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43.ある貴族の没落

前回の話

イスラはジョーカーゲーム(ババ抜き)で負けた罰としてミレイヌ、レティシアとデートをした。

すっかり春の陽気が馴染み、冬用の温かい服が不要になった頃。

俺は自室で現在抱えている課題を整理していた。


レティシアの信用を得る方法の考案、ノインを使った『平和の神の祝福』に関する調査や実験、ミレイヌの魔動車開発の進捗確認やサポート、ナスルから送られる報告書を読んでの経済状況の把握と投資先の選定、王宮内の情報収集およびその情報の整理と精査、その他必要な日常雑務。


(やることが多すぎる……)


どれも必要なことではあるのだが、こうも大量のタスクが積まれるとどうしてもやる気が起きないものだ。


うんざりしながらも溜まっている書類に目を通していると、一つの報告が目に入った。

エルダン・ハーディング子爵という男がナスル商会から多額の借金をしているが、返済が滞り訴訟寸前だという内容だ。


それは俺の抱えている課題とは全くの無関係ではあったが、一つだけ気がかりなことがあったため、俺はその問題の行く末を見物しに行くことにした。


後日俺はナスル商会の商会員の男と共にエルダン子爵の屋敷に向かった。

ナスルに手紙で同行の許可を求めたところ、二つ返事で了承してくれた。


あの慎重なナスルがこうも簡単に了承したということはエルダン子爵はよほど助かる見込みがないのだろう。

今後も取引が続くような相手であれば部外者の同行を許すわけがない。


屋敷に到着すると客間に通され、間もなくエルダン子爵本人が現れた。

極めて平凡な体格、顔つきの中年だが、着ている服は過度に煌びやかであり、若い青年貴族でも祝賀会でしか着ないような装飾の服を恥ずかしげもなく着ていた。


「来たか。守銭奴が」


エルダン子爵は開口一番俺達に向けてそう言った。

なるほど、噂に違わぬ馬鹿な男だ。

エルダン子爵は俺の存在に気づくと、怪訝そうな顔をした。


「女、お前は何者だ? どこかで見たことがあるような気もするが……?」

「申し遅れました。私はイスラ・ヴィースラーと申します」

「ああ、ヴィースラー子爵のところの娘か」


エルダン子爵は俺のことを覚えていたようだ。

確か5年ほど前に、父に連れられて出席した食事会で挨拶だけしたことがあっただけだが、馬鹿の癖に余計なことは覚えているのかと感心した。


「本日は少し思うところがございまして、同席させていただけないでしょうか?」

「断る。貴様には関係のない話であろう。それに女が金のことに口出しするなど不愉快だ」


エルダン子爵は顔を強張らせて机をドンと強く叩き、俺を睨みつけた。

5年前に見かけた時もそうだったが、こいつは自分より下の立場の者や、女のことは不当に扱い、逆に自分より上の立場の男には媚びへつらう典型的な小悪党タイプのクズだ。


「それは残念です。場合によっては借金返済のお助けができるかもしれないと思ったのですが、エルダン子爵がそう仰るならば失礼いたします」

「待て。そういうことならば話は別だ。同席を許可する」


俺が金の話をちらつかせると、エルダン子爵は先ほど自分が威圧したことを忘れたかのように手のひらを返した。

この手のクズを相手にする時は顔に不快感を出さないようにするのに苦労する。


「それではエルダン子爵、改めて私共がお貸ししておりますお金の返済予定について教えていただけますか?」


俺とエルダン子爵のやり取りがひと段落したのを見計らい、ナスル商会の商会員が本題を口にした。


俺が確認した情報によると、エルダン子爵はナスル商会から金貨300枚ほどの借金をしているらしい。

上級貴族からしたら端金かもしれないが、下級貴族からしたら結構な金額だ。


「だから前から言っているだろう。金貨300枚程度の金、その気になればいつでも返せる。お前たち金貸しは私が返す時まで大人しく待っていればいいのだ」


金を借りているにも関わらずエルダン子爵は太々しい態度を崩さない。

清々しいクズっぷりだ。

商会員の男はそんなエルダン子爵の言葉にも冷静に対応した。


「そういうわけには参りません。このままでは返済の督促のための訴訟を起こさなければなりません」

「訴訟だと? ふざけるなよ? こちらは返すと言っているのだ。訴訟など起こしてみろ。私は絶対にお前たちを許さんぞ」


訴訟、という言葉が出た瞬間エルダン子爵は明らかに動揺しているのが目に見える。


貴族社会は面子を重んじる。

借金の返済が滞り、訴訟を起こされたらその時点で他の貴族の笑い者になるため、それだけは絶対に避けたいはずだ。


エルダン子爵は商会員の男のことも睨みつけたが、男が怯まないことを悟るとこちらの方を見た。


「女。お前ならば分かるだろう。我々貴族からしたら金貨の300枚など大した金ではないことが」

「ええ。貴族であれば金貨の300枚くらい、すぐに返せますね」

「そうだろう! そういうわけだから、すまないがこの場は貴様からこの守銭奴共に金を返しておいてくれ。後で必ず建て替える」


俺は暗にエルダン子爵には貴族の素質がないことを告げたつもりだったが、底なしの愚か者はそれに気づかず、厚顔無恥な金の無心をしてきた。

こんな馬鹿者に金を貸すなど絶対に御免であるし、このまま訴訟を起こされて破滅すればいいと思うが、俺にはたった一つだけ確認しておかなければならないことがある。


「その前にエルダン子爵。念のためあなたの家族構成を教えて下さらないかしら?」

「家族か? 妻のヒルダと長男のゼクシオ、長女のヘクシア、次女のエムシーがいる」


俺はエルダン子爵が言葉を区切った後も続く言葉がないかを待った。

奇妙な沈黙が流れる。


「娘2人はもう嫁いでいてこの屋敷にはいないが、息子と妻はいる。呼んだ方がいいか?」


エルダン子爵は沈黙を破り言葉を続けたが、その内容は俺の期待するものではなかった。

いや、ある意味これで良かったとも言えるか。


「必要ありません。自分の家族のことを忘れるような方にお貸しするお金は銅貨1枚もありません。失礼します」


俺はそれだけ告げて席を立ち、退室しようと扉に向かった。


「待て!! 貴様、もしかしてメルスリッツのことを言っているのか!? あいつはとっくの昔に捨てたのだから家族ではないぞ!」


背後でエルダン子爵が何か喚いている。

つくづく耳障りな言葉を吐く奴だ。


「メルスリッツ・ハーディングなんて名前の女は、もうこの世にいないわ」


俺は振り向きもせずに、そう言い残して本当にエルダン子爵の屋敷を後にした。


数日後。

余計なことをして時間を使ってしまった代償に俺は忙しく机仕事に勤しんでいた。


「イスラお嬢様、お茶が入りました♪」

「ありがとう、メッツ。……何かいいことでもあった?」


いつものように侍女のメッツがお茶を淹れてくれたが、ひどく上機嫌だった。

普段は冷静な女だが、こうも嬉しそうなのは珍しい。


「噂で聞いたのですが、ハーディング子爵家という貴族が借金を返せずに訴訟を起こされた結果、それまでの不祥事の処分も合わせて貴族位を剥奪の上、王都追放となることが決定したようなのです」

「そうだったの。それにしてもあなたが他人の不幸で嬉しがるなんて珍しいわね」

「実は私はその子爵家のことを少しだけ存じていたのですが、他に類を見ないほどの愚か者の集まりでした。そんなゴミ共がこの王都からいなくなるなんて喜びに堪えません」


メッツは流暢に上機嫌の理由を教えてくれた。

エルダン子爵はナスル商会からの借金の他にも使用人への給料未払いや領地運営の不手際でも問題を起こしており、遂に国王が激怒して追放となったということを俺も後から知った。


俺はメッツの様子を慎重に見極めたが、空元気などではなく、本当に嬉しそうにしていることが感じ取れて少しほっとした。


「イスラお嬢様、どうかされましたか? 私の顔をそんなに御覧になって」

「なんでもないわ」


メッツの顔をジロジロ見ていたら、そのことを指摘されてしまったので慌てて誤魔化した。

メッツは優しく微笑み、俺に語り掛けた。


「イスラお嬢様、ご心配いただきありがとうございます。しかし私には例え家族がいなくとも、例え帰る家がなくとも構わないのです。イスラお嬢様は私を拾ってくださった時に、私の人生を全て捧げろと仰いました。ですから、私はイスラお嬢様にお仕えすることさえできれば他には何も必要ありません」


メッツはまるで夕食の献立を語るかのような調子でとんでもなく重いことを言ってきた。


確かに10年ちょっと前、俺がまだ幼女だった頃に、そんなことを言ったのは今でもよく覚えている。


『あなたの衣食住は私が面倒を見るわ。その代わりにあなたは私にあなたの全てを捧げなさい』


あの時は俺もノリでそんなことを言ってしまったが、メッツもその時は10代前半の小汚い孤児であったはずなのに、その言葉を真に受け、覚えて、本当に実践するとは恐れ入る。


「良い心がけね。これからもあなたには沢山働いてもらうからそのつもりで覚悟しておきなさい」

「かしこまりました」


これからもコキ使うと宣言したにも関わらず、メッツは嬉しそうに俺の言葉に肯定の返事をした。

ここまで真っすぐに慕ってくれる侍女がいるのでは、主として格好悪いところは見せられない。

俺はメッツの淹れてくれた茶を飲み、改めて机に向かった。

次回投稿日:1月15日(月)予定


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