62.ゴーカート的な何か(1)
前回の話
イスラはアバン王子の婚約者を決めるための選考会の一次選考である立食パーティに参加した。
アバン王子の婚約者を決める一次選考から数日後。
俺はミレイヌとナスルの提案による新たな娯楽施設の提案を聞くために王都の郊外へやってきた。
指定された場所はただただ広いだけの平地が広がっていたが、既に敷地の壁の建設や、地面の舗装は大方終わっているようだった。
「イスラ様、ご足労ありがとうございます!」
そんな様子を眺めていると、ミレイヌが出迎えてくれた。
「ここに魔動車の体験施設を作るって本当?」
「はい! ナスル殿も出資してくださったので、きっと上手くいきますよ!」
今回、ミレイヌとナスルが提案してきたのは、魔動車の試乗ができる体験型施設とのことだ。
魔動車は既にミレイヌが生産を進め、ナスル商会の荷車の一割以上は馬車から魔動車に置き換わっている。
そのため、徐々に一般人の目にも馬が引かずとも魔力で走る荷車の存在は広まりつつある。
新しい物好きの貴族から早速何件か魔動車を売ってほしいとの問い合わせがナスルのところに入っているようだし、俺も当初想定していた問い合わせはそういった類のものだった。
しかし、蓋を開けてみると問い合わせの大半は、『魔動車を操作してみたい』というものであり、しかも平民からもそういった問い合わせがあるそうだ。
ナスル商会で実際に魔動車を運転しているのは商会に所属する平民だが、どうやら彼らが運転の楽しさを知り合いにも吹聴しているようで、ナスル商会に魔動車の運転手になりたいとの問い合わせが殺到しているらしい。
「イスラ様、ご無沙汰しております。ミレイヌ様の仰る通り、意外にもこの施設は魔動車のデモンストレーションには効果的かもしれません」
ミレイヌと話をしていると、ナスルも俺達の方にやって来て会話に混ざった。
「あなたほどの男がそこまで言うとはね。だけど、魔動車の有用性や運転の楽しさをアピールできたとして、生産体勢がまだまだ整いきっていないでしょう。需要はあっても供給が足りないのなら売りたくても売れないじゃない」
魔動車は確かにもっと売り出したい商品ではあるものの、動力部の構造は量産するには職人の人手が足りないので、泣く泣くナスル商会にのみ卸すという形態で供給している。
一般向けにも販売を開始したら一気に品切れになるのは目に見えている。
この魔動車の体験施設はただの遊技場にしては利益が見込めなさすぎるし、デモを含めた販売店を兼ねるのであれば在庫が足りない。
しかし、ミレイヌは俺の発言を聞くと、ニヤリと口角を上げた。
「イスラ様がそうおっしゃるのは予想していました。しかしご安心下さい。実は最近、さらに動力部の生産に必要な職人の要因拡充ができたのです」
「その話は聞いていなかったわね。だけど、とても良いことだと思うわ」
「私もご報告するか悩んだのですが、イスラ様もご多忙そうだったことと、ご報告するまでもなく、私達にとってプラスになることだったので、私の権限で実行してしまいました。……ダメ、でしたか?」
ミレイヌは得意げに自分の仕事ぶりを話してくれたが、最後は上目遣いで甘えるように俺のことを見てきた。
「ダメなわけないでしょう。よくやってくれたわね。偉いわ、ミレイヌさん」
「えへへ」
ミレイヌは俺に褒められるとだらしなく頬を緩めた。
適当に褒めてやっただけだったが、その直後にミレイヌの『ダメでしたか?』という問いは否定されること前提でのものであり、俺からの労いの言葉を引き出すための話術だったかもしれないことに思い至った。
この推測が正しいかどうかは不明だが、もし正しかったと仮定しても俺はミレイヌのこういう強かさは嫌いではない。
俺とミレイヌが茶番を繰り広げていると、隣で立っていたナスルがわざとらしく咳払いをした。
「イスラ様、一つ相談よろしいですかな?」
「何かしら?」
ナスルは俺がミレイヌと話しているのを遮ってまで話を持ち掛けてきた。
ミレイヌは急に不機嫌そうになり、ナスルのことを恨めし気に睨んだ。
ナスルはそんなミレイヌの様子は完全に無視して話を進めた。
「ミレイヌ様の仰る通り、魔動車の増産体制は整いつつあります。しかしそれでも現在普及している馬車を全てなくすほどの量には到底及びません」
「それはそうね」
「それであれば、在庫に余裕が生まれても、最初のうちは販売数を絞るのが良いかと思いますが、いかがでしょうか?」
ナスルの提案は至極妥当なものだ。
在庫が潤沢でない商品を売る時は、ある分全て売りつくして売り切れ状態にするよりも、販売数を絞ってでも継続的に販売する方が好ましい。
購入希望者の心理からしても、品切れの商品には興味を持ちにくいが、もしかしたら手に入るかもしれない商品には心惹かれるものだ。
「私もその意見には同意ね。だとすると最初は貴族に高く売りつけるのが戦略として無難かしら?」
「私もまったく同じ意見です。そこで、イスラ様にお願いしたいのが、魔動車の最初の購入者として相応しい貴族の方のご紹介です」
なるほど、そうきたか。
今でこそナスル商会は貴族連中にも商売を展開しているが、きっかけとなったのは俺が当時公爵令嬢だったレティシアにナスル商会のことを紹介したことだった。
その時のように、二匹目のどじょうを狙っているのだろうか。
俺としてはあまり乗り気にはなれないが、俺がナスルに提供できるのは、貴族絡みの伝手くらいなので引き受けざるを得ない。
「わかったわ。だけど少し準備する時間を頂戴」
「もちろんです。ただし、一月以内には目途を立ててほしいものです」
「善処するわ」
ナスルの提案を引き受けるとは言ったものの、俺は頭を悩ませた。
信頼できて、それなりに高位の貴族で、しかも広告塔になってくれるような使い方をしてくれるような人物がいればベストだが、そんな奴はそうそういない。
まあ、最悪ユフィーあたりを連れてくればいいのだが。
あいつはああ見えて伯爵令嬢だ。
しかし、最初の客ということを踏まえると、ユフィーでは些かインパクトが弱い。
その場では良い案が思い浮かばず、結局俺は自分の屋敷に戻ってもそのことを悩み続けた。
しかし、諦めてベッドに入って目を瞑った時に、ふと天啓が降りた。
(そうか、あいつならいいかもしれない……!)
せっかく眠りに落ちようとしていたところ、不意に浮かんだ名案のせいですっかり目が冴えてしまった。
結局その日はあまり眠れず、翌日の日中は寝不足のまま過ごすことになったのは、また別の話。
次回投稿日:3月12日(火)か13日(水)
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