45.奸臣は静かに微笑む(2)
イスラはアバン王子との面会で彼の考えを学習した。
もう何度目になったかも分からないレティシアと二人きりの逢瀬だが、今回は久しぶりに俺の屋敷にレティシアを招くことにした。
その理由を、表向きは珍しい茶葉を仕入れたからということにしておいたため、レティシアも何の疑いもなく俺の申し出を了承した。
当日、屋敷にやってきたレティシアを俺は自室に招き入れた。
「イスラちゃんの部屋に入るの、久しぶりだね」
「以前、私が風邪を患った際にお見舞いにいらした時以来でしょうか。3、4か月ほど前ですね」
「そんなこともあったわね。イスラちゃんと出会ってからもう一年以上経ったから、思い出も増えたね」
俺達が思い出話も交えつつ談笑していると、侍女のメッツが手際よくティーセットを用意してくれた。
建前とはいえ、珍しい茶葉を仕入れたと言った手前、ナスルに依頼して本当に貴重な茶を取り寄せた。
メッツが淹れてくれた茶からは普段飲んでいる茶とは違う香りが漂ってきた。
「あら、このお茶、いい香りね」
普段から上等な茶を飲んでいるはずのレティシアもその香りに言及し、期待を露わにした。
レティシアはカップに注がれた茶の色を確かめたり、香りを楽しんだ後、カップに口を付けた。
「今まであまり飲んだことがないタイプのお茶ね。香りが強いけれど、嫌な感じはしない。それに少し茶葉を炒っているのかしら? すこしだけ香ばしいような感じもするわね」
「この茶葉を紹介してくれたナスル商会の者からは、南方の温かな気候の元で育った茶葉を一年以上かけてじっくりと乾燥させて、出荷の前に火を通して香りを高めていると聞いています。茶葉自体も希少性が高い上に、収穫から出荷までに長い期間を擁するため、流通量が少ないようです」
「なるほどね。通りで私もあまり飲んだことがなかったわけね」
レティシアはゆっくりとその茶を味わって飲んだ。
建前で用意したものではあるが、気に入ってもらえたならそれに越したことはない。
しかし、俺にとってはここからが本題だ。
俺はメッツに目配せをして茶菓子を用意してもらった。
何の変哲もないクッキーだ。俺はそれをレティシアに勧めた。
「レティシア様、よろしければお茶菓子もどうぞ」
「ありがとう。このクッキーも何か希少なものなのかしら? 見たところ普通のクッキーだけど」
レティシアは目の前に置かれたクッキーを一枚手に取ると、矯めつ眇めつ観察し始めた。
残念ながらそれは何の変哲もない普通のクッキーだ。
しかしたった一つだけ特別なことがある。
「こちらは私の手作りのものになります。レティシア様のお口に合うかは分かりませんが、一度食べてみていただけませんか?」
「このクッキーをイスラちゃんが? すごいわね。是非いただくわ」
俺は今日この日のために町の有名な菓子屋に依頼をしてクッキーの焼き方を教えてもらった。
何度も味見をしながら試行錯誤をして、中々のものが作れるくらいには上達したつもりだ。
レティシアはクッキーを口に入れてゆっくりと咀嚼した。
緊張の一瞬。俺は思わず息を呑んだ。
「うん、美味しい」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
レティシアは俺に微笑みかけ、続けて二口、三口と食べ進めた。
不味いと言われることはないとは思っていたが、お世辞だとしても美味しいと言えるレベルのようで安心した。
「でもどうして急にお菓子作りなんて始めたのかしら?」
「城下で有名な料理人の言葉で、『愛情はなによりの調味料だ』という格言を耳にしました。その言葉の真偽を確かめるべくお菓子を作ってみようと思ったのですが、自分では味の違いが分からなかったので、レティシア様に確かめていただきたく思いました。このクッキーは私がレティシア様のことを想いながら丁寧に作りましたが、お味はいかがでしょうか?」
俺はレティシアに菓子作りの経緯を説明しながら、ここに至る苦労を思い返していた。
教えを請うた菓子職人の感覚的な説明を何とかマニュアル化する作業。
俺の屋敷の設備の中で素材の分量や焼き時間などの作業時間を調整する作業。
できた試作品を客観的に点数化して比較する作業。
どれも大変な作業だった。
無論、そこに愛情などという要素は存在しない。
そんなものはあってもなくても味に変わりはない。
しかし人間とは、そんなありもしない愛情などという材料を錯覚して味わうことのできる愚かさを持つ唯一の生き物だ。
それはレティシアとて例外ではない。
「イスラちゃんは私のために作ってくれたんだ。今までで一番嬉しいお菓子かもしれないな」
レティシアは俺の言葉に対して嬉しそうに顔を綻ばせた。
これで第一段階はクリアだ。
しかし俺はわざわざレティシアに手作りの菓子を食わせるためにここに呼んだわけではない。
あくまでこれは次の話題への繋ぎだ。
「そのような過分なお言葉をいただき、私も嬉しいです。ですが、きっとレティシア様ならばもっと美味しく作れると思います」
「そんなことないわ。きっとイスラちゃんが一生懸命練習した結果よ」
「練習をしたのは間違いありませんが、クッキー作りは意外と難しいものではありませんでした」
「そうなの?」
俺はレティシアにクッキーの簡単な作り方を説明した。
恐らく生まれてから一度も厨房に立ったことなどないレティシアは新鮮そうな顔で俺の話に耳を傾けた。
「以上がクッキーの作り方になります」
「よく分からない部分もあったけれど、確かに難しそうなところはなかったわね」
「興味があるようでしたら、実際に作ってみますか? 私が作った時の材料の残りがあったと思います」
「いいのかしら? それなら、せっかくだしやってみようかしら」
レティシアは俺の提案をあっさりと呑んで菓子作りに意欲を示した。
材料の残りがあったと思う、というのは嘘で、本当はこうなることを前提に余剰の材料を予め確保してある。
レティシアが日没まで失敗を繰り返してもまだ余るくらいの材料が、厨房に置いてあるのだ。
これで第二段階もクリア。後は最終段階に向かうだけだ。
汚れてもいい服に着替え、厨房に移動した俺達は早速クッキー作りを開始した。
始めは卵の割り方も知らなかったり、分量の感覚がおかしかったりしたレティシアだったが、元々要領はいいタイプなのですぐにコツを掴んだ。
一度目は不格好なものができたが、二回目の挑戦ではかなり様になったものを作り上げた。
「イスラちゃん、どうかしら? 結構上手くできたと思うのだけど」
出来上がったクッキーを前に、レティシアは俺に味見を促した。
俺は早速焼きたてのクッキーを一枚手に取り、口に運んだ。
俺が作ったものを100点とするならば、レティシアの作ったものは80点といったところだ。
二度目の挑戦でここまでのものを作れたならば上出来だろう、というのが正直な感想だが、今言うべき言葉はそういった類のものではない。
「美味しいです、レティシア様。レティシア様の初めての手作りのお菓子を食べられて、とても嬉しいです」
俺はできるだけ心から嬉しそうな顔を作り、レティシアに向けた。
レティシアは安心した素振りを見せ、自ら作ったクッキーに手を伸ばした。
自分のクッキーを味わったレティシアは率直な感想を述べた。
「やっぱりイスラちゃんが作ったやつの方が美味しかったわ」
「それはきっと愛情の差です。私の方がレティシア様のことを思って作ったということでしょう。作り方に大きな違いはないはずです」
「それは聞き捨てならないわ。私だってイスラちゃんに美味しいと思ってほしいと思って作ったのよ?」
「いえ、私の方がレティシア様のことを思って作りました」
「ううん、私の方がイスラちゃんのことを思って作ったわ」
俺とレティシアは大真面目な顔で互いの顔を突き合わせて張り合ったが、先に折れたのはレティシアだった。
レティシアは表情を崩すと、可笑しそうに笑った。
「何を張り合っているのかしらね、私たちってば」
料理に込められた気持ちと味に相関関係などないというのに、レティシアはこの茶番をお気に召したようだ。
菓子作りを終えた俺達は元の服に着替えて一旦客間に戻った。
もうレティシアの帰る時間だが、その前に俺は一番伝えたかったことを口に出した。
「そういえば、アバン王子のお誕生日って来月ではありませんでしたか?」
「ええ、そうよ。イスラちゃんも王子の誕生会に出席するのかしら?」
「いえ、私は招待されておりません。しかし、その機会にレティシア様の手作りのお菓子をアバン王子に渡してみてはいかがでしょうか? きっと王子もお喜びになります」
俺の提案を聞いたレティシアは少し困ったような顔をした。
「うーん、アバン王子はそういった贈り物は喜ばないような気もするわ」
「そんなはずはありません。好きな人が自分のために作ったものを無下にする人などいないと思います」
「そういうものかしら? イスラちゃんがそう言うなら、少し考えてみるわ」
レティシアも薄々アバン王子が手作り菓子などを喜ばないことに気づいているようだが、俺はそれを無視して無理やりごり押した。
結果、レティシアは渋々といった様子ではあったが、検討すると言ってくれた。
これが今日の俺の最終目標だが、感触は悪くない。
もし今回レティシアが俺の提案を採用しなくても、今後いくらでもこういった機会は作ることができるわけだし、俺にとってはノーリスクハイリターンな策だ。
「それじゃあね、イスラちゃん。また今度」
「はい。お気をつけてお帰りください」
レティシアは自分の屋敷へと帰っていったが、残された俺は一人、アバン王子の誕生会で手作りの菓子を渡すレティシアの姿を想像した。
俺の見立てでは、アバン王子はレティシアが手作りの菓子を渡してきたら、間違いなくその行為を咎めるだろう。
その時、レティシアはどんな気持ちになるだろうか。
悲しみか? 怒りか? 絶望か?
いずれにしても心に痛みを伴うはずだ。
その心の傷を俺が癒すことで、レティシアからの信頼を得ることができるに違いない。
レティシアとアバン王子の関係に不和が生じることを祈りつつ、俺は静かにほくそ笑んだ。
次回投稿日:1月21日(日)予定
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