66.捜査は足から
前回の話
イスラは使用人であるメッツ、レア、ファラの三人との生活を開始した。
秋も過ぎ去り寒い日が続くようになり、気がつけば年末も近づいた頃、俺はアバン王子の婚約者を決める選考会の二次選考の内容について調査を開始した。
一次選考通過の通知がこの前届いたが、それからはまだ音沙汰ない。
情報屋であるリウラにもこの件の調査を依頼しているが、情報収集の時に大事なのは数と質だ。
普段どれだけ精度の高い情報を提供する者であっても人間である以上は間違いの可能性は常に考慮する必要がある。
その判断には他の情報との比較が一番分かりやすい。
今回の件で言えば、二次選考の時期と内容を知りたいわけだが、それぞれ別のルートから得た複数の情報を照らし合わせることで、より情報の信頼度は上がる。
というわけで俺は俺のやり方で情報を収集すべく王城に向かった。
アバン王子の部屋の辺りをウロウロしていると、見知った顔に声をかけられた。
「あれ、イスラ様? 今日はどういったご用向きでしょう?」
「こんにちは、ルーイ。今日はあなたに会いに来たの」
「私に? 一体どうされましたか?」
その声の主は王城の使用人をしている女であるルーイだ。
一年ほど前から俺は王城の使用人数人と交流をしているのだが、彼女もその内の一人だ。
「最近の王城の様子を知りたいなと思ってね。最近、何か変わったことはないかしら?」
「変わったことですか……。うーん、特に思い当たりません。強いて言えば、年の瀬が近いので、皆さん忙しくされているみたいです」
「去年と比べて今年の様子はどうかしら?」
「去年と比べてですか? ……それもあまり変わりはないように感じます。お役に立てず申し訳ありません……」
ルーイは頑張って色々と考えてくれているようだが、彼女の視点では王城内で大きな動きはないようだ。
彼女の言う通り、普段から王城に登城するような高位の貴族のやつらは年の瀬には参加すべき催しが多くあるので、忙しいのは間違いないだろう。
ただし、今年と昨年であまり様子が変わらないということは、年内の二次選考はないのだろうか。
「謝罪の必要はないわよ。ありがとう、ルーイ。参考になったから大丈夫」
「え、私何かイスラ様のお役に立つようなことを言いました?」
「ええ、いつも助かっているわ。今度また差し入れを持ってくるから、これからもよろしくね」
「よく分かりませんが、差し入れはいつでもウェルカムです!」
ルーイは腑に落ちていないようだが、『特筆することが何もない状況』というのも重要な情報の一つだ。
後はこの情報の裏付けができればいいのだが、どうしたものか。
……と思ったが、一つ思いついたことがあるので、それを試してみることにした。
その思い付きの数日後、俺は王都内のショールームに足を運んだ。
ここは服屋が金持ちの貴族相手に最新の洋服を展示して高値で買い取らせるための場所だ。
今日、俺はこの場をレンタルし、知り合いの伝手を辿ってデザイナーに依頼して作成させた新しいデザインの服を飾った。
こんなことをしているのは別に服屋のビジネスを始めるためではない。
少し待つと、小柄な少女が一人でやって来た。
「イスラ、久しぶり。新作の服を作ったって聞いたから来てあげたわ」
「アイリス様、ご足労いただきありがとうございます。……ちなみに、お連れの方はどちらに?」
「入り口のところで待っていてもらっているわ。せっかくイスラとお話できるのに、近くに使用人がいたら邪魔でしょ?」
俺のことを見上げながら気安く声をかけてきたのはアイリス・オーヒル侯爵令嬢だ。
彼女の父親であるオーヒル侯爵がアバン王子の婚約者選定に大きな影響を与える『アバン王子婚約者選定委員会』の委員長を務めている関係で、俺は最近アイリスのご機嫌取を始めた。
元々はオーヒル侯爵にどうしても言うことを聞かせたい時に、最終手段として攫って人質にするくらいの使い方を考えていたが、思いのほか懐かれているようなので、こうして情報源としても使えないか試してみることにした。
「ご配慮ありがとうございます。それでは早速ですが、ナスル商会で考案した服の新しいデザイン案を見ていただけないでしょうか?」
「もちろんよ。ここに飾っているやつよね? 確かに今まで見たことのないような斬新なデザインだけど、私としてはこの辺りをもう少し…………」
俺が聞きたいのはアイリスの父親の話なのだが、まずは彼女の好きな服の話題から会話を始めた。
アイリスは侯爵令嬢の末っ子で、甘やかされて育っているため、趣味である服を買うことに金を惜しまないし、彼女の両親もそれを咎めない。
とはいえ、それだけ服のことが好きなので、そういったセンスは年相応以上に磨かれているようで、新しいデザインの服を前に流暢に持論を語り始めた。
俺にはほとんど理解できない話だったが、相槌を打てるくらいには真面目にアイリスの話を聞いた。
そして話の切れ目に上手く話題を変えることに成功した。
「そういえばアイリス様は今年の年末はどのように過ごされるご予定ですか?」
「今年はお父様とお母様と一緒に領地の屋敷で過ごす予定なの。去年から領地にはお兄様が赴任しているのだけれど、久しぶりにお兄様に会えるの」
「そうでしたか。ご家族で過ごされるのですね」
「ええ、とても楽しみ。お父様もお兄様の仕事ぶりを見せてもらうことを楽しみにしているみたいで、『年内に残っている王都での仕事は早く終わらせるぞ』って意気込んでいるわ」
アイリスの話によると、オーヒル侯爵家の面々は年末を自領で過ごすようだ。
そしてアイリスの話ぶりから察するに、二泊や三泊ではなく、もっと長い期間滞在するように思える。
そこから導き出される結論としては、やはり二次選考は年内には実施されないというのが妥当だろう。
もし年内に二次選考が実施されると考えると、『アバン王子婚約者選定委員会』の委員長を務めてるオーヒル侯爵が年末をゆっくり家族と過ごすという選択を取るだろうか。
ルーイの発言の内容も踏まえると、この予想は恐らく当たっていると思う。
「……それでね、この前イスラが紹介してくれた魔動車で出かけた時のことなのだけど、……ねえ、イスラ、聞いてる?」
「はい、聞いていますよ、アイリス様」
俺としては聞きたいことは聞けたので早く切り上げたいのだが、アイリスの雑談は中々終わる気配を見せない。
事前に調べた情報では彼女には兄と姉がおり、兄は領地経営の勉強のために王都にはおらず、姉も二年ほど前に別の貴族のところに嫁いだようなので、話し相手がおらず寂しいのだろうか。
俺は終始笑顔を張り付けてはいたが、どのように話を終わらせるか悩んでいると、そのきっかけは思わぬところから現れた。
「お話中失礼します。アイリスお嬢様、…………」
「え、もうそんな時間なの? それじゃあイスラ、また今度ね。また新しくて素敵なものを作ったら私に見せてくれてもいいんだからね」
結局、アイリスの話は入り口に控えていた使用人がしびれを切らしてアイリスに次の予定の時間が迫っていることを耳打ちするまで続いた。
アイリスは笑顔で俺に手を振りながら、ショールームを去った。
こうして俺は王城の使用人の所感と、『アバン王子婚約者選定委員会』の動向という情報を得たわけだが、俺にできることはやったので後は情報屋からの知らせを待つのみだ。
「イスラお嬢様、手紙が届いています」
「ありがとう、メッツ。そこに置いておいて」
後日、情報屋であるリウラからの調査報告が届いたので早速目を通した。
内容としては
・年内の動きはなさそうである
・二次選考の具体的な内容は現時点では不明
・二次選考は個人単位での選考ではなく、参加者同士でグループを組んで共通のお題に取り組む内容になりそう
とのことだった。
一つ目の内容は俺の持っている情報とも合致するので、ほとんど白だ。
二つ目の内容も特筆することはない。
肝心なのは三つ目の内容だ。
この内容は全く知らなかった内容なので、真偽の判断が難しい。
しかし、リウラはどこからともなくこういった情報を集める女なのだ。
他の情報を得られるまではひとまずグループワークが必要になる前提で考えておこう。
(グループは参加者で任意に決められるのか? それとも選考委員会が予め決めるのか? 貴族と平民は分けられるのか、混合チームなのか?)
新しい情報を得られても、次々と疑問は湧いてくる。
その疑問の解消には情報が必要だ。
この情報収集というタスクには終わりがない。
分からないことは多いが、それでも様々な可能性を考慮して準備を進めなければならないのが辛いところだ。
さて、何から手を付ければいいものか。
「メッツ、お茶をお願い」
俺はやらなければならないことの優先順位を考えたが、少し考えても答えは出なかった。
こういう時は一休みするに限る。
俺は取り急ぎ侍女の淹れた茶で、つかの間の休憩を取ることを最優先事項に設定した。
次回投稿日:3月24日(日)
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