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44.奸臣は静かに微笑む(1)

イスラはある貴族の没落を傍観した。

ある日、アバン王子から一通の手紙が届いた。

曰く、友人の目から見たレティシアの様子について近況を知りたいらしい。


アバン王子と接触できる機会は限られているので、断る選択肢は存在しない。

しかも以前はユフィーと二人だったが、今回はご丁寧に『一人で来い』との指定がある。


王子に指名で呼び出されるとは光栄なことだ。

この機会を有効に利用できることを祈るばかりだ。


約束の日、王城に登城した俺は、衛兵に案内されて以前と同じ部屋に通された。

しばらく待つと、アバン王子が現れた。


「久しいな、イスラよ。新年会の時以来か」

「はい。その節は大変失礼いたしました」

「そのことはもういい。それよりもレティシアのことだ」


アバン王子は挨拶も早々にして本題に入った。


「以前も話したが、近ごろレティシアが必要以上に感情を顔や態度に出し過ぎている。その傾向は年明け以降も続いている。……いや、むしろ悪化していると言ってもいい」


アバン王子は淡々と自らの婚約者の近況を語った。

この王子はレティシアが喜怒哀楽を表現するのが気に入らないらしい。


「恐れ入りますが、私から見てレティシア様の感情表現は普通の範疇にあるように思えます」

「お前の意見など聞いていない。余が問題だと言っているのだ」


俺が見解を述べると、アバン王子は不機嫌そうに俺を見た。

前に会った時の印象では、アバン王子はもう少し余裕のある男だと思っていたが、えらく器が小さいことを言うようになったものだ。


「失礼いたしました」

「いや、余も言い過ぎた。呼びつけておいて言うべき言葉ではなかったな」


強い言葉を使ったと思いきや、すぐにそれを撤回し詫びる。

アバン王子は今少し情緒不安定なのかもしれない。


とにかく今は様子見に徹しよう。

まだ今日アバン王子が俺を呼んだ理由すら聞いていないのだから。

アバン王子は一度深呼吸をすると、改めて俺に語り掛けた。


「以前、ユフィーがレティシアの変化の原因はイスラ、お前ではないかと言ったな」

「はい。確かに」

「実は余も最近それが正しいのではないかと思い始めているところだ」

「どういうことでしょうか?」


どうやらアバン王子はレティシアが感情豊かになったのは俺が原因だと思い始めているらしい。

恐らくそれは事実だが、アバン王子がそれに気づくのはあまりよろしくない。


「年明け以降、レティシアと会う際に余はできる限りレティシアの話を聞くようにしてみた。その結果、お前たち友人との話の時が最も嬉しそうな気持ちが表れていた」

「そうでしたか」

「そして、特にイスラ。レティシアの話の中で最も話題になることが多かったのがお前だ。この前ユフィーと共に来た際に、ユフィーもお前のことを大層評価していたな」

「ユフィー様の買いかぶりです。私などしがない子爵令嬢でしかありません」


アバン王子は淡々と自説の根拠を述べた。

王子の話は筋が通っており、苦しい言い訳しかできない。


「確かにそうかもしれない。しかし、レティシアがお前のことをよく話すのは気になるところでもある。この際、お前という人間を一度余の目で確かめてやる」

「御心のままに」


レティシア共々この国の偉い奴らは他人を見る目を養い過ぎではないだろうか。

おかげで俺のような人間が苦労する羽目になる。

厄介なことにはなったが、この場は何とか無難にやり過ごすしかあるまい。


「それではお前にいくつか質問をさせてもらおう。嘘偽りなく答えよ」

「かしこまりました」

「まずはレティシアのことだ。お前から見てレティシアはどのような人物だ?」

「レティシア様は美しさ、優しさ、優雅さ、賢さといったあらゆる美徳を兼ね備えたご令嬢です。私だけでなく、多くの者がレティシア様のことをお慕い申し上げています」


最初の質問はレティシアのことについてだ。

これは簡単な問いだ。

世間一般でのレティシアのイメージをそのまま話せば、それを回答とすることができる。


「次の質問だ。お前から見て余はどのような人物だ?」

「次期国王として相応しいお方だと存じます。アバン王子の聡明さは下々の貴族である私の耳にも届くほどです。アバン王子が国王になられたら、この国はより良くなることは間違いないでしょう」


次の質問はアバン王子自身についてだ。

これも答えるのは簡単だが、少しお世辞っぽい感じが強すぎるだろうか。

しかし数回しか会ったことのない男のことなどよく知らないのだから仕方あるまい。


「それでは最後の質問だ。お前自身はレティシアと余にとってどのような人物だ?」

「まず、レティシア様にとっての私は良き友人でありたいと思っております。もちろん、レティシア様と私では貴族としての格が違うので、対等な友人としてというのは難しいかもしれませんが、少しでもレティシア様のお役に立ちたいと思っております。アバン王子にとっての私は都合の良い相談相手になれればと思っております。私はしがない子爵令嬢です。だからこそ王子の悩みを第三者としてお聞きして、中立的な立場から何か進言できるかもしれません」


最後の質問も難しい内容ではなかった。

アバン王子とは最終的には婚姻関係を結ぶのが俺の目的ではあるのだが、レティシアが健在な内からそのようなことを言うわけにもいかない。

相談相手、というのは咄嗟に出た言葉ではあるが、悪い選択ではないように思える。


アバン王子は終始俺の顔色や口調を気にしていたが、この程度の質問であればこちらも顔色を変えずに上辺だけの回答をすることができる。

しかし、アバン王子は本当にこんな質問で俺の真意を量れると思っていたのだろうか。

微かな違和感が心に残る。


俺もまた、アバン王子の様子を注視した。

険しい顔のまま俺のことを睨んでいる。


「やはりお前は信用できないな、イスラ・ヴィースラーよ」

「……え」


アバン王子の感想に俺は思わず素で声が漏れた。

一体何がまずかったのか見当がつかない。


「お前の言葉はどれもお前自身の本心を語ってはいない。確かにまるっきり嘘を言っている様子もなかったが、それだけだ。心の内にどのような感情を抱いているかが分からぬ者を、余は信用しない」

「私は本心をお話したつもりです」

「黙れ。不愉快だ」


アバン王子は俺の本質を掴んだわけではないらしいが、隠し事をしていることは確信しているらしい。

適当な返事は一喝されてしまった。


「申し訳ございません」

「黙れと言ったのが聞こえなかったか?」


俺の返事がよほど不満だったのか、アバン王子は謝罪すら受け入れなかった。

こうなった以上、俺は黙ることしかできないが、アバン王子は勢いのままに俺への不信感を口にした。


「大体お前が余の相談相手になれればだと? 身の程を知れ! お前のような何を考えているか分からぬようなやつに話すことなどない。それに余はお前のように口ごたえの多い女は嫌いだ。確かにお前は顔だけは良いが、余の話し相手となるにはお前では不足だ」


どうやら俺はアバン王子には嫌われてしまっているらしい。

かなり強い言葉で否定されてしまった。


(今日はこの辺りが潮時か)


俺は目に力を入れて涙を流した。

詐欺師たるもの、演技のためには涙くらいはいつでも流せるよう訓練している。

今回は多めに泣いておこう。


黙れと言われたままなので、さめざめと泣いていると、アバン王子は流石に気まずくなったのかバツの悪い顔をした。


「すまない、言い過ぎたな」

「……いえ、……私の……方こそ、身の程を……弁えずに、……っ、申し訳ありませんでした」


俺はアバン王子に顔を見られないよう、できるだけ深く頭を下げた。

涙を流すのは疲れるので、少し休みが必要だ。

顔を下げている間に、顔全体の筋肉を動かして次の落涙に備えた。


「もうよい。頭を上げろ。そして今日はもう帰れ」

「かしこまりました」


アバン王子は泣いている女の相手が面倒になったのか、すぐに俺を解放してくれた。

俺は顔を手で覆いながら王子に背を向け、足早に退室した。

王城を出て、馬車で帰宅する途中、俺は思わず口角が上がってしまった。


(アバン王子が婚約者として求めているのは静かに微笑むお人形さんか)


今日の会話で分かったことが二つある。

感情を露わにしたり、よくしゃべる女が嫌いなこと。

考えの読めない人間のことを信用しないこと。


それらを合わせると、無感情に自分の隣でただ静かに微笑む女が欲しいだけなのではないだろうか。

そう考えれば俺と出会った直後のレティシアがあんなにも鉄壁の微笑みを浮かべていたことにも納得がいく。


しかし、アバン王子の好みの女のタイプさえ分かれば後は俺自身がそういう女を演じればいいと思っていたが、既に俺は王子のお眼鏡には適わなかったことが確定している。

嫌いとまで言われた相手との婚約を成立させるにはどうすればいいか。


答えは簡単だ。他の競争相手を潰して消去法で選ばせればいい。

アバン王子の求めるような完璧に自我を捨てられる人形女など、そう多くはないだろう。

その条件に当てはまるような奴をことごとく潰せばいいのだ。


そして、その素質を持つ者の筆頭といえば現婚約者であるレティシアだ。


(レティシア、お前の婚約はもうすぐ破談だ)


アバン王子は人を見る目はあったようだが、自分の嗜好を晒したのは悪手だった。

その隙を存分に利用させてもらおう。

次回投稿日:1月18日(木)予定


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