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53.情報の王

前回の話

レティシアの失踪から一年が経ち、イスラとその周辺の環境は変化していた。

王族の男と婚約をするのに最も必要な素質は何か。

それは家柄だ。

身分が高ければ高いほど同じように身分の高い人間と接する機会は増えるのだから当然のこととも言える。


では、身分の低い者はどうしたらいいか。

普通の人間ならば諦めるという選択肢を選ぶのが最も賢いのだが、俺はそれを選ばない。

俺には転生の際に与えられた圧倒的な美貌、ナスルと協力することで得られた資金力、裁判官の資格取得を目指すことのできるほどの知能など、王妃として相応しいと思われるであろう要素を持っている。


しかしそれでもまだ不十分だ。

家柄の高い貴族と渡り合うには相手の弱みを突き、自分の弱みはできるだけ隠さなければならない。

つまりは情報戦が重要になってくる。


(そういえば、そろそろ行かなきゃまずいか)


その情報戦で他の貴族よりも優位に立つため、俺は王都にある孤児院に向かった。


その孤児院は王都の郊外に位置し、比較的中心街に近い好立地であるにも関わらず、広大な敷地を持つ由緒ある福祉施設である。


とある理由で俺は数年前からこの孤児院に定期的に通っている。


敷地に入ると、早速子供たちに見つかった。


「あ、イスラさまだ」


一人の男の子が俺を指さすと、周りの子供も皆一斉にこちらを見た。

そして我先にと俺の元に駆け寄ってきた。


「イスラさま、今日は何を持ってきてくれたの!」

「お菓子食べたい!!」

「お人形さんは?」


ガキどもの目当ては俺ではなく、いつも俺が持参する土産だ。

今日も例に漏れず、寄付品を持参しているので、大きな袋を担いでおり、ガキの視線は専らその袋に向けられている。

あまりにも露骨な子供らしい物欲に辟易しながらも、俺は作り笑顔で優しく諭した。


「今日はお菓子を持ってきたから、後で先生に渡しておくね。みんなで仲良く分けるのよ」


俺の返事にガキどもは大騒ぎではしゃぎ始めた。


騒ぎにつられて保護者役の大人がやってきた。

知らない顔だったので、恐らく新人の女だ。


「えーっと、失礼ですが、どちら様でしょうか?」


思った通り俺のことを知らない女は不審な視線をこちらに向けてきた。

自己紹介をしようとしたら、近くの子供が先に答えた。


「イスラさまだよ」

「イスラ様?」

「うん。たまに来てくれるひと」


子供の答えは間違ってはいないものの圧倒的に情報が不足している。

改めて自己紹介をしようとしたら、またしても先に俺のことを紹介する者が現れた。


「サリーさん、その方はイスラ様といって貴族の方ですよ。以前からこの孤児院にお菓子やおもちゃを寄付して下さる慈悲深きお方です」


その人物はこの孤児院の院長のリウラだった。


決して大きな声を出しているわけではないのに、鈴のような声がよく通る。

その姿は美しい長髪をなびかせ、落ち着いた所作で穏やかな微笑みを浮かべる年齢不詳の美女で、俺が個人的に苦手としている人物だ。


サリーと呼ばれた新人は慌てて俺の方を向くと深く頭を下げた。


「貴族の方に対して失礼いたしました」

「別に構わないわ。頭を上げて」


俺は新人女に返事をしつつも、視線はリウラから外さなかった。

この新入りの働いた無礼などはどうでもいいが、リウラは油断ならない相手だ。

リウラもまた俺の方をニコニコと見つめていた。


「イスラ様、よければ私の部屋でお話しましょう。サリーさん、子供たちのことをお願いしますね」


リウラはそう言うと背中を向け、付いてこいと言わんばかりにゆっくりと自室に向かって歩き始めた。

俺はそれに黙って従い、真後ろをゆっくりと付いて歩いた。


院長室は一階の奥まった部屋であり、他の部屋に比べて重厚な扉が付けられているのが印象的な部屋だが、室内は執務机と応接用のソファ、テーブルがあるごくごく普通の執務室といった内装だ。


俺が来客用のソファに腰かけるのを見て、リウラは先ほどまでの落ち着いた所作とは打って変わり、ドスンと勢いよく自分の椅子に腰かけ、机の引き出しから一枚の葉っぱを取り出した。

そしてその葉の先に火を付けて、発生した煙を鼻から吸って恍惚とした表情を浮かべた。


「ああ! 生き返るうぅ!!!」


いつ見ても二重人格としか思えないほどの豹変っぷりである。

リウラは表向きはただの孤児院の院長だが、裏では王都中の情報を集めてそれを売り買いする情報屋をやっている。


どこにそんな伝手があるのかは知らないが、こいつの情報は概ね正しいことが多く、俺もいつも世話になっているが、俺の調査でも理解できない点が多い危険な女だ。


その一例としてこいつが吸っている葉っぱだが、俺が調べたところその葉っぱは王国の南部のごく一部でしか栽培できないハーブの一種で、中毒性がある成分が含まれていることから一般には流通していないものということになっていた。


何故そのようなブツを当然のように所持しているかは聞いたこともないし、知りたくもないが、そんなものを愛用しているなんて頭がおかしいとしか思えない。


「お嬢ちゃんもやるかい? クソガキが集まってきて気が滅入るだろ?」

「結構です」

「つれないね」


リウラはそんな危険な葉っぱを気軽に勧めてきたが、俺が断るとまだ半分以上残っている火のついた葉っぱを手のひらで握りつぶしてゴミ箱に捨てた。

一枚いくらで仕入れているかは知らないが、なんとも贅沢な使い方だ。


「ガキどもにお菓子を持ってきてくれたそうだね。あたしにはお土産はないのかい?」

「つまらないものだけど」


善意の寄付を要求された俺は土産袋の中から金貨が詰まった麻袋を取り出してリウラに手渡した。

その袋を受け取ったリウラは卑しい顔でニヤリと笑った。


「こいつは中々大量だね。ナスル商会は大分景気がいいようだし当然か。それに加えてミレイス商会だっけ? そっちも順調そうじゃないか」

「おかげ様でね」


リウラは当然のように俺とナスルの協力関係や、ミレイヌの商売の動向とその商売と俺の関わりまで知っている。


決して秘密にしているわけではないが、広く公言していないことであるにも関わらず、この女はどこからかそういった情報を仕入れてくるのだ。


「金持ち商人と関係があるのは羨ましいね。一体あのナスルとかいうおっさんと一回いくらで寝てるんだ?」


リウラが情報屋として有能なのは間違いないが、とにかく品がない。

下卑た笑みで左手の親指と人差し指で作った輪っかの中に右手の人差し指を出し入れするジェスチャーを見せてきた。


いくらリウラでも俺がナスルの商売に助言を与えるコンサル料で儲けていることまでは知らないようなので、その点では俺が優位に立てているかもしれないのが救いか。

……いや、そのことを知っているのにあえて下ネタを言っているだけということもあり得るか。


どちらにしても不愉快なので、俺はその問いを無視して話題を変えた。


「最近、王城関係で気になる動向はあるかしら?」

「王子が包茎みたいに隠れてからはどこの貴族もせわしないね。気になると言えばお嬢ちゃんのことさ。最近は尾行を気にしながらどこかに通ってるみたいだし、どこに行ってるのかな? お姉さんに教えてくれない?」

「それを教えたらいくらくれるのかしら?」

「金はやらないけど、知り合いの美形男を何人かブチ犯す権利をやろう」


話題を変えようとしてもリウラの下ネタは絶好調で止まることを知らなった。


いや、レアの件で嗅ぎまわられているようだが、そちらの方がまずいな。

流石に対処するべきだろうか。するとして、どうやって?

貴族からの弾劾はいくらでも対策を準備しているだろうし、かといって殺害も難しい。


「お嬢ちゃん、あまり怖い顔をするもんじゃないよ。あたしがお嬢ちゃんの秘密を知ったからって、そう簡単に他のやつにその情報を売ったりしないさ。なにせあんたはお得意様だからね」


俺の考えていることを見透かしたかのようにリウラは猫なで声でそう言ってきた。

確かに俺はこれまで院長にかなりの金額を上納している。


「けど、それなら私がお金を払えなくなったら秘密を暴露すると言っているようなものじゃない」

「そう聞こえたかい? まあ金を払えないなら秘密を守る保証はできないわな。けど金が払えなくなってもお嬢ちゃんなら大丈夫さ。その顔ならいくらでも体で稼げるよ。お友達も娼館で頑張ってるみたいだし、一回くらいやってみたらどうだい?」


リウラはラスカルの件も把握しているようだ。

やはりこいつは危険過ぎる。


この女を排除するのは王子の篭絡以上に骨が折れそうだが、いつかはやらねばこちらがやられかねない。

俺は大きくため息を吐いて返事をした。


「そのお話は謹んでお断りします」

「つれないね」


リウラはわざとらしく肩をすくめて見せた。


今日は挨拶と口封じ代を渡すのが目的だったので、これ以上長居する必要はない。

俺は一刻も早くリウラと別れたい思いから気が付くと席を立っていた。


「それじゃあ、私はこの辺りで失礼するわ。欲しい情報があればいつも通りの方法で依頼させてもらうから」

「いつも贔屓にしてもらって悪いね。帰るなら門まで送るよ」


しかし今日に限って見送るとの申し出があった。

この部屋から出たらお上品な振る舞いをするだろうから不快感はないだろうが、どういう意図だろうか。


部屋を出ると、リウラは人が変わったかのように立ち姿、歩き姿から淑やかさを感じさせるような動きになった。

しばらく黙って歩いていたが、不意にリウラが口を開いた。


「そういえばイスラ様、アバン王子の婚約者様が攫われてしまった件ですが、犯人は捕まったのでしょうか?」

「いえ、王子も血眼になって探すよう命じていたけれど、まだ見つかっていないわ」


話題はレティシアのことだった。

しかしリウラは当然犯人が見つかっていないことは知っているはずである。

これは一体何の茶番だ?


「そのご令嬢が無事見つかると良いのですが、私には祈ることしかできません。しかし、そういった卑劣な行為はどれだけ巧妙に隠しても、いつかは白日の下に晒される日が来るものです」

「そうだといいけれど」

「誰もその犯行現場を見ていなかったとしても、思わぬ人物の行動がきっかけで事件が解決するという事例も過去にはあったそうです。どんな形であれ、犯人が捕まり、囚われていたご令嬢が帰ってくる日を待ちましょう」

「ええ、そうね」


リウラの話は要領を得ないものだったが、わざわざこんな面倒な方法で伝えたということは何か意味があるのだろう。

今は分からないが、その意味は後でゆっくり考えればいい。

俺はリウラに見送られつつ、孤児院を後にした。


自室に戻り着替える際に俺は自分の服からほのかに甘い香りがすることに気が付いた。

それはリウラが院長室で吸っていた葉っぱの煙の匂いだ。

メッツに頼んで消臭剤を撒いてもらったが、その匂いはしばらくの間俺の部屋の中にも残り続けた。

次回投稿日:2月14日(水)


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