41.敗者への問いかけ(1)
前回の話
イスラ達は負けた人が勝った人のお願いを一つ聞くという約束の元、ジョーカーゲーム(ババ抜き)をすることになり、最下位となったイスラは勝者であるミレイヌのお願いを一つ聞くことになった。
ジョーカーゲームの屈辱的な敗北から数日後。
俺は王都の中にある広場のベンチに腰かけていた。
今日はあの時の勝者であるミレイヌの指示により、私服姿で彼女と王都をブラつくことになった。
待っている間、頭に浮かぶのはやはりあの日の敗北だ。
レティシアに完全に遊ばれたことは思いの他、俺の精神にダメージを与えていた。
「イスラ様、お待たせしました」
そんなことを考えていると、ミレイヌが現れた。
ミレイヌの服装は薄い桃色のワンピースで、ふわりとした質感の服はミレイヌの可愛らしさを十分に引き立てていた。
「大丈夫。私も今来たところだから」
「そうだったんですね。それよりイスラ様、今日のお洋服は私がお送りしたものですよね!? ありがとうございます」
「それはこちらのセリフよ。こんな素敵な服をくれてありがとう」
今日俺が着てきた服は、誕生日にミレイヌから送られたものであり、平民が着るようなカジュアルなものだ。
王都を回るのであれば、ドレス姿は目立ちすぎる。
今日のように王都を散策する目的であれば、ミレイヌからプレゼントされた服は丁度良かった。
「それじゃあ行きましょうか」
「イスラ様、その前に一つお願いがあるのですが、よろしいですか?」
俺が歩き始めようとすると、ミレイヌはそれを引き留めた。
「何かしら?」
「その、少し申し上げにくいのですが……今日一日は私の妹として振る舞っていただけませんか?」
「えっ!?」
ミレイヌは少し言いよどんだが、恥ずかしそうにそう言い切った。
何かと思えば馬鹿馬鹿しいお願いだ。
しかし、今日は罰ゲームの一環で来ているわけだし、そのくらいの戯れには付き合ってやろう。
「分かった、ミレイヌお姉ちゃん」
「うぅっ!! 思った以上に破壊力ありますね」
俺は屈託のない笑みをミレイヌに向けると、ミレイヌは明らかに動揺した。
自分から言っておいて恥ずかしがるとは情けない。
「モジモジしてないで、早く行こう!」
「え、はい!?」
俺はミレイヌの手を取って移動を促した。
何をするかは分からないが、とにかく早く解散したいという一心で俺は歩き出した。
最初に俺たちが向かったのは屋台が連なる飲食街だ。
今は昼時であり、周辺の住宅街の住人や、隣の商業地区の商人たち、見回り役の衛兵たちなど、さまざまな人が昼食を求めてごった返していた。
俺はミレイヌとはぐれないよう、手を繋いだまま歩いた。
「ねえ、お姉ちゃんは何を食べたい?」
「えっと……イスラ様がお好きなものを……」
ミレイヌはモゴモゴとした言い方で返事をしたが、いい加減慣れてほしいものだ。
こっちの方が恥ずかしいに決まっているというのに。
「お姉ちゃんは私のこと嫌い?」
「え!? 全然そんなことないです!!!」
「でも、今日はなんかよそよそしくない? なんか敬語だし」
「それは……」
以前、レティシアと温泉に行った際もロールプレイをさせられた身からすると、こういうのはやると決めたら思い切りやる方がいいのだ。
ミレイヌも早く楽になるがいい。
俺はミレイヌの耳元で甘く囁いた。
「今日は私は妹なんでしょ? お、ね、え、ちゃ、ん」
「ひゃあ」
ミレイヌは体をビクンと震わせた。
その場から一歩後ずさり、遠慮がちにこちらを見てきた。
俺はその視線に笑顔で応える。
「……イスラ」
ミレイヌは恐る恐るといった様子で俺を呼び捨てにした。
「何? お姉ちゃん」
「イスラ……私、豚肉と香草のサンドイッチが食べたい」
「美味しそうだね。それにしようよ」
「! うん! 私、美味しいお店知ってるの。教えてあげる」
ミレイヌはようやく調子が出てきたようで、先ほどとは反対に、俺の手を取って歩き始めた。
まだぎこちなさは残るが、この茶番を楽しむ余裕が生まれたみたいで何よりだ。
ミレイヌは数分歩くと、とあるサンドイッチの屋台の前で立ち止まった。
「すいません、サンドイッチ二つください。お肉多めで」
「それなら大銅貨6枚だ」
「ではこれで」
ミレイヌは慣れた様子で目当てのサンドイッチを購入している。
彼女は元々平民だったので、かつてはこういった場所にも頻繁に訪れていたのかもしれない。
「イスラ、お待たせ。近くに公園があるからそこで食べよう」
ミレイヌは両手に持ったサンドイッチを俺に見せてきた。
甘辛いタレの匂いがこちらにも漂って来て、食欲を刺激される。
俺は大人しくミレイヌの言う通り、彼女の後を付いていった。
少し歩くと、ミレイヌの言う通り、小さな公園があった。
ベンチが空いていたので、そこに腰かけて二人でサンドイッチを食べた。
「美味しい」
一口かぶりつくと、俺は思わず素で感想を口にしてしまった。
匂いで分かっていた通り、安い肉の臭みを誤魔化すための甘辛い味付けなのだが、絶妙な濃さのタレと、香りが強めの香草が見事に組み合わさり、肉のジューシーさはそのままに、匂いや味の安っぽさを完璧に消し去っていた。
「でしょ? ここのサンドイッチは昔よく食べてたんだ。貴族になってからは中々こういうところには来られなかったから、イスラと来れて嬉しい」
ミレイヌは俺の反応を見て嬉しそうに話した。
俺も商売に生かすために平民の食事を学んだことはあるが、ここまで安価で美味しい店の存在までは知らなかったので、いい勉強になった。
俺は無心でサンドイッチを頬張り、すぐに食べ終えてしまった。
ミレイヌはそんな俺の様子を見て、満足げに自分のサンドイッチを齧るのだった。
昼食を終えた後は、露店を中心に様々なお店を一緒に見て回った。
途中、焼き菓子を買った際に店主のおじさんから
「お嬢ちゃんたち、姉妹かい? こんなに可愛い娘が二人もいるなんて親御さんが羨ましいね」
などと声をかけられて、ミレイヌは満更でもない顔をしていたのが印象的だった。
ミレイヌ曰く、露店で買った食べ物を歩きながら口にするのが平民のスタイルとのことで、俺も初めて実践してみたが、思いのほか気分のいいものだと思った。
「こうしていると、本物の姉妹みたいだね」
隣を歩くミレイヌは、照れくさそうにはにかんだ。
ミレイヌもすっかりこの姉妹ごっこに慣れたようで、終始ご機嫌だった。
しばらく歩き回った俺たちはとある広場のベンチで休んだ。
路上芸人が楽器を演奏していたり、子供が走り回っていたりしるため、その様子を見ているだけで退屈しない場所だ。
「ここは相変わらず賑やかだな」
ミレイヌがポツリと呟いた。
気を付けなければ広場の喧騒に飲まれそうな声量でミレイヌは続けた。
「私、ここに来るときはいつも一人だった。家族のみんなから煙たがられて、たまらず家を飛び出す時はいつもここに来てた。ここはいつも賑やかだから、暗い気分を紛らわすことができた」
ミレイヌは静かに自分の過去を語った。
以前も聞いたことがあるが、ミレイヌの家族は彼女のことをあまり愛していないらしい。
そのため、ミレイヌはその家族への復讐のために生きていると言っていた。
しかし、ミレイヌは今も家族というものに囚われている。
今日、俺を妹として連れまわしたのは無意識かもしれないが、優しい家族が欲しかったという彼女の願望の表れではないだろうか。
「ねえ、イスラ」
不意にミレイヌが俺を呼んだ。
「何、お姉ちゃん?」
「イスラは私のこと、好き?」
ミレイヌは期待と不安が入り混じった瞳で俺を見つめた。
彼女の欲しい言葉は分かっている。
「うん、大好きだよ。お姉ちゃん」
俺はミレイヌがまた泣き出すかと思い、ポケットのハンカチに手を伸ばしかけたが、ミレイヌは一瞬目に涙を溜めたものの、今回は耐えたようだ。
そしてミレイヌはそっと俺の体に腕を回し、ハグをしてきた。
「ありがとう、イスラ。私の可愛い妹」
俺の耳元で小さく呟くと、ミレイヌは俺を放して立ち上がった。
「申し訳ありません、イスラ様。私、用事を思い出しましたのでここで失礼いたします」
立ち上がったミレイヌはいつもの調子に戻り、突然デートの終わりを告げた。
「もう終わりでいいのかしら? 今日一日って約束だったと思うけど」
「私もできればもっとご一緒したかったんですが、次の予定がつかえていますので。いい夢を見させていただき、本当にありがとうございました」
ミレイヌは俺の方を向くと、深々と頭を下げた。
そのお辞儀の仕方は貴族社会では見慣れたものだが、平民の服を着た状態だと些か不自然に感じて面白かった。
「それでは私はここで失礼しますが、イスラ様はここでもう少しお待ちください。すぐにお迎えが来るかと思いますので」
頭を上げたミレイヌはそう言うとゆっくりと大通りの方に向かって歩いて行った。
一人広場に取り残された俺はミレイヌの言葉の意味を考えた。
(次の予定……迎え……)
ミレイヌは確かにジョーカーゲームの勝者の特権として“1日”俺と出歩く権利を要求した。
そしてまるでここで別れることを想定していたかのような迎えの手配。
ミレイヌは初めから権利を半分しか使うつもりがなかった……?
いや、違う。
ジョーカーゲームの勝者は確かにミレイヌだったが、その陰には協力者がいた。
つまり『迎え』というのは……。
「あれ、イスラちゃん。こんなところで会うなんて奇遇ね。もしこの後時間があるなら少し付き合ってくれないかしら?」
考え事をしていたら、なじみのある声に呼びかけられた。
そこにいたのは、ジョーカーゲームの影の勝者である、レティシアだった。
次回投稿日:1月9日(火)予定
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