63.ゴーカート的な何か(2)
前回の話
イスラはミレイヌとナスルが提案した魔動車の試乗施設の視察をした。
俺が魔動車の試乗施設を視察してから二週間。
あれから更に工事は進み、外観や内装はほとんど完成した。
敷地を囲む壁と、その中に広がる舗装された道、そして商談を実施するための接客用の小屋。
できたての施設は何とも言葉で形容しにくい、新築の匂いがするのが好きだ。
これからこの施設がドル箱になるか、粗大ごみになるかは今日にかかっていると言っても過言ではない。
俺は地味目ながらもきっちりとした恰好で来客を待った。
そして遂にその人物は現れた。
「また会ったわね、イスラ。服のデザインはどうかしら?」
「こんにちは、アイリス様。申し訳ございませんが、服の件はもう少々お待ちください。今日は別の商品を紹介させていただけないでしょうか?」
「つまらないものだったら許さないからね」
俺が呼んだのはヨアヒム・オーヒル侯爵と、その娘であるアイリスだ。
ヨアヒム侯爵は『アバン王子婚約者選定委員会』の委員長を務めており、アバン王子との婚約を目指すならば必ず味方に付けておかなくてはならない人物だ。
また、彼は家族思いの人物であるため、末娘のアイリスのことも可愛がっている。
俺は何かの役に立つだろうと、アイリスにも以前に接触をしたのだが、まさかこんなところでその伝手を使うとは思わなかった。
俺とアイリスが親しげに話していると、彼女の父親であるヨアヒム侯爵もこちらにやってきた。
「いやいや驚いた。イスラ君はアイリスと知り合いだったのか」
「以前たまたま服屋でお会いいたしまして。アイリス様は美的な感覚が優れていらっしゃったので、今回も是非そのお力をお借りしたいと思いました」
「イスラ君はナスル商会と関わりがあると聞いたけれど、確かに商売上手なようだ。どうかお手柔らかに頼むよ」
ヨアヒム侯爵は他の者からも家族を出汁にされて買い物をさせられたことがあるのか、苦笑いで俺のことを見てきたが、特に不信感は持っていないようだ。
「それでは早速ですが、商品の紹介に移らせていただきます。お二人とも、あちらをご覧ください」
挨拶も済んだところで俺は早速商談を開始した。
俺が魔動車の待機している方を手で示すと、それに合わせて事前の打ち合わせ通りにゆっくりとその車がこちらに向かってきた。
「イスラ、あれは何かしら?」
「私の知人が開発した“魔動車”でございます」
「魔動車の噂は聞いたことがあるわ。馬が引かなくても動く荷車のことでしょう? だけど、あれは荷車ではないわよね!?」
アイリスはこちらに向かってくるそれを目にすると、予想以上に驚きを表現してくれた。
俺とミレイヌが開発した魔動車は、アイリスの言うように荷車のような形状のものしかなかった。
しかし、今回用意したものはそれとは違う。
幅と高さは成人男性一人分の身長程度で、奥行きもそれよりも1.5倍程度のコンパクトなサイズ感。
全面が流線形のフォルムとなっており、全面には遮風板として強固なガラス板を採用した独特のデザイン。
荷台がない代わりに、前列と後列に人が座れるような座席を設置した画期的な仕様。
これは今までの荷物を運ぶための魔動車ではなく、人が人を連れて運転するための新型魔動車だ。
その新型は俺達の前でゆっくりと停車すると、運転席からナスルが降りてきた。
「ご紹介します。彼がナスル商会の会長である、ナスル・マクニコル氏です」
「ご紹介に預かりましたナスルです。以後、お見知りおきを」
俺はオーヒル親子にナスルのことを紹介したが、ナスルの出番はまだ先だ。
オーヒル侯爵も挨拶を返す前にすぐにアイリスに声をかけた。
「早速ですが、アイリス様。この魔動車に乗ってみませんか?」
「いいの!? やってみたい!」
「それではこちらへどうぞ。オーヒル侯爵もよければ後部座席にどうぞ」
アイリスは予想以上に新型魔動車に興味を示してもらえた。
アイリスを利用するのが難しそうであれば、ヨアヒム侯爵に直接交渉するしかないと思っていたが、その手間は省けた。
俺はアイリスを運転席に、ヨアヒム侯爵を後部座席に座らせて自分は助手席に座った。
「魔動車の操作は簡単です。こちらの魔法陣に魔力を流すと、前進で、こちらの魔法陣に魔力を注ぐと減速、停車します。方向を変えるには正面のハンドルを左右に回してください」
「分かったわ。ここに魔力を込めればいいのね。……わあ、ほんとに動いた!!」
俺はアイリスに簡単な操作説明をすると、アイリスはすぐに魔動車を動かすことができた。
現在はテスト用に出力は絞っているので、どこかにぶつけて怪我をする心配もない。
「簡単に動くのね。面白いじゃない。……あれ、曲がるのはどうするんだっけ? ……きゃっ!!」
そう思っていると、早速アイリスは操作を誤って車体を壁にぶつけた。
こういったことを想定して壁は分厚く作っているので、ビクともしていない。
車に乗っていた俺達も少し揺れはしたものの、特に怪我はなかった。
「ごめんなさい、ぶつけてしまったわ」
「大丈夫ですよ。こういった事態も想定しています。さあ、気を取り直して運転を続けてみましょう」
どうやらアイリスはあまりこういったことが得意ではないようだ。
俺はそれまでよりもさらに丁寧にアイリスに運転方法を教え、その甲斐あってか30分もするとアイリスはほとんど問題なく車の運転ができるようになっていた。
「慣れてくると楽しいわ。ただ、もう少しスピードが出る方がもっと楽しいと思うわ」
「ご意見ありがとうございます。ただ、スピードについては安全の観点と、燃費、技術の問題から非常に困難なのです」
「よく分からないけれど、難しいなら仕方ないわね」
アイリスは運転を楽しいと感じてくれたようで、中々ハンドルを離そうとしなかったが、思い出したかのように後部座席に座るヨアヒム侯爵に声をかけた。
「お父様も試してみる?」
「それじゃあ、少しだけ。アイリスが楽しいならそれでいいと思っていたけど、そんなに楽しそうなら少し興味が湧いてきた」
そんなやり取りの後、アイリスは車を停車させて運転席をヨアヒム侯爵に譲った。
そして後部座席へ移動する……と思いきや、アイリスは助手席のドアを開け、俺の膝の上に座った。
「私はここ! イスラ、いいでしょう?」
アイリスは自分が拒絶されるなどとは露にも思っていない、自信に満ちた瞳で俺のことを見上げてきた。
愛されて育った者特有の振る舞いだ。
俺もまた、ヨアヒム侯爵の手前、当然拒絶などできないし、そうするつもりもない。
「もちろんです。危ないのであまり動かないでくださいね」
俺はアイリスを優しく後ろから抱きしめて、彼女の小さな体を両腕の中に収めた。
「娘が迷惑をかけてすまないね。それで、イスラ君。改めて私にも運転方法を教えてくれるかい?」
ヨアヒム侯爵はそんな俺達を優しい眼差しで眺めていたが、運転の準備ができたと俺を呼んだ。
俺はアイリスの時と同様にヨアヒム侯爵に運転の方法とコツを教えてやった。
ヨアヒム侯爵はアイリスよりもセンスがあり、比較的スマートに魔動車を動かした。
それでも途中で一度だけ壁に車体をぶつけた。
やはりこの魔動車の運転には一定の時間を習熟に使う必要があるようだ。
「アイリス様、お怪我はございませんか?」
「私は大丈夫。イスラがギュってしてくれたから」
ヨアヒム侯爵が車を壁にぶつけた際に、車が少しガクンっと揺れたが、アイリスは俺に抱きかかえられていたため、全く問題なかったようだ。
(座席にベルトを付けて、安全性を向上できるか?)
アイリスのおかげで、意図せず新しい安全機能の案ができた。
この考えは後でミレイヌやナスルと共有しておこう。
その後は特にトラブルもなく、試乗会は終始和やかな空気で終了した。
俺たちは元の場所で降り立つと、そこではナスルが待っていた。
「侯爵殿、いかがでしたかな? 我々共のご用意した新型の魔動車は」
「正直、移動に使うだけならば馬車で十分と思っていましたが、自分で操作してみるとこれが意外に面白い。娘も喜んでいますし、一台くらいであれば持っていてもいいかもしれませんな」
「ありがとうございます。それでは購入のための詳しいご説明をさせていただきます。あちらへ行きましょう」
ナスルはヨアヒム侯爵を連れて商談用の小屋の中に消え、その場には俺とアイリスだけが残された。
「イスラ、私もう一度運転したい!」
「ええ、いいですよ」
アイリスは魔動車の運転を気に入ったようで、再度乗車を希望した。
特に断る理由もないので、二つ返事で許可したが、先ほど同様に助手席へ乗り込もうとした俺をアイリスが咎めた。
「イスラ、あなたもこっちよ」
「そこは運転席です。アイリス様のお席ですよ」
「違うわ。あなたが座って、その上に私が座るの」
どうやらアイリスは俺の膝の上がご所望のようだ。
仕方がないので、アイリスの希望通り俺は運転席に腰かけたら、アイリスはその上にちょこんと座ってきた。
「ちゃんと私のことを抱きしめていなさい」
「御意のままに」
そして後ろから抱きしめてやるところまでオーダーされたので、俺はアイリスの体に腕を回した。
そうしてやると、アイリスはご満悦といった顔になり、意気揚々と車を動かした。
「お父様にこの車を買ってもらいたいと思ったけど、車を買ったらイスラも付いてこないかしら? イスラの膝の上はとっても落ち着くわ」
「申し訳ございませんが、私は非売品です」
「そう、残念だわ。だけど、いつでも私に買われる権利をイスラにあげるわ。感謝なさい」
残念だ、と言う割にはアイリスはご機嫌だった。
そして商談用の小屋からヨアヒム侯爵とニコニコ顔のナスルが出てくるまで、俺とアイリスの二人きりの運転は続いたのだった。
次回投稿日:3月15日(金)か16日(土)
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