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52.変わる世界と変わらないもの(2)

前回の話

レティシアの失踪から一年が経ち、イスラとその周辺の環境は変化していた。

レティシアが失踪したという知らせがあった日も暑い夏の日だったが、あれから季節は一回りして、暑い日が続いている。


外に出るのも億劫になるが、俺は薄手のドレスで着飾って王城へと足を運んだ。


レティシアがいなくなってからというもの、婚約者を失ったアバン王子は大層ショックを受けたようで、この一年はほとんど引きこもりに近い状態となっている。

俺はそんな王子の部屋の前に向かった。


部屋の前には使用人が二人立っており、俺の方を見た。

二人とも若い女で、素朴な雰囲気の顔立ちだ。

確か名前はルーイとレフィーといったか。


「いつもご苦労様。アバン王子は今日も体調が優れないのかしら?」

「あ、イスラ様。せっかくいらしたのに申し訳ありません。アバン王子は本日も誰ともお会いしたくないとのことです」


俺はその使用人に気さくに声をかけると、彼女らも俺に親しげに返事をしてくれた。


俺は定期的にここにやって来ており、こいつらとはすっかり顔なじみだ。

最初の頃は緊張していたが、何度か足を運び、菓子を与えたりするうちにすっかり打ち解けることができた。


アバン王子はレティシアが外部の人間に攫われた可能性が高いと知るや否や、それまで自分の身辺警護をしていた人間を大幅に入れ替えて、平民を主体とした使用人部隊を編成して自分の周りに置いているのだが、彼女らもその一環でこの王城に来た者たちだ。


貴族連中が信用できないから野心のなさそうな平民を使おうという気持ちは分かるが、安易な考えだと俺は思う。


実際、この一年で王城に努めている平民は、一部の古い選民思想を持つ貴族からの嫌がらせを受けているようで、かなり不満を溜めている。


俺からしたらこういった対立構造は利用しやすいのでありがたいことだが、余計な面倒事のきっかけにだけはならないことを祈っている。


俺はルーイとレフィーと雑談をしつつ、王城でのしきたりを教えてやったり、逆に使用人の間での噂などを教えてもらっている。


「アバン王子も最近はかなり調子は良さそうですよ。一時期はお食事すらまともにとられなかったのですが、今は三食しっかり召し上がり、人目のない時間には庭をお散歩されたりしているようです」

「あら、そうなのね」

「イスラ様がアバン王子にお会いできる日も近いかもしれませんね」


ルーイもレフィーも平民の出だからか、貴族に対する警戒心がまだまだ甘い。

こういった情報も世間話の一環としてペラペラ喋ってしまうのだから簡単なものだ。


しかし、アバン王子が再び表舞台に立つということは、貴族社会でもまた動きがあるだろう。

しっかりと準備をしておかねば。


俺は有益な情報をくれた二人にこっそりと菓子を渡した。


「これはあなたたちにプレゼント。貰い物だけど、一人では食べきれないから。……他の子には内緒よ」

「いつもありがとうございます、イスラ様。……うわ、これこの前貴族の方が噂していたやつですよね!? 本当にいただいてもいいんですか!?」

「ええ、もちろん」


貰い物というのは嘘で、彼女たちにやるために菓子を侍女のメッツに買わせている。


その時話題のものを選定しているため、ルーイとレフィーは毎回大層喜んでくれる。

そして気分が良くなると口が軽くなるのが人間の性でもある。


「貴族の方がみんなイスラ様みたいに優しい方だったらいいのに。意地悪なことをしてくる人も多くて嫌になりますよ」

「まあ、そんな意地悪な方がいるの。同じ貴族として恥ずかしいわ。どんなことをされたのかしら?」

「実はですね……」


俺は時折こうして王城の中の貴族の動向を調べている。

もちろん、他にも情報源はあるが、こいつらは俺に嘘を吐くメリットがないので、情報の真偽を検証する必要がほとんどないのが助かる。


もちろん、平民の主観が大いに混ざっているので、情報の精度はこちらで精査する必要があるが、それでも有益な情報だと言える。


二人の話を総合すると、やはり古臭い考えの愚か者は城内の平民に無意味な嫌がらせを行っているようだ。

そういった奴らをどのように扱うかも今後の課題だ。


一通り話を聞き終えた俺は二人の平民に別れを告げてその場を去った。


その帰り、王城の廊下で思わぬ人物と鉢合わせた。


「あ、イスラ」

「お久しぶりです、ユフィー様。本日はどうして王城に?」

「父上に言われてアバン王子の様子を見に来た」

「奇遇ですね。私もアバン王子の元に伺いました。お会いすることはできませんでしたが」


ユフィーと会うのも久しぶりだが、どうやら彼女もアバン王子に会いに来たみたいだ。


レティシアがいなくなった今、王妃の座を巡って再び貴族令嬢の間で王子への求婚ラッシュが始まるだろうが、ユフィーもそれに参加させられるということだろう。

当の本人は覇気のない顔をしているのが気の毒だ。


「なあ、イスラ。王子に会えないなら私はこの後少し時間が取れるんだ。少しだけ話をしないか?」


久しぶりの再会で何か思うところでもあるのか、ユフィーは俺との密会を所望した。

こちらとしては彼女と話すことなどないのだが、たまにはそういうのも悪くないだろう。


それに俺はユフィーのことは嫌いではない。

今のところ利害関係はないが、それ抜きでも構ってやろうと思える程度に俺は裏表のない彼女のことを気に入っている。


「私もこの後しばらくは予定がありません。喜んでご一緒させていただきます」

「ありがとう、イスラ。じゃあ早速だけど行こうか」


俺はユフィーの提案を承諾し、彼女に付いていくことにした。


ユフィーは俺を王都内にある個室制の喫茶店に案内した。

店員とも慣れた様子で会話しており、行きつけの店のようだ。

個室に通され、席に着くや否やユフィーは大きなため息を吐いた。


「なあ、聞いてくれよイスラ」

「何のお話かは存じませんが、話してみてください」

「最近、私全然楽しいことがないんだ。毎日大変で嫌になるよ」


王城でも景気の悪そうな顔をしていたので、どんな話を聞かされるかと思っていたが、どうやら愚痴を言いたいだけのようだ。


「レティシア様がいなくなってから、父上には次は結婚相手を探せって言われてさ。何人かの貴族の男の人とこういう場所で会ったんだけど、私って馬鹿だからさ。中々相手にされなくて、でもそうなると父上は私が馬鹿なのが悪いってたくさん勉強させるんだ」


レティシアの失踪以降、しばらくはユフィーも俺やノイン、ミレイヌに声をかけて集まりを継続しようとしていたが、ユフィーには人を率いる技量はないため、自然と集まり自体がなくなってしまった。


それ以降はあまりユフィーとは会っていなかったが、どうやらお見合いをやらされていたらしい。


レティシアの父親であるフローリア公爵も一人娘が行方不明になって以降は精神的に参ってしまったようで、公の場に姿を現さなくなり勢力を落としているので、ユフィーの父親もそれに合わせて娘を別の有力貴族と懇意にさせようと動いているのだろう。


まるで都合のいい道具のように使われているように見えるが、当のユフィー本人はその部分に関しては気にしていないようなので、俺もあえて口出しすることもあるまい。


「挙句の果てにアバン王子にもお近づきになって、できれば結婚するくらいの仲になれだなんて言われたけどさ、そんなの無理だよ」

「心中お察しいたします」


ユフィーはその後も家庭教師のスパルタな教育方針や、自由のない生活、今まで遊んでいた友人たちと会えない寂しさなどを延々と愚痴っていた。


俺は話半分くらいで聞いていたが、相変わらず表情が良く変わるユフィーが話している様子を眺めていると、それだけでそこそこ楽しめた。


一通り話したいことを話したユフィーは突然真剣な表情を浮かべた。


「なんでレティシア様はいなくなってしまったんだろう。イスラは何か知らないか?」


その問いはあまりに唐突ではあったが、レティシアの失踪がユフィーの今の苦境の原因なのだから、そのきっかけに思いを馳せるのはおかしなことではない。


「卑劣な賊の仕業とだけ聞いています。ですが、きっとレティシア様は今もどこかで生きていらっしゃって、いつか必ず私達の元に帰ってきてくださいます」

「そうか。そうだよな」


レティシアの帰還を信じる言葉とは裏腹に、ユフィーの表情は晴れなかった。


ユフィーは帰りが遅くなると家の人にうるさいことを言われるということだったので、うら若き女同士でのおしゃべりデートはあっという間にお開きになり、俺も自分の屋敷へと帰った。

かつてはいつも元気いっぱいだったユフィーの憂鬱そうな顔が妙に頭から離れない。


(次に会った時にまた元気がなければ、少しくらいはテニスでもして遊んでやるか)


俺は柄にもなくそんなことを考えながらその日の予定を終えたのだった。

次回投稿日:2月11日(日)


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