40.ジョーカーゲーム(2)
前回の話
イスラ達は負けた人が勝った人のお願いを一つ聞くという約束の元、ジョーカーゲーム(ババ抜き)をすることになった。
レティシアがカードを配り、ジョーカーゲームの本番が始まった。
恐らくユフィーとノインは純粋にこのゲームを楽しんでいるだろうが、このゲームはレティシアとミレイヌのタッグと、俺の戦いだ。
普通にやれば運で勝ち負けが決まる勝負のはずだが、プレイヤー同士が結託すれば話は変わる。
誰を勝たせて、誰を負かすかをある程度操作できるようになる。
そして敗者にすべくターゲットにされているのは、恐らく俺で間違いない。
俺に何をさせる気かは知らないが、簡単に負けるのは癪だ。
せいぜい抵抗させてもらうとしよう。
先ほどと同様に、全員が初期札のペアを捨て終えたところからゲームが始まった。
「そういえば最近とても美味しいお肉を食べたんですけど、心が躍るような気持ちでした」
早速ミレイヌが仕掛けてきた。
数字は使用していないが、明らかに脈絡のない話だ。
「あら、ミレイヌさんはお肉が好きなのね。丁度私の家に使いきれないほどの頂き物のお肉があったと思うから、今度お送りしようかしら?」
「よろしいんですか? ありがとうございます」
レティシアとミレイヌの間のやり取りを注意深く聞いてみる。
(肉……にく……2,9!!)
ミレイヌが要求したのは2と9。そしてレティシアは『肉は余っている』という旨の発言をした。
それが意味することは一つ。
案の定、俺がレティシアからカードを引くと、スペードの2だった。
そして次にミレイヌが俺のカードを引く番だったが、当然のようにスペードの2を引き当て、ハートの2と一緒に捨て札となった。
通しの内容は俺にも筒抜けなのだが、なぜレティシアが俺に特定のカードを引かせることができるか、そしてミレイヌが俺から特定のカードを引けるかが分からない。
その種が分からなければ、ミレイヌが勝利し、俺が敗北する未来は現実のものとなってしまう。
次の順番で俺がレティシアから引く番がやってきた。
俺は今までよりも慎重にカードを選んだが、レティシアは表情一つ変えない。
意を決して一枚のカードを選ぶと、引いたのはダイヤの9だった。
やはりレティシアは俺の引くカードが分かっているようだ。
しかしこれに関しては全く原理が分からないため、お手上げだ。
「イスラ様、どうかされましたか?」
俺が考え込んでいると、次の番のミレイヌから催促が来た。
俺はミレイヌに引かせるべく、自分の手札をかざした。
ミレイヌもまた慎重にカードを選んでいるが、目線が動きすぎている。
(何かを探している……?)
そう思ったのもつかの間、すぐに俺がレティシアから引いたダイヤの9を引かれて、ミレイヌは自分の持っていたハートの9と合わせてそれを捨てた。
「いやーツイてますね」
ミレイヌは白々しくそう言うと、残り少ない自分の手札をノインに引かせた。
状況を整理しよう。
各人の手札の枚数は、俺が5枚、レティシアが7枚、ユフィーが4枚、ノインが5枚、そしてミレイヌが2枚だ。
ミレイヌが次にペアを揃えたら、その時点でミレイヌの勝ちが決まる。
別に誰が勝とうが構わない勝負であるが、このままただ負けるのを受け入れるのは面白くない。
まずはレティシアからミレイヌにカードを流されることを阻止しなければならない。
「お肉といえば、昔高級な牛の肉を購入した際に、料理人が肉切り包丁で捌いたら中身は猪の肉だったことがありました。ろくでなしの商人もいたものだと驚きましたね」
「そんな人もいるのね。本当に“ろくでなし”という言葉がピッタリね」
そしてミレイヌから再度レティシアに通しが入った。
要求したのは間違いなく『6』だ。
それを一体どうやってミレイヌに渡している?
俺はミレイヌとレティシアの様子を注意深く探り、レティシアの不自然な動きが目に入った。
自分がもっているカードの一枚を指で摘まんだ?
俺がレティシアのカードを引く番になり、再び注意深くレティシアのカードを観察した。
よく見ると、一枚のカードの隅に、小さな爪痕が残っている。
そして、何も気が付かなければ恐らく俺はそのカードを引いていた。
これでミレイヌが俺の手札から特定のカードを引けていた理由は分かった。
これならば話は早い。
俺は爪痕のない別のカードを引いた。
そのカードは6ではなく、3だった。
「ミレイヌさん、王都も昔に比べるとかなり治安は良くなっているはずよ。そんなろくでなしはもういないんじゃないかしら?」
「それもそうかもしれませんね」
レティシアは俺が6を引かなかったことをすぐにミレイヌに伝えた。
ミレイヌは先ほどとは打って変わり、無造作に俺のカードを引いた。
レティシアからミレイヌへの通しを寸断したとはいえ、現状有利なのはミレイヌだ。
ここから俺が勝つことは難しいのは変わらない。
そこからは静かにゲームが進んだ。
ユフィーやノインも手札を減らしたが、やはり最初に上がったのはミレイヌだった。
「あ、揃いました。これで私の勝ちですね」
ミレイヌが揃えたのはクイーンのペアだったので、純粋に運が良かったというわけか。
「私も上がったぞ! でも二番かー」
同じ巡でユフィーも上がった。
ポーカーの時もそうだったが、ユフィーは単純に運がいい。
イカサマで手札を減らしたミレイヌに迫る速さで上がった。
「……私も上がりです」
そしてノインも手札を全て捨て、残ったのは練習の時と同じく俺とレティシアだった。
思えば、今回のゲームではユフィーは一度もジョーカーを引いた素振りを見せなかった。
先ほどの練習の時の様子を思えば、ユフィーは自分がジョーカーを持っていれば、必ず顔に出る。
そしてレティシアがジョーカーを誰かから引くとしたら、それは必ずユフィーを経由する必要がある。
(レティシアがずっと持ち続けていたのか?)
つまり、今回の勝負ではレティシアが最初からずっとジョーカーをキープしていたということになる。
俺の残ったカードは1枚、レティシアの残ったカードは2枚。
レティシアは俺に一度もジョーカーを引かせることなく、この局面を待ち続けていたとでもいうのだろうか。
とはいえ、ここで俺がジョーカーを引かなければいいのだ。
レティシアが跡を付けた6の札は既になくなっているため、レティシアの表情以外にカードの中身を判断する材料はない。
俺はレティシアの持っている右のカードに指をかけた。
レティシアの表情に変化はない。
俺は左のカードに指をずらした。
それでもレティシアは眉一つ動かさない。
「イスラちゃん、あまり見つめられると恥ずかしいわ」
挙句、軽口を叩く余裕すらあるようだ。
舐められたものだ。
「申し訳ありません。レティシア様のお顔が美しいので見とれていました」
「あら、ありがとう」
「ですが、もう十分です。これでゲームエンドです!」
俺は自分を鼓舞するように軽口を返し、勢いよく右のカードを引いた。
表面を見ると、そこには数字は描かれておらず、不気味な男のイラストとジョーカーの文字が躍っていた。
「嘘……」
ここにきて本当にレティシアは俺にジョーカーを引かせた。
「残念だったね。イスラちゃん、まだゲームは続くよ」
レティシアは口調こそ変わらないが、口角を上げて楽しそうにしている。
それはただ友人とゲームを楽しむ様子ではなく、猟師が獲物を狩るときのような雰囲気を感じさせた。
(駄目だ。勝てない)
レティシアとは一年近くの付き合いがあるが、今日ほどレティシアを手ごわく感じたことはない。
くじけそうな心のまま、俺はレティシアに手元の二枚のカードを掲げた。
ジョーカーは右。そちらをひかせれば、まだ勝負は五分だ。
しかし右のカードにばかり注意をしていてはいけない。
それではそちらがジョーカーだと教えるようなものだ。
俺は極力注意を分散させてレティシアがカードを引くのを待った。
「それじゃあ、引くね」
レティシアがゆっくりと俺の持つカードに手を伸ばす。
右のカード、ジョーカーにレティシアの手がかかる。
そしてその後、左のカードにもレティシアは指をかけた。
俺は表情を変えずに保った。
さて、どうする、レティシア?
レティシアは一度手を引くと、俺に問いかけた。
「イスラちゃん、今イスラちゃんは何を考えてる?」
「この勝負に勝つための方法です」
「嘘は良くないよ。イスラちゃんはこの勝負、負けると思ってる」
レティシアは余裕の笑みでそう言った。
ブラフの一環だろうが、事実俺はこのままでは勝てないと考えていた。
思考を読まれたことで、妙な緊張感が体を走る。
体が自分のものではないみたいにぎこちない。息をするのも瞬きをするのも上手くできていない気がしてきた。
「落ち着いて。大丈夫。もう勝負はついたよ」
レティシアはゆっくりと左のカードに手を伸ばし、それを指で摘まんだ。
そのカードを引けばレティシアの勝ち。
俺は窮地に立たされた。
「ねえ、こっちが私の上がり札だよね?」
「はい、そうです。どうぞお引きください」
「素直なのはいいことだよ。それじゃあ遠慮なく」
レティシアは散々会話を引き延ばした割にはあっさりと上がり札を引き、自分の手札と共にそれを捨てた。
俺の手元にはジョーカーが残り、敗北が確定した。
俺はせめてもの抵抗で最後の心理戦をしかけたつもりだったが、結果は惨敗だ。
「それじゃあ、今回の勝者はミレイヌさん、敗者はイスラちゃんだね」
レティシアが改めて勝負の結果を宣言した。
俺は放心状態で手元のジョーカーを見つめた。
その後も茶会は続いたが、俺はレティシアに心理戦で負けたことが気になり、全く話が耳に入らなかった。
これから騙す相手にこの体たらくではいけない。
必ず今回の敗因を洗い出し、克服してみせる。
次回投稿日:1月6日(土)予定
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