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57.胡麻の油とミレイヌは

前回の話

イスラはレティシアの元侍女であるファラの襲撃を受けたが、逆にファラを自分の使用人とすることになった。

夏の猛暑は気が付けば既に通り過ぎており、秋風の涼しさを感じるようになり始めた頃。

半期の折り返しも近いが、俺はナスルとミレイヌの商売の利益のことに思いを馳せた。


ナスル商会は魔動車の導入によって馬車の維持費と御者の人件費を大幅に減らすことに成功しており、今後もその傾向は続くだろう。


しかし、魔動車の導入には多額のコストをかけており、いくら今後の利益に繋がるとはいえ、今期の減収は避けられないだろうし、そうなると必然的に俺に支払われるコンサル料も減るということになる。


逆にミレイス商会の方は製造した魔動車をナスル商会が全て買い取ってくれる契約になっているので、順調に売り上げが伸びているはずだ。


別に金に困っているわけではないが、そろそろミレイヌの方からも取れるものを取ることを考えてもいいかもしれない。


そう思った俺は早速ミレイヌを呼び出した。


「イスラ様、お邪魔します」

「どうぞくつろいでいってね、ミレイヌさん。自分の部屋のように思ってくれてもいいのよ」


ミレイヌに『茶でもしばかないか?』という旨の手紙を送ったら、次の日には返事が来て、その次の日にはやって来てくれた。

ミレイヌも忙しいだろうに、健気な奴だ。


俺はいつものようにミレイヌを自室に招き入れ、いつもよりも少し甘い言葉を多めにしてもてなした。


「イスラ様のお部屋を自分の部屋などと、恐れ多いです!」

「そんなに気にしなくていいのよ。私はミレイヌさんのことを妹のように思っているのだから」

「私の方が年上ですよ! でも、そう言っていただけるのはとても嬉しいです」


これから金を巻き上げられるとは露とも思っていないであろうミレイヌは俺の甘言に頬を緩めた。


人間、直球勝負で金を寄こせと言われても従いたくないという気持ちになるものだ。

ならば自分から金を相手に貢ぎたいと思わせてこそ、効率的に集金ができる。

そのためにも、もう少し場を温めておいた方がいいだろう。


「最近はミレイス商会の方も順調のようね」

「はい。イスラ様のお力添えのおかげで魔動車は予想以上に好評です。特に操作性の部分は初期に比べるとかなり向上していて、誰でも簡単に操作できるようになっています」

「ミレイヌさんが頑張ってくれて助かっているわ。いつもありがとう」

「いえ、イスラ様のためならそれくらいのことは当然です!」


ミレイヌの努力で助かっているのは嘘ではないが、あえて口にすることでミレイヌは上機嫌で会話を続けてくれた。


「そういえば、魔動車の製造には魔動具を作る職人の手が多く必要だと思うけれど、どうやって人材を確保したのかしら?」

「私の父の商会に所属している組合の人を引き抜きました。元々不満を溜めている人も多かったので、お金をちらつかせたら、すぐにこちらに鞍替えしてくれました。おかげで父の商会の方は人で不足で大変みたいです。ざまあみろですね!」


魔動車製造の際に俺が一番懸念していたのは動力部分の機材を作る職人の人員確保だったのだが、どうやらミレイヌは自分の実家の家業を利用して自分の商売を成長させたようだ。


ミレイヌは自分の家族のことを憎んでいるので、父親の商売の邪魔をしつつ、自分の商売が上手くいくのは実に気分が良かったに違いない。

実際にミレイヌは家族の苦境を楽しそうに話している。


そしてミレイヌはその勢いのまま、俺の方を上目遣いで見ながら、甘えるような声を出した。


「イスラ様、私いっぱい頑張ったので、ご褒美があったらな……なんて思ったりするのですが」

「あら、何が欲しいのかしら? ミレイヌさんの望みならできるだけかなえてあげたいけど」


ミレイヌは俺に献身の見返りを求めてきた。

これはある意味丁度いいタイミングの申し出だ。


人間は一方的な関係にストレスを感じ、相互的な関係に安心を感じるものだ。

ここで俺がミレイヌの頼みを聞いてやれば、この後ミレイヌはより俺に尽くしたくなるはずだ。


ミレイヌは少し言葉に詰まりながらも自分の欲求を口にした。


「その……少し言いにくいのですが……私のことをいっぱい褒めてください!」

「それだけでいいの?」

「頭も撫でてほしいです。あと、ギュってしてください」


ミレイヌは恥じらいを見せつつも大胆な要求をしてきた。

相変わらず愛に飢えているのが透けて見える女だ。

だからこそ俺のような悪い人間に騙される。


俺は無言で立ち上がりミレイヌに近づくと、彼女が座っている太ももの上に跨るようにして腰かけた。

俺もあまり背は高くないが、ミレイヌは小柄な体格のため、俺の眼下のすぐ目の前に慌てた彼女の顔が目に入る。


「イ、イスラ様……!?」

「あなたが言い出したことでしょう? ほら、ギュってしてあげる」


俺はそのままミレイヌの頭を自分の胸元に抱き寄せ、彼女を柔らかく抱きしめてやった。

そして、俺はゆっくりとその頭を撫でた。


「あ」


ミレイヌの吐息が漏れる。

頭を撫でて、ギュッとして、後言われていたのは……いっぱい褒める、だったか。


「ミレイヌさんはいっぱい頑張っていて偉いわね」

「はい……」

「私のことをすごく慕ってくれているのが伝わってくるし、すごく可愛い。私の自慢の友人だわ」

「はい……」

「これからも頼りにしてるわね、ミレイヌさん。大好きよ」

「はい……」


俺はその後もしばらくミレイヌを撫でながら優しい言葉をかけ続けた。

ミレイヌは終始生返事だったが、うっとりとしたような心地よさが声から伝わってくる。


実際に俺がミレイヌから離れようとした時に、彼女の顔はトロンとしただらしのない表情になっており、その後おもちゃを取り上げられた子供のような哀愁漂う表情へと変わった。


ミレイヌは物足りなさそうだが、ここで満足させ過ぎるのも良くない。

適度な飢えが次への活力となることもある。


「ミレイヌさん、満足したかしら? 今日はこれでお終いね」

「おかしなお願いをしてしまい、すいませんでした。もう大丈夫です」


ミレイヌの顔は全然満足していないことを主張していたが、理性は取り戻したのか、欲望を主張し続けることはなかった。

その精神力は見事だ。


「別にいいのよ。また頑張ってくれたら、もっとたくさん甘やかしてあげるわね」

「は、はい!」


俺がそう言ってミレイヌに笑顔を向けると、彼女の目には活力が宿った。


さて、下準備はそろそろいいだろう。


「そういえば、美味しいお茶が手に入ったの。良ければ飲んでみて」


俺は切りがいいタイミングで今日ミレイヌを呼び出した建前である茶のことを話題に出した。

その際に、机の上のハンドベルを鳴らして侍女のメッツを呼んだ。


メッツはその音を聞きつけて、部屋に入ってくると手際よく茶を用意した。

そして茶を淹れ終わったタイミングでメッツが俺に声をかけた。


「イスラお嬢様、先ほどナスル様の使いの方がいらっしゃって、今月分の金貨を届けて下さいました。後でご確認をお願いします」

「ありがとう、メッツ。だけど、お客様の前でお金の話をするのは今後はなしにしてね」

「失礼いたしました。以後気を付けます」


そんなやり取りをしてからメッツは部屋を出た。


ミレイヌはそのやり取りを黙って眺めていたが、メッツが部屋を出ると早速その話題に食いついた。


「イスラ様、今のお話は一体何のことでしょうか?」

「ごめんなさい、ミレイヌさん。お客様の前であんな俗な話をしてしまって」

「それは構わないのですが、金貨? 今月分? ナスル殿から? 何のお話ですか?」


ミレイヌはかなり食い気味に質問をしてきた。

優秀な使用人であるメッツが客人の前で金の話をするような簡単なミスをするはずがない。

あえてミレイヌの前でその話題を口にするよう、事前に俺が指示していたのだ。


金の話は自分からすると、途端に胡散臭くなるので、今回はメッツに協力してもらった形だ。

俺は仕方なく、という風を装ってミレイヌにナスルとの契約の内容を教えてやった。


「ナスルと私の間には、私が彼の商売に助言をしたり、貴族とのやり取りをサポートすることで、彼の商会の利益の1%を毎月私に納めてもらう契約を結んでいるの。正直、私としてはとても助かっているわ。それと、この話は他言無用でお願い」

「そうだったのですね。かしこまりました」


ミレイヌは俺の話を聞くと、思いつめたように何かを考えだした。


そうだ、ミレイヌ、考えろ。

お前ももっと俺の役に立ちたくないか?


俺の思いが通じたのか、ミレイヌは意を決して提案してきた。


「イスラ様、私もイスラ様にミレイス商会の売り上げの一部をお渡しさせてください!」


素晴らしい。百点満点の回答だ。

だが、ここで安易に食いついては、だめだ。


「ミレイヌさん、あなたまでそんなことしなくていいのよ。あなたは大切な友人なのだから」

「ナスル殿は良くて私はダメなんですか?」

「ダメではないし、確かに売り上げを分けてくれたら助かるけれど、ミレイヌさんはそれでいいの?」

「はい! もちろんです! 私もイスラ様にたくさん助けてもらいながらここまで来れたので、そのお返しをするのは当然です!」


俺はミレイヌの提案をそのまま受け入れるわけではなく、かといって強く否定するわけでもなく、中途半端な対応を心掛けた。

それはミレイヌに自分から金を差し出すようにしたかったからだ。


ミレイヌは最初に自分から献金を提案した。

それに対して俺が受け取りを迷ったら、ミレイヌの取れる選択は二つ。


自分の提案を取り下げるか、さらに強く相手に提案するか、だ。

前者を選ぶのはあまりに恰好が悪いし、その程度で取り下げる提案であれば最初からしない方がいい。

大半の人間は後者を選ぶことになるが、ミレイヌもまた自分が俺に金を送る理由付けをしてまで力説してくれた。


今ならば、金を受け取ることを了承しても、浅ましいという印象にはなりにくいと思うので、できるだけ澄ました顔でミレイヌの提案を受け入れた。


「そこまで言うなら、お願いしようかしら。ただし、無理のない範囲でね」

「イスラ様に喜んでいただけるよう、今後も頑張ります!」


ミレイヌは金を巻き上げられることになったというのに、とても満足げな表情を浮かべている。

恐らく彼女自身は自発的に判断したと思い込んでいるのが見ていて哀れだ。


地獄の沙汰も金次第という格言があった気がするが、金はいくらあっても困らないものだ。

これからはミレイヌの様子を見ながらも、毎月着実に金を絞り取らせてもらおう。

次回投稿日:2月26日(月)


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[一言] 一生この作品続いてくれ 今回もおもろかった
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