過ぎているにも関わらず、まだまだ店内は盛況だった。


もう少し待ってからの方がいいかと、再度出直すかと思った矢先、店内の店員と目が合った。

先ほど注文を取ってくれた女だ。

その女は俺の方にダッシュで近づくと、突然捲し立ててきた。


「ねえ、あなた! モーリスのお友達で、彼女に用があるのよね!?」

「ええ、まあ」

「それなら少しだけお店を手伝ってくれない? このままだとモーリスも忙しすぎて休憩すら取れなくなりそうなの! そうなったらあなたもモーリスとお話しできなくて困るでしょう? この通りだから、お願い!!!」


どうやら、モーリスは俺のことを貴族だとは同僚に伝えなかったらしい。

俺のことを単なるモーリスの友人だと思って俺に頭げている目の前の女に、身分を明かして頼みを断るのは簡単だ。


しかし、幸いなことに俺は今時間がある。

それに給仕をするのは初めてだが、今後また平民の振りをする時に役に立つかもしれない。


「わかったから、頭を上げて。少しだけなら協力するわ」

「本当!? ありがとう!! すごく助かる!! それじゃあ、早速だけど、裏から入ってくれるかしら?」


店員の女は満面の笑みで俺の手を引き、バックヤードに案内してくれた。

俺は店員に言われるがままに着替えてから店内のフロアスペースに足を踏み入れると、未だに多くの客で賑わっていた。


「あれ、イスラ様!? その恰好はどうされたんですか!?」


そして俺の存在に気が付いたモーリスは再び驚いた顔でこちらを見た。

無理もない。今の俺の姿はこの店の給仕服姿なのだから。


「お店を手伝いに来たの。詳しい話は後で。それから、ここでは『イスラ』でいいわ」

「ありがとうございま……ありがとう、イスラ!」


モーリスは少しぎこちないため口で俺のことを呼んだが、慌ただしい店内で仕事をするうちに、自然と息が合うようになった。


「イスラ、三番テーブルのお客様にお水をお願い」

「了解! モーリス、お会計のお客様がお待ち!」

「すぐ行きます!!」


三十分も過ぎた頃には長年連携を取ってきたかのようなコンビネーションでフロアの客を捌けるようになった。


……しかし、なぜだろう。

先ほどから俺という店員が一人増えて仕事の効率は上がっているはずなのに、一向に楽になる気配がない。


「お客様、四組様お待ちです!!」

「四組!? こんな時間に!?」


他の店員同士のやり取りを聞いてその理由が分かった。

客が多すぎるのだ。


どうやら今日は特別客の多い日のようで、このままではモーリスはおろか、俺も途中で抜けにくい状況になっているが、今日は厄日だと諦めてもう少しこの店の手伝いをすることにした。


どのくらい時間が経ったか分からなくなってきた頃、更なる不幸が俺を襲った。


「いらっしゃいませ……ってメッツ!? あなた、どうしてここに? 車はどうしたの?」


次々と店に入って来る客の相手をしていると、その中に俺の侍女であるメッツの姿があった。

近くで待たせていたはずなのに、どうして?


「魔動車は近くのナスル商会の拠点の近くに置かせていただきました」

「それならいいけれど、どうしてここに? 何かあったのかしら?」


どうやら魔動車を不用心に放置してここに来たわけではないようだが、彼女がここに来た理由が分からない。

見たところ、他の客に割り込んだわけではなく、行列に並んでここに入店したようだが、緊急の要件ならばそんな悠長なことしないだろう。


「はい、緊急事態です」

「何があったの? 簡潔に説明して」

「このお店にとんでもなく可愛い新人店員が入ったらしいとの噂が聞こえてきました。そのため思わず来てしまいました」


俺は緊張しつつメッツの報告を聞いたが、彼女は真顔で馬鹿なことを言ってのけた。

そんなくだらない理由で持ち場を離れたことを大きな声で叱責しそうになったが、そんなことをしては店の迷惑になると思い、何とか冷静さを取り戻した。


「……ねえ、メッツ。それがあなたにとっての緊急事態なの?」

「はい。私はその噂を聞いた時、瞬時にイスラお嬢様のことだと思い至りました。そして、この機を逃したらイスラお嬢様の給仕服姿など二度とお目にかかれないかもしれないと思うと体が勝手に動いていました」


どいつもこいつも『可愛い女』というキーワードで俺のことを特定するのはやめてほしい。

とにもかくにも今の俺は給仕で、こいつは客だ。

適当にあしらって早く帰ってもらおう。


「はあ、……おひとり様、ご案内します」


俺は露骨にため息を吐き、メッツをカウンター席に案内した。


その後、メッツから注文を取ったり、彼女に食事を運んだりしたのだが、その間もメッツは俺の働く様子をニヤニヤと眺めていた。


腹立たしいことこの上ないが、それと同時にある違和感に気が付く。

メッツだけでなく、他の客からの視線も複数感じるのだ。

そういえば先ほどメッツは『可愛い新人店員が入ったらしいとの噂が聞こえてきました』と言っていた。


(この大勢の客の中には俺目当てのやつもいるってことなのか?)


つまり、今日に限ってこんなに客がいることの理由には、俺の存在も関係あったのか。

結局その後も客足は絶えず、夕方頃まで仕事は続き、モーリスとの話も後日改めてということになった。


俺は屋敷に帰る頃には疲れ切っており、食事と水浴びを終えるとすぐにベッドに向かった。


だが、寝る前に一つだけやることがある。

俺はメッツを呼びつけて指示を出した。


「メッツ、悪いのだけど今から屋敷の修繕希望箇所のリストアップと私の持っている服のリスト更新、年末に挨拶すべき貴族の精査、ミレイヌから来ている魔動車販売に関するビジネスプランの要約と回答案作成、私個人とヴィースラー家の財務状況を確認できる資料の用意、その他私がやるべきタスクの整理と優先順位付けをやっておいてくれないかしら? 納期は明日私が起きるまで。レアとファラに手伝わせるのは禁止ね」

「かしこまりました……」


普段は頼りになる侍女ではあるのだが、あれだけ勝手をしたのにお咎めなしというのはよろしくない。

メッツにはしかるべき罰を与えて俺は一人眠りに落ちた。


翌日、俺が起きると目の下に大きな隈を作ったメッツが資料を提出してくれた。


「報告は以上です。それでは私は少し休みます」

「ええ、ご苦労様。ゆっくり休んでいいわ」


報告を終えるとフラフラとした様子でメッツは俺の部屋を退室した。


指示を出した俺が言うのもなんだが、メッツは本当にあれだけの指示内容を一晩でやってのけた。

時々おかしな言動があること以外は文句なく優秀な侍女である。


さて、昨日は思わぬアクシデントもあったが、そういう日もある。

改めて、モーリスと会う約束を取り付けよう。

次回投稿日:3月27日(水)

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