42.敗者への問いかけ(2)
前回の話
イスラ達は負けた人が勝った人のお願いを一つ聞くという約束の元、ジョーカーゲーム(ババ抜き)をすることになり、最下位となったイスラは勝者であるミレイヌからの依頼で彼女とお出かけをすることになった。
途中で不自然に立ち去ったミレイヌと入れ違いで現れたのはレティシアだった。
「あれ、イスラちゃん。こんなところで会うなんて奇遇ね。もしこの後時間があるなら少し付き合ってくれないかしら?」
ミレイヌと別れた俺の元にレティシアが現れた。
ここで俺がレティシアと会ったのは間違いなく偶然ではなく、レティシアとミレイヌの間での取り決めがあってのことだろう。
「この後の予定はありません。お供します」
「ありがとう。それじゃああっちに馬車を待たせているから行きましょう」
俺はレティシアに従い、近くに控えていた馬車の元まで案内された。
俺たちが乗り込むと、御者は馬車を走らせた。
荷車の中で俺とレティシアは向かい合って座った。
今日はレティシアも珍しく平民風の装いだった。
薄手のブラウスにロングスカートというシンプルな服装だが、着ている本人自体が規格外の美少女のため、それだけで十分絵になった。
「今日はお忍びで王都の視察をしているところだったの。お父様にばれたら叱られてしまうから、イスラちゃんも他の人には内緒にしてね」
「かしこまりました」
レティシアはあくまでたまたま出会ったという体にしたいようなので、俺も余計なことは言わずに彼女の言葉を肯定した。
その後、俺たちは言葉もなく馬車で揺られた。
「レティシア様、一つお聞きしたいことがあります」
「何かしら?」
先に沈黙を破ったのは俺だった。
俺はどうしても先日のジョーカーゲームの敗因を知りたい。
勝者であるレティシアにそれを聞くのは屈辱的なことではあるのだが、あれから一人で考えても明確な敗因が分からなかったので、背に腹は代えられない。
「先日のジョーカーゲームでレティシア様は私が引くカードが分かっていたかのように思えました。あれはどういった仕掛けがあったのでしょうか?」
自分が引くカードを選ぶのであれば、鏡や使用人を使って相手のカードの中身を盗み見るという手段が思いつくが、相手が自分のカードを引く時に思いのままのカードを引かせるというのはどのような手段を使ったのか皆目見当もつかない。
しかし、俺の期待とは裏腹にレティシアは俺の質問を聞くと、少し困った顔をした。
「どういった仕掛け、って言われても……仕掛けなんてないよ?」
「そんなはずはありません。何でも構いません。何かヒントだけでも教えていただけないでしょうか」
レティシアはとぼけたことを言ったが、俺もここで引き下がるわけにはいかない。
何としてもレティシアに心理戦で負けた原因を掴まなければ、この後重要な場面で俺はまた同じ敗北を喫することになるだろう。
レティシアは少し悩んだようだが、渋々といった具合で言葉を発した。
「本当に仕掛けなんて大層なものはないよ。ただ、私はいつもイスラちゃんのことを見てるから分かることもあるの。例えば、イスラちゃんはどちらかというと重要なものを右に置きがちかな。多分利き手が右だから自然とそうなるんだろうね。後はイスラちゃんはルーティンを嫌う傾向にあるよね。カードを引く時も前の時と同じ場所から引かないようにしてる。他には端とか角が埋まってる方が好きだよね。カードを引く時も、端のカードはあんまり手を付けなかったはず」
レティシアはスラスラと言葉を並べたが、俺は内心恐怖していた。
俺はいつもレティシアが何を考えているか知りたいと思って観察していたつもりだったが、レティシアもまた俺のことを見ていたのだ。
深淵を除く時、深淵もまたこちらを見ている。
そんな格言を思い出したが、こんなにも自分のことを知られていたことには恐怖を感じる。
もしかしたら、俺の詐欺師としての考えも見透かされているのではないか。
そう思うと、途端にレティシアが恐ろしい存在に見えてくる。
「そんな感じでイスラちゃんのことを考えていたら、自然とどのカードを引きたいかとかも何となく分かったって感じかな」
「教えていただきありがとうございます」
俺は絞り出すように返事をするので精一杯だった。
そこから俺はレティシアに連れられて王都を回った気がするが、どこに行ったか、何を話したかも覚束なかった。
気が付くと王都を流れる川の河原にいた。
川の脇は船で物を運べるため、倉庫や大きいお店、工場が立ち並ぶエリアが大半を占めるが、この辺りは平民の憩いの場として公園のような扱いで解放されている区画だ。
「ここから見える夕陽が綺麗なんですって。イスラちゃんと来たいと思っていたの」
隣に立っているレティシアがこの場所について教えてくれた。
確かにもうすぐ日が沈みそうな時間であり、辺りは赤く染まりかけている。
「さっきの話だけどね」
レティシアは夕陽を眺めながらぬるりと話を切り出した。
「私が他の人のことを良く見るのは生まれつきの癖みたいなものなの。小さい頃から私の家柄やお金、あるいは容姿だけを見て私に言い寄ってくる汚い人間が後を絶たなかったから。だから私はそういう汚い人間に騙されないように自分の目で相手のことを確かめることにしているの」
俺はレティシアの言葉を聞いているうちに、改めて恐怖が体を支配した。
つまり、レティシアに俺が内心では彼女を利用しようとしていることがバレた……?
俺もまたレティシアに言い寄る汚い人間の一人でしかないのだから、そうだとしたら必ずしかるべき処分があるのだろう。
俺は何も言えずにいたが、レティシアは言葉を続けた。
「もしかしたらイスラちゃんは私に細かいところまで見られていたのは嫌だったかもしれないと思ったんだけど、これは仕方のないことなの。ごめんなさい」
レティシアは俺の方を向くと頭を下げた。
レティシアが俺の本性に気づいているというのは俺の考えすぎか?
いや、まだ分からない。
俺はまだ自分の生還を信じることができずにいたため、慎重に言葉を選んだ。
「レティシア様は、ずっと私のことを疑っていたのでしょうか?」
「違うの! そういうわけではないけれど、自然とそういう視点で他人を見てしまうの。特に私はイスラちゃんのこと、大好きだから余計に知りたいと思って余計なところまで気になっちゃって……」
俺の問いにレティシアは必死に弁明をした。
その目は真剣そのものだ。
この様子ならば、今は俺のことを断罪するつもりはないと判断していいだろう。
「それでしたら、私はレティシア様が仰った『親友になりたい』というお言葉を信じてもいいんですよね?」
「もちろん。その言葉に嘘はないし、今でもそう思ってる」
レティシアは真っすぐ俺を見つめてはっきりと答えた。
レティシアが俺の“親友”でいてくれる内は俺の立場は安泰だ。
「私からもイスラちゃんに確認してもいいかな?」
「…………どうぞ」
俺が内心で安堵していたら、今度はレティシアから問いかけられた。
「さっきも言ったけど、私は人をよく見ればその人の考えが結構分かるんだ。だけどね、私はイスラちゃんの真意だけはわからないの。確かにイスラちゃんはいつも私のことを考えて、理解して、行動してくれていると思うし、そこに浅ましさや卑しさは感じないけれど、イスラちゃんはどんな気持ちで私の側にいてくれているの?」
レティシアの言葉は俺の急所を突いてくるものだった。
レティシアは俺に好意を向けてくれている。
しかし、レティシアは俺からの好意の存在を懐疑的に感じているらしい。
実際に俺はレティシアのことが好きではあると思うが、それは顔と性格のいい女を嫌いになる理由がないからというだけで、レティシアの期待するような感情ではない。
「どんな気持ちか、というのは考えたことがありませんでした。ただ、私がレティシア様と行動を共にするのは、私もまたレティシア様のことを親友だと思っているからです。それだけでは回答として不足でしょうか?」
苦しい状況だが、俺は何とか自分の本心を語らずに済むように誤魔化した。
レティシアが聞いたのは俺の“気持ち”だが、俺はその問いには答えずに親友であるという“事実”のみを答えた。
これで上手くはぐらかせないだろうか。
俺の筋違いな答えに対してレティシアはすかさず言葉を返した。
「少し聞き方を変えるね。私は優しくて、よく気が付いて、可愛くて、公爵令嬢としての私じゃなくて一人の友人としての私の側にいてくれるイスラちゃんのことが大好きだけど、イスラちゃんは私のこと、好き?」
俺の淡い期待を打ち砕くように、レティシアは逃れることのできない二択を迫ってきた。
俺がレティシアのことを好きか、そうでないか。
どちらかというと好きなのは間違いないが、ジョーカーゲームの時と同じように、レティシアは全てを見透かすような眼差しを俺に向けている。
適当な嘘は絶対にバレると直感的に確信できた。
(俺は、レティシアのことが大好きだレティシアのことが大好きだレティシアのことが大好きだレティシアのことが大好きだ)
俺は一度目を瞑り、頭の中でレティシアとの思い出をできるだけ思い出し、レティシアのことが大好きだと自分に暗示をかけてみた。
そしてゆっくり目を開き、改めてレティシアの顔を見る。
見れば見るほど美しい顔だ。こんな女を好きにならないはずがない。
「はい。私もレティシア様のことが大好きです」
俺はレティシアへの想いが高まったタイミングでそう答えた。
できることはやった。後はレティシアがどう判断するかだ。
レティシアは何も言わない。
無限にも思える沈黙が場を包む。
「やっぱり、イスラちゃんの本心はわからないや」
ようやく口を開いたレティシアの判決は『保留』だった。
俺の本心がバレたわけではないが、完全に信用を得られたわけでもない。
「こんなこと初めてだよ。やっぱりイスラちゃんは特別だね。でも、今イスラちゃんが私をどんな風に思っていたとしても、いつかは私のことを心から好きだと言わせてみせる」
レティシアは夕陽を背にそう宣言した。
時間はすっかり黄昏時となり、間もなく夜になるだろう。
しかし、そんな中でもレティシアの美しさは眩しかった。
(いつかは本当に俺も彼女のことが好きになる日が来るのだろうか)
レティシアの言葉が実現するかは分からない。
しかし、もしアバン王子との婚約という目的が達成できなくなったら、残りの人生はレティシアと過ごすのも悪くないかもしれない。
……柄にもなく失敗した時のことを考えてしまった。
(少なくとも俺が詐欺師を自称する間はレティシアのことを騙し通せるほどの偽りの愛を提供しなくてはならないな)
夜闇が辺りを支配していく中で俺は改めてこの女を騙すことを心に決めた。
次回投稿日:1月12日(金)予定
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