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49.終わりの始まり(2)

前回の話

イスラたちはレティシアの提案で、旅行に出かけたが、そこでレティシアから衝撃のカミングアウトがあった。

「みんなとこうして会ってお話できるのは明日で最後になるの。こんな形での報告になってしまってごめんなさい」


旅行の日の夕食後、レティシアは突然の別れをカミングアウトした。

当然、俺たちはそんな話を事前に聞いていたわけもなく、驚かされることになった。


「なんで……」


かろうじてユフィーが悲しそうな顔でそう呟いたが、それはレティシアに対するリアクションというよりは自然と出てきた言葉のようだった。


レティシアはその理由を静かに語った。


「私はこれから王妃として相応しい人間になるための特別な勉強に集中しなければならないの。そのためにはみんなと会う時間も作れない。だから、今日は最後の思い出を作ろうと思って誘ったの」


レティシアの表情は申し訳なさと前向きさを足して割ったような曖昧なものだったが、一つ分かることは、今の場面にはあまりにも適し過ぎているということだ。


友人との交流が終わることは残念だが、今後の自分のためにも必要な素養を身に着けることは悪いことではないという建前を完璧に表現している。


しかし、それゆえに人間味を感じない。

彼女の本心はこの言葉の中には、ない。


とはいえ、この場でレティシアの本心を聞いたところで意味はない。

俺は他の三人と共に当たり障りのない言葉でレティシアを励ましつつ、この後の展開について考えた。


その日の夜。


あれから俺たちはレティシアに別れの挨拶をしたり、思い出話に花を咲かせたりしたが、夜も深まったことで解散となった。


満月が天高く夜の世界を照らす深夜に、俺はこっそりと部屋を抜け出した。

向かったのは昼間に遊んだ湖畔だ。


「こんな時間に呼び出して、どうしたの、イスラちゃん?」


そこに立っているのはレティシアだった。

夕食の後にこっそりと、ここに、この時間に来るよう伝えただけだったが、レティシアは確かに来てくれた。


恐らくは寝巻のまま来ており、薄い生地でできた服は彼女の体の凹凸すらそのまま表していた。

月明かりに照らされて水辺に立つレティシアの姿は幻想的であり、ここがまるで異世界であるかのように感じる。

思わず気遅れしそうになる気持ちに気合を入れて俺はレティシアと向き合った。


「レティシア様に、確かめておかなければならないことがございます」

「何かしら?」

「今回、レティシア様が私達との交流を絶たれる経緯です」

「王妃として相応しい人間になるための特別な勉強に集中するため、って言ったと思うけど」

「それは誰のご提案でしょうか?」

「アバン王子だけど、それがどうかした?」


やはり予想通り、レティシアを俺達から引きはがしたのはアバン王子だった。

レティシアは凪いだ水面のような静かな瞳で俺を真っすぐに見ている。


「なぜアバン王子はこのタイミングでレティシア様にそのようなことを仰ったのでしょうか?」

「わからないわ。だけど、きっとそれは私にとって必要なことだと判断されたのでしょう」


俺の問いに対し、レティシアは完璧な落ち着きで答えた。

まるで他人事のように自分の扱いを語る姿は出会った頃よりも鉄壁の外面を被っているように見える。


しかし俺はその内側に潜むレティシアの本質を知っている。

強固な殻は中に守るべき脆弱な中身が存在する証だ。


「レティシア様は本当にそれでいいのですか?」

「いいも悪いもないわ。そうしなければならないから、そうするだけ」

「ならば質問を変えます。レティシア様は本当に私たちと……私ともう会えなくなってもいいんですか?」

「だから、いいも悪いもないの。そうしなければならないだけ」


レティシアはそれまでよりもさらに冷たい声音でそう言った。

その声はまるで無感情な視線と相まって、目の前の相手を威圧するかのようなものだったが、このパターンも見たことがある。怒っているふりをしているだけだ。


自らの弱さを隠すためにあえて強い感情を装うための偽りの怒り。

そんな上辺だけの強がりは俺には通用しない。


俺もまたレティシアのことを真っすぐ見つめて、容赦なく追撃の問いかけを投げかけた。


「状況の話は理解しました。私が聞いているのはレティシア様の気持ちです」


俺はレティシアの方に向かってゆっくりと歩み寄った。

体同士がぶつかりそうになるほど近づいたところで足を止める。


これだけ近いと夜の暗さの中でもレティシアの顔がよく見える。

まだ無表情を取り繕ってはいるが、その目には、はっきりと戸惑いの色が混ざっている。


「レティシア様は、もう私と会えなくなっても何とも思わないんですか?」

「それは……」


レティシアは言葉を濁し、俺から目線を逸らした。

鉄壁だった態度にも綻びは生じる。

その綻びを見逃す手はない。


「質問に答えて。レティシア・フローリア」


俺は先ほどレティシアがそうしたように、表情を殺した視線で真っすぐ彼女を見据えた。


「……………………いやだ」


レティシアは落ち着きなく視線を泳がせたが、最後は俯いて小さく呟いた。

そして押し殺していたであろう感情があふれ出てきた。


「そんなの嫌に決まっているでしょう! せっかくできた、初めての親友なのに! もう会えないなんて、そんなのってないよ……」


気が付くとレティシアの目からは大粒の涙が止めどなく流れていた。

それでも彼女の吐露は終わらない。


「アバン王子にね、お菓子を焼いたの。イスラちゃんに教わった通りに。お店のものほどではないかもしれないけれど、上手くできたと思う。だけど、王子にそれを渡したら『そんな使用人の真似事をしている暇があったら他にすべきことがあるだろう』って。一口も食べずにどこかに仕舞ったわ」


レティシアの口から思わぬ事実を聞くことができた。


そうするように勧めたのは確かに俺だが、まさかこんなに早くその結果が出るとは。

しかもこんな最良の形で。


アバン王子には感謝してもしきれない。


「私が余計なことを申し上げたばかりに……申し訳ありません」


俺は心にもない謝罪を申し訳なさそうに口にした。

しかしレティシアにはそんな俺の真意を気にする余裕はなさそうだ。


「ううん、イスラちゃんは悪くないわ。私も多分そんな風に言われると思ってたから。だけど、その時改めて分かったの。アバン王子は私のことなんてどうでもいいんだ、って。アバン王子にとって必要なのは、静かに微笑むだけの私なんだ、って」


レティシアは涙を流しながらも自虐的に笑った。

先ほどまでのポーカーフェイスは完全に崩壊し、様々な感情が爆発している。


「私、この一年は本当に楽しかったの。イスラちゃんと出会って、いろんな思い出ができた。なのに、アバン王子は私からイスラちゃんを奪おうとしている。この先、私は誰からも愛されずに、たった一人の親友ともお別れして一生孤独に過ごすなんて、どうやって耐えればいいの?」


しかし最後に残った感情はやはり“悲しみ”だった。

悲痛な面持ちで自分の人生を悲観している。

確かにレティシアの置かれた立場を思えば、同情するほど救いがない。


(……そろそろか)


極度の空腹の中でなら、どんな食事でも最高の美味になるように。

極度の渇きの中でなら、泥水でも最高の飲み水になるように。

極度の絶望の中でなら、詐欺師の提案も最高の希望に見えてしまうものだ。


「レティシア様、それならば逃げてしまえばいいのです」

「えっ?」


俺はレティシアに“希望”の片鱗を見せてみた。

思いもよらぬ提案にレティシアは戸惑いを隠さなかった。


「それはダメだよ。私は公爵令嬢なんだから、その責任は果たさなきゃ」

「それは誰が決めたことでしょうか? アバン王子ですか? ご両親ですか? その方たちは本当にレティシア様を幸せにしてくれるのですか?」

「それは……」

「レティシア様、私を信じて下さい」


俺はレティシアにそっと手を差し出した。


「この手を取ったら、あなたはもう公爵令嬢ではいられません。その代わり、私があなたを不幸にする厄介なしがらみから解放して差し上げます」


レティシアは動かない。

この選択は、彼女の人生の分岐点だ。無理もない。


それでも俺は無言で待った。

レティシアは恐る恐るといった動作でゆっくりと俺の手に自分の手を伸ばした。


「私は……私は……」


そして、遂に俺の手を取った。


「私は、イスラちゃんのことを信じる。だから、これからもずっと一緒にいてね」


以前、レティシアは俺のことを完全に信用できないと言っていたが、人間とは弱い生き物だ。

こうして少し辛い目に遭えば、疑わしい相手のことも簡単に信じてしまう。

詐欺師のことを信じて、ずっと一緒にいようだなんて最高に笑えるじゃないか。


「はい。私がずっと、側にいます」


そして俺は平然と嘘を吐く。

レティシアと一生を共にする気など全くない。

レティシアはそんな俺の嘘にも嬉しそうな顔で微笑んだ。


不意に視界が暗くなった。

見上げると、今まで夜闇を照らしていた月に雲がかかっている。

周囲は闇に包まれ、俺たちは世界に二人だけ取り残されたようだった。

次回投稿日:2月3日(土)午前 予定


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