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51.変わる世界と変わらないもの(1)

前回の話

イスラはレティシアを失踪させることに成功し、自分の使用人のレアとしてその身を手中に収めた。

公爵令嬢誘拐事件から一年の時が過ぎた。

未だ犯人捜しは難航しており、俺のところには捜査の手は及んでいない。


俺は今日もレアの待つ家に向かう。


「おかえりなさいませ、イスラお嬢様」


家の中ではレアが出迎えてくれた。

その姿は相変わらず美しいが、かつての高貴な雰囲気はかなり隠すことができるようになり、使用人にしては些か上品過ぎる、という程度に落ち着いた。


俺がダイニングの椅子に腰かけると、すぐに茶を淹れてくれた。


「ありがとう。あなたもすっかりお茶を淹れるのが上手くなったわね」

「お褒めいただき光栄です」


ここにはたまにメッツも連れて来て、使用人としての技能や心構えをレアにレクチャーしてもらっている。

その甲斐あってかレアは掃除や洗濯のスキルもみるみるうちに向上した。


始めはこんな小さな家に軟禁すると、ストレスを溜めないかと心配していたが、初めての家事をレアなりに楽しんでいるようで、生活面は問題ないようだ。


しかし、一つだけ困ったことがある。

レアから直近の訪問者の有無、食料の備蓄状況、近況報告などを聞き、問題ないことが分かったので立ち去ろうとすると、控えめに服の裾を掴まれた。


「もう帰られてしまうのですか。もう少し一緒にいさせてください」

「ごめんなさい。私もそうしたいのは山々なのだけれど、次の予定が控えているの」


レアは俺が帰ろうとすると、必ず引き留めてくる。

ずっと一人でいるのは暇だろうから気持ちは分からないではないが、こちらはこちらで忙しい。


俺が断ると、レアは決まってこの世の終わりのような悲しそうな顔をする。


「かしこまりました。それでは次はいつ来ていただけますか?」

「次は…………二日後には顔を出せると思う」

「二日後ですか……。絶対に忘れずに来て下さいね」


それでも無理に引き留めようとしない辺り、まだ理性は働いている。

俺が帰る時は次の予定を聞き出して、それを心待ちにすることで何とか耐えているようだ。


しかしこの不満が爆発しないよう、定期的に構ってやる必要があるのは正直かなり面倒臭い。

俺は内心ため息を吐きつつレアの待つ家を去った。


今日の予定は二件だが、まずはノインとの約束のため、一旦自分の屋敷に戻った。


俺が屋敷に戻ると、それとほとんど同時にノインが訪ねてきた。


「いらっしゃい、ノインさん。今日もよろしく頼むわね」

「……はい。こちらこそよろしくお願いします」


レティシアの失踪以降、ユフィー、ノイン、ミレイヌの全員で集まる機会は自然となくなってしまい、かつての取り巻きグループは解散してしまったが、俺は各々と個人的な交流を続けている。


ノインには以前から引き続き過去の裁判の判例の持ち出しをしてもらっているが、ついでに俺自身も裁判官の試験に合格した方が経歴に箔が付きそうだと思い、ノインに家庭教師の真似事をさせている。


俺はいつものようにノインの講義を聞きつつ、法律のことについて学んだ。

相変わらず普段は無口なノインだが、自分の得意なことを話している時だけはやたらと饒舌であり、そのギャップはいつになっても面白い。


そんなことを考えていたら、あっという間に時間は過ぎてしまった。

俺自身、こういった法律の話は嫌いではないので、なんだかんだ楽しんでいるから時間の進みが早く感じるのかもしれない。


「……今日はこのくらいにしておきましょうか」

「そうね。いつも丁寧に教えてくれてありがとう」

「……いえ、イスラ様のためであればこのくらいは当然です。レティシア様がいなくなった今、イスラ様も“敵”に狙われる恐れがあります。それに備えて様々なことを学ぶのは良いことだと思います」


陰謀論を語るノインはやたらと熱っぽい視線を俺に向けてきた。


レティシアの失踪直前くらいの時期に、ノインに対して誰かがレティシアに危害を加えるかもしれないということを言ったが、ノインから見たら見事にその予言が当たってしまった形だ。

それからノインは俺に対して信仰に近い感情を持っているようで、時折こういった視線を向けてくる。


実際はただの自作自演なわけだが、そんな可能性など露ほども考えていないようで、俺のことを疑う気持ちは全く存在していないように見受けられる。


元々社交的な性格ではないノインは、レティシアの取り巻きグループが解散して以降、俺以外の貴族との交流はほとんどないようで、専ら自分の勉強に時間を使っているようだ。

そのことについて少し前にノインに聞いたことがあるが、


『……私がお会いした貴族のご令嬢の中で、優秀な方だと思えたのはレティシア様とイスラ様だけです。レティシア様がいなくなられたのであれば、後はイスラ様とだけお会いできればそれでいいのです。あえてユフィー様やミレイヌ様とご一緒する必要はありません』


と言っていた。


それ故に視界が狭くなり、自分がおかしな妄想に囚われていることに気が付けない。

思えばノインはその時も俺に盲目的な視線を向けて来ていた。


「私も“敵”の襲撃にはいつも気を付けているけれど、いざという時は頼りにさせてもらうわね、ノインさん。これは二人だけの秘密よ」

「……私にできることでしたら何なりとお申し付けください」


俺は居もしない“敵”との闘いという秘密を共有することでノインのことを誑かすことに成功した。

いざという時は、せいぜい役に立ってもらおう。

俺は自分勝手な本心を優しい笑顔で覆い隠して帰宅するノインを見送った。


ノインと別れてから、俺は次にミレイヌの屋敷に向かった。


魔動車の生産、販売は概ね順調であるが、万が一問題が発生した場合は、迅速な対応がその後の明暗を分けるため、情報の共有は定期的に行う必要がある。


「イスラ様、ようこそいらっしゃいました」

「出迎えありがとう、ミレイヌさん。少し遅くなってしまってごめんなさい」

「全然気にしていませんよ。イスラ様もご多忙化と思いますし」


ノインとの話が思ったよりも長引き、予定の時刻よりも少し遅れての到着となったにも関わらず、ミレイヌは笑顔で出迎えてくれた。


「ですがイスラ様、差し支えなければどうして遅れたのか教えていただけないでしょうか?」


気にしていない、と言ったそばから理由について聞いてくるあたり、本当は気にしているのが丸わかりだ。

その証拠にミレイヌは顔は笑っているが、目は笑っていない。


言い訳を考えるのも面倒だし、隠す必要もないので俺は正直に答えた。


「来客の対応が少し長引いてしまったの」

「来客ですか……。どなたですか?」

「ノインさんよ。あなたもよく知っているでしょう?」

「ああ。あの方ですね。イスラ様はまだノインさんと交流があるのですね」


ノインのことはミレイヌも知っているはずだが、ミレイヌは面白くなさそうな態度だ。

ノインもミレイヌとは交流の必要がない、とまで言い切っていたが、ミレイヌの方も同じなのだろうか。


「ミレイヌさんはノインさんのこと苦手だったかしら?」

「苦手……ですか。言われてみると、そうかもしれません。ノインさんって無口で何を考えているか分からないと思うこともちらほらあったので」


どうやらノインとミレイヌはお互いにあまり良く思っていないようだ。

嫌い同士、というわけではなさそうだが馬が合わないという印象をお互いに持っている、といった感じなのだろう。


俺も今日初めて知ったことではあるが、今更気にすることでもない。


「ノインさんは頭は良いかもしれないですが、私の方がイスラ様のお役に立てますよ!」

「そう? なら期待しているわね」


ミレイヌはどこか暗い雰囲気の瞳で自分の有用性をアピールしてきた。


彼女は家族や友人に必要とされずに育った過去があるからか、俺が少し優しくするだけであっさりと信用を得られた。


この一年は魔動車の開発、生産に関する打ち合わせで顔を合わせる機会も多かったため、ミレイヌの中で俺の存在がさらに大きくなったのが傍から見ていても分かるほどだった。


先ほどのように俺が他の人間と親しくしていることに嫉妬するような態度を取ったり、やたらと二人きりで出かけることを提案されたりと、独占欲めいた感情を抱き始めているのが少し厄介で、俺の個人的な懸念事項の一つとなっている。


しかしここまで面倒を見てきたミレイヌがいよいよ十分な利益を生み出しつつある。


魔動車の生産、販売の状況を聞いてみたが、順調そのものでナスル商会の馬車の三割は既に魔動車に置き換わり、馬車組合は日に日に立場が弱くなっているとの話を聞けた。

売り上げも予想値の二割増の金額とのことで、非常に景気がいい。


このままいけば、ミレイヌは更なる利益を生み出してくれる。

多少の懸念はあるものの、今手放すのはもったいない。


「状況は分かったわ。ミレイヌさん、頑張っているのね」

「お褒めいただき光栄です。ですが、私はもっともっとイスラ様のお役に立ってみせます」

「その心構えは嬉しいわ。だけど、体には気を付けてね。働きすぎで体を壊しては元も子もないから」

「私のような者のこともご心配していただけるなんて。イスラ様はお優しいですね」


もはや俺が何を言っても尊敬の眼差しを向けてくる。

まあ、なんにせよやる気があるのはいいことだ。

実際に問題が発生するまではこのまま頑張ってもらうとしよう。


ミレイヌとの打ち合わせも問題なく終わると、ようやく自由な時間が訪れた。


俺は自室に戻ると思い切り体を伸ばした。

机仕事が続くと体が鈍ってしまっていけない。


「ん?」


伸びの際に両手を挙げたのだが、手の先が何かに触れた。

見上げると、壁に飾ってあった絵画の淵に手が当たっていた。

以前までは俺がどれだけ背伸びをしても届かなかったのだが、今は少し頑張れば指の先くらいは簡単に触れることができる。


俺もこの一年で変化しているということだ。

顔も少女としての可愛らしさが強かった顔立ちは、女性らしい美しさの色が濃くなってきた。

心なしか胸も大きくなり、足元を見下ろしにくくなった。


この一年で変わっているのは俺の容姿だけではない。

周囲の人間関係や、世の中すらも大きく変わりつつある。


しかしどんな変化があろうとも、俺のやることは変わらない。

他人を陥れ、利用して、成り上がるだけだ。


俺は鏡を見て微笑む。

鏡の中の女は完璧な笑顔で俺を見ている。


「さあ、覚悟しておくがいいわ、王子様」


俺はいつかと同じように鏡に向かってアバン王子のことを篭絡することを再度宣言した。

次回投稿日:2月8日(木)


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