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64.一国一城の主

前回の話

イスラはミレイヌとナスルが提案した魔動車の試乗施設にヨアヒム侯爵と、その娘のアイリスを招待した。

秋もすっかり深まり寒いと感じる日も増えた。

そんな折、俺は二つの嬉しい知らせの手紙を受け取った。


一つはアバン王子の婚約者を決めるために行われた一次選考通過の知らせ。

勝算の高い勝負だとは思っていたが、まずは一安心だ。

次の選考の詳細は追って知らされるらしいので、その時はまた対策を考えねばならない。


もう一つは裁判官の試験の通過の知らせだ。

以前からノインに勉強を見てもらった甲斐があった。

これでわざわざノインに頼まずとも、自分で過去の裁判記録を自由に閲覧できるようになった。


とはいえ、記録の調査にはかなりの時間がかかる。

せっかくノインを手懐けたのだから、引き続き彼女のことは上手く使ってやるつもりだ。


ついでに、新型の魔動車もヨアヒム侯爵が購入を決めてくれた。

これから口コミで他の貴族の耳にも入るだろうから、更なる問い合わせの増加が見込める。


全ては上手くいっている。


しかし、今の俺には悩みが一つある。

それは時間がなさ過ぎることだ。


単純にやることが多いのは間違いないのだが、どういったことに時間を使っているか分析したところ、レアがいる隠れ家への移動がかなりの負担になっていた。

それでもレアのところには行かないわけにはいかない。


「おかえりなさいませ、イスラお嬢様」


いつものように隠れ家の中に入ると、使用人姿のレアが出迎えてくれた。

ファラを雇ってからは話し相手もできたのか、精神的には安定している様子だが、この狭い家にいつまで閉じ込めておけるかも分からない。


「レア、あなたはこの家の中で何か不満に思うことはないかしら?」


俺は気になったことを思わずストレートに口にしてしまい少し後悔した。

普段ならばもう少し遠回しな質問から攻めたはずだが、気づかぬ内に少し疲れが溜まっていたのかもしれない。


レアは茶を淹れる手を止めて考え始めた。


「不満……はないですが、できればもっとイスラお嬢様ともっと一緒にいたいです」


考えた末にレアが出した答えはそんなものだった。


レティシア失踪からは一年以上の月日が流れ、そのことを話題に出す者も最近はめっきり減った。

そろそろ自分の屋敷にレアを置いてもいいかもしれない。

俺自身の移動時間も削減できれば、この先かなり楽になる。


「それなら、私もあなたともっと一緒に居られるようにできることがないか考えてみるわ」

「ありがとうございます」


しかし、そのためには屋敷の主、すなわち俺の父親をどうにかしなければならない。


とはいえ、俺はその計画も以前から考えていたので、実行に移すことにした。

俺は屋敷に戻ると、早速領地にいる父にアポイントを取るための手紙を出した。


父は普段は自分の領地に母と暮らしており、王城での式典などの時だけ王都にあるこの屋敷にやって来る。

そのため、普段はこの屋敷には俺しかいないのだが、父が置いている使用人も何人かいる。

そいつらを勝手に解雇するわけにもいかないのでレアをこのままの状態でここに置くことはできない。


レアをこの屋敷に連れて来るには、屋敷を完全に俺のものにする必要がある。

一見すると面倒なことのように思えるが、相手は実の父親である。

ならば話は簡単で、俺が家督を継げばいいのだ。


数日後、約束の日に父は俺が暮らす王都の屋敷にやって来た。


久しぶりに会った父は以前よりも老けて見えた。

白髪が増えた髪の毛、皺の増えた顔、細くなった腕が彼の老いを実感させた。


「久しぶりだな、イスラ。元気にしているか?」

「はい、お父様。お父様とお母様もお変わりないようで」


両親とは定期的に手紙のやり取りを行っているので、彼らに特段変わったことがないのは知っていた。

田舎の領地で作物を育て、その一部を税として王城に納める。その繰り返しだ。


ヴィースラー子爵家は子爵の中でも平凡な立場の貴族だ。

父も出世に興味がある性格ではない。

このまま田舎でのんびりやっているのが似合っている。


「私たちは変わりないが、イスラは最近いろいろ頑張っているそうだな。裁判官の試験にも合格したのだとか。イスラは裁判官になりたかったのか?」

「いえ、裁判官の試験を受けたのはあくまでも自らの知識の習熟度を測るためでした。私は貴族として生きていきます」

「そうか、そういえばアバン王子との婚約も目指しているのだったか。一次選考通過おめでとう」

「ありがとうございます」


特に意味のない雑談で時間が過ぎる。

この会話の内容は既に手紙でも報告していたことだ。

父の意図はよく分からない。


「お父様、早速ですが本題に入ってもよろしいでしょうか?」

「今日私をここに呼んだ理由かい? そういえば、一体何があったのかな? 困ったことがあれば何でも相談してくれ」


父は俺の意図にはまるで思い至らないようで、見当違いな言葉をかけてきた。

そんな父に内心呆れつつも淡々と要件を述べた。


「単刀直入に申し上げます。家督を私にお譲りください」

「それは構わないのだが……いや、イスラはまだ16歳だ。まだ早いんじゃないか?」


俺の予想に反してあまり反対する気配はなかったが、それでも俺の提案は受け入れてもらえなかった。

この感じならば、少し押せばこちらの要求は通りそうだ。


「早い、と仰いましたが、具体的にはどのくらい早いでしょうか?」

「あと2、3年くらいだろうか」

「その根拠は?」

「そんなものはないが、16歳で跡取りとなるなんて例は他にあまりない」


俺は薄々そんな気はしていたが、やはり父が何も考えずに俺の提案を退けたことを確信した。


父は特別愚かというわけではないが、凡夫だ。

今回の反対も過去の事例にないからというだけの薄弱な理由しかないことが分かった。


「だからこそ、今なのです。私は今回最年少クラスでの裁判官試験合格を成し遂げました。そして今度は若くして跡取りとなれば、王城の中でも話題になります。それはアバン王子との婚約にもプラスに働くはずです」


俺は父が反対する前例がない、という部分を逆手に取って反論の根拠とした。

そして更に畳みかけた。


「私はお母様のお体も心配なのです。お母様にはお父様が付いていてあげてください。私は一人でも大丈夫ですが、お母様にはお父様が必要なはずです」


母親は俺を生んでから、病気がちになり、ずっと領地に引きこもっている。

父はそんな母に寄り添うように自領からはあまり出ないようになった。

父に領地へ引っ込んでいろと言うための理由としては、母の体調を案ずるふりをするのは有効に働く。


「イスラがそこまで言うなら、私の爵位を譲ることだってかまわない」


父も俺の説得に対する反論に限界が来たようで、渋々といった様子ではあるが、俺の提案を呑んだ。

後は監視でも付けて領地から出ないように仕向けてやれば、それでこの件の対応は終わる。


「思えば昔からイスラは大人みたいな子供だったな。私に隠れて大人たちとやり取りして、金や人脈を自分で作っていた。イスラにとっては私の存在は邪魔なのかもしれないな」

「……そんなことないですよ」

「だけどイスラよ。貴族の社会は厳しいものだ。これから先、思いもよらない苦境に立たされることもあるだろう。そんな時は、遠慮せずに私を頼りなさい」

「ありがとうございます。お父様のそのお言葉、心強く思います」


父は昔を懐かしむようにして俺の方を優しい目で見つめた。

貴族としては中の下くらいの男だが、父親として娘を思いやる程度には人間性があるのは評価できる。

父の出方によっては幽閉や殺害も視野に入れていたが、その心配は杞憂に終わった。


そして父はその日だけ屋敷に泊り、次の日には領地に帰った。


「それではお父様、あとのことは私にお任せください」


俺は仰々しい礼で父を見送り、晴れて子爵の位と王都の屋敷は俺のものとなった。

そして屋敷の使用人もメッツを残して全員父に同行させるか、解雇した。


子爵の屋敷なので、あまり広いわけではないが、二人で住むには広すぎる。

俺は早速その日の夜にこっそりと隠れ家に馬車を送り、レアとファラを屋敷に連れ戻した。


「ここが貴様の屋敷か。まともに招かれるのは初めてだな」

「そうだったかしら? これからはあなたがこの屋敷を守っていくのよ、ファラ。細かいことはメッツの指示に従うように」


ファラはレティシアの付き添い以外では初めて俺の屋敷に入ったので、新鮮な様子でキョロキョロしている。

ファラの仕事はしばらくは純粋にこの屋敷の手入れや家事全般になるだろうから、メッツに指導してもらおう。


一方のレアはこの屋敷には来たことがあるので、ファラに比べると落ち着いていた。


「イスラお嬢様、よければイスラお嬢様のお部屋に入ってもいいですか?」

「ええ、いいけれど」


レアは俺の私室に入りたいと言ってきた。

この屋敷で過ごしてもらうのならば、どちら道入ることになるだろうからそれは全く問題はないのだが、一番最初にしたいことがそれとはどういった意図なのか。


レアは俺の許可を得るや否や、迷うことなく俺の部屋に向かった。

そして俺の部屋の扉を開けて、意気揚々と部屋に入った。


レアはそこで深呼吸して恍惚とした表情を浮かべた。


「イスラちゃんの匂いがする」


その言葉は独り言のような、ぼそりとした呟きだったが、俺はリアクションに困った。

レアが言いたいのは体臭の話ではないだろうが、俺は自分の服の裾の匂いを確認してしまった。

もちろん、特に異臭を放っているわけではない。


レアはこちらを向くと、蠱惑的な視線を向けてきた。


「ねえ、イスラちゃん。これからはこの屋敷で一緒に暮らせるんだよね? まだ使用人の振りは必要?」


レア……いや、レティシアはゆっくりと俺の方に向かって歩いてきた。


「私はイスラちゃんの親友でいいんだよね? 今までずっと我慢してたけど、私はずっとイスラちゃんともっと特別な時間を過ごしたかった」


レティシアは俺の目の前に立つと、俺のことを正面から優しく抱きしめた。

レティシアは俺よりも背が高いので、俺は顔の上半分以外はレティシアに覆われたような形だ。


俺は辛うじてレティシアに返事をした。


「使用人の振りは、まだ続けて」

「どうして?」

「これから、レティシアには表舞台でも私に同行してもらうことがあるかもしれない。その時に、レアの正体がレティシア・フローリアだとバレたら私もレティシアも破滅してしまう。誰かに気づかれる心配がなくなるまでは、今の関係を続けてほしい」


俺の言葉は嘘だ。

これから先、レアもレティシアも簡単に外に出すつもりはない。

使用人のように振る舞わせているのは、俺の言うことを聞かせるのに都合がいいからだ。


そもそも、なぜ俺はレティシアを手元に置き続けているのだろう?

レティシアを始末した方がこんな面倒はなくなるのでは?

しかし、どうしても俺にはレティシアを排除することの決心がつかなかった。


そんな俺の葛藤など知らないレティシアは、俺を抱きしめたまま耳元で囁いた。


「これから先、いつかは親友としてイスラちゃんと一緒に暮らせるって信じていいんだよね?」

「もちろん」


俺は息をするように嘘を吐いた。

レティシアが言う、この部屋に満ちた俺の匂いとは、嘘の匂いなのかもしれない。


(レティシアの高潔さでこの部屋の空気が浄化されればいいのにな)


レティシアの腕の中で俺はそんなどうでもいいことを考えていたのだった。

次回投稿日:3月18日(月)

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