4.ラスカルからの忠告
前回の話
アバン王子の婚約者であるレティシアと特別な関係(親友)になることができた。
レティシアと『親友』になったことで新たに生じた問題がある。
それはレティシアの取り巻きからの圧力だった。
レティシアが開催する茶会等の集まりに参加した時に、彼女はあからさまに俺に話しかける頻度が増えた。
レティシアには他の人の前では特別な扱いはしないでほしい旨は伝えているし、彼女もそれを了承したが、それでも本人にとっては無自覚な俺への好意が表れてしまっている。
それは昔からレティシアの周囲にいる人間からしたら面白くはないだろうことは容易に想像できる。
「イスラさん、少しお話よろしいかしら?」
昨日、レティシアの屋敷で開催される茶会に参加した時に、レティシアが席を外したタイミングで取り巻きの筆頭であるラスカル・マテリアル侯爵令嬢に話しかけられた。
年はレティシアと同じだったはずなので俺の2つ上だったと思うが、年齢以上に大人びた雰囲気の女で、背が高く、体の線が細いモデル体型でありレティシアほどではないが顔もいい。取り巻き連中の中では教養もある方で、中々の女ではあるのだが愛想に欠けるのが玉に瑕だ。
「もちろんです。けど、ラスカル様が私に話かけてくださるなんて珍しいですね」
俺はこの時点でなんとなく要件は分かっていたので心の中でため息をついていたが、あくまで笑顔で言葉を返した。
「イスラさん、あなた今日はやけにレティシア様と親しげにお話しておりましたね」
「はい。私のような者にも優しく接してくださるなんてレティシア様は素敵な方です」
「ええ、そうね。だけどレティシア様は将来は王妃になられるお方よ。親しくする相手にはそれ相応の格が求められるべきだと私は思うの」
口調は穏やかさを保っていたが、声は冷ややかだったし、目線も俺を射殺さんばかりに睨んでいた。
要は調子に乗るなと釘を刺しに来たのだ。うん、知ってた。
分かってはいたが、あまりに予想通りの難癖に改めて心の中でため息をついた。
「格……ですか」
「ええ。格と言っても様々な形があると思いますが、あなたにはレティシア様と親しく接する格は備わっていないように見えます」
ラスカルはやけに曖昧な物言いをしてきたが、どういうことだ。
ラスカルが言うには俺はレティシアの友人には不適格らしいが、他の取り巻きはオッケーなのか?
まあ、理由なんてなんでもいいのだろう。
要約すると、いきなり現れた身分の低い貴族の娘がレティシアと仲良くしているのが気に入らない、ということだ。
「ご指摘いただきありがとうございます。自分の未熟さを恥じるばかりです」
「分かっているならばそれでいいの。これから精進なさい。それまではレティシア様に近づくことは許しません。あなたのような人の相手をしなければならないレティシア様が気の毒ですから」
ラスカルは話は終わったと言わんばかりに俺から視線を外して静かに茶を飲んだ。
俺はすかさず他の取り巻きの様子を見た。
俺に対して敵意を持っていると思われる者、同情的な目を向けてくる者、何も気にしていない者と反応は様々だった。
(こいつらも一枚岩ではないな)
面倒だが、こいつらの相手も考えなければならないようだ。
肝心な時に邪魔をされてはかなわない。
敵は少なければ少ない方がいい。
「みんなごめんね。庭師が倒れたと聞いたから様子を見に行ったの」
自分を巡ってそんなやり取りがあったことなど露知らず、離席していたレティシアが戻ってきた。
そしてすかさずラスカルが口を開く。
「それは大変でしたね。しかし庭師にも優しくされるそのお姿、やはりレティシア様は素晴らしい方です」
「ラスカルはいつも大げさ過ぎ。庭師だって私のために働いてくれるのだから私にとっては大切な人のうちの一人よ」
「レティシア様に仕えることができる者は幸せ者ですね」
先ほど俺に接していたような冷たい態度はどこへやら、ラスカルはレティシアを笑顔で迎えた。
そしてレティシアが“みんな”に話しかけた時には当然の権利のように一番に返事をした。これは今回だけではなく、以前からそういう場面が何度かあった。
「イスラちゃん、そんなにラスカルの方を見てどうしたの?」
俺がラスカルのことを観察していると、レティシアが俺に話を振ってきた。
よりにもよってこのタイミングでか。
「私の言いたいことをラスカル様が全て仰って下さったので、驚いておりました。私も平民の生まれであったならレティシア様の使用人になりたかったです」
「まあ。イスラちゃんみたいな可愛い使用人なら大歓迎よ。けど今はお友達でしょう。使用人になりたいだなんて悲しいこと言わないで」
「失礼いたしました。失言でした」
「もう、イスラちゃんったら」
レティシアがクスクスと笑い、それにつられて取り巻き達も合わせて笑った。
しかしその間もラスカルは顔は笑いながらも終始俺を憎々しげに睨むのだった。
その時の茶会は最後まで居心地の悪さで茶の味など全くしなかった。
帰ってから早速取り巻き連中のプロフィールを確認した。
(読書会の直後から調べ初めていて良かった)
取り巻きは正直どうでもいいと思っていたが、こうなってしまった以上あまり放置もできない。
早めに手を打った方が良さそうだ。
数か月前から少しずつ集めていた紙束に改めて目を通した。
まずはラスカル・マテリアル侯爵令嬢。取り巻きの中で一番身分が高いため、他の連中よりも優位な立場にある。行動理念はレティシアへの敬意。要は信者だ。
次にユフィー・グリーア伯爵令嬢。身分はラスカルの次に高いが、読書会でまともに本を読めないくらいには馬鹿だ。行動理念は不明。恐らく親の命令でレティシアの金魚の糞をやっているだけだろうが、レティシアのことは慕っているようだ。
三人目はアンリ・ランカスター伯爵令嬢。ユフィーと同じ伯爵令嬢ではあるが、家の格で言うとユフィーの家であるグリーア家の方が上らしい。しかしユフィーは自分の身分や他者との優劣には無頓着なので、実質アンリがこの取り巻きのナンバー2ということになる。
行動理念は読めない部分が大きいが、彼女はとにかくラスカルのイエスマンなので、個別に対応を考える必要は薄そうだ。
四人目はノイン・ヴァレンシュタイン。彼女は貴族ではないが、父親が中央裁判所での裁判官の職に就いている。中央裁判所では王族や貴族の犯罪を取り扱うケースもあるようなので、彼女も親から貴族とのコネ作りのために命令されてここにいるような雰囲気を感じる。
実際ノインはこの取り巻きグループには似つかわしくない知性の高さを見せることがあるが、その度にラスカルから睨まれているためか口数は少なく本心は不明だ。
そして最後がミレイヌ・リベール男爵令嬢。貴族の中では唯一俺よりも下の男爵家の令嬢だ。
しかし、リベール家は近年魔道具の開発、販売で金銭面で急激に成長をしており下手な上位貴族よりも裕福な生活をしているという噂だ。
金はあっても身分が低いという貴族はとにかく身分の高い貴族との繋がりを作ろうとするもので、彼女も例に漏れず両親からの指示で貴族との関係構築のためにレティシアに接近したのだろう。
以上がレティシアの取り巻き五人の簡単なプロフィールだが、こうして見ると対策が必要なのはラスカルだけで、他の四人はなんとでもなりそうだ。
そして何よりレティシア本人も俺の味方につけることは難しくない。
近いうちにラスカルを排除するための策を実行しよう。
(それよりも今はレティシアのことだな)
昨日は取り巻きも参加した茶会だったが、今日この後レティシアとの二人の密会がある。
『親友』になってから初めての逢瀬だが、まだまだ下手を打てばレティシアの信頼を失う可能性は十分にあるため油断は禁物だ。
そろそろ時間だ。レティシアの機嫌を取りに行こう。
「イスラちゃん、いらっしゃい」
レティシアの屋敷に着いた俺をレティシア自ら屋敷の入り口まで迎えに来た。
「レティシア様から直々にお迎えいただけるとは。感激の極みです」
「少しでも早くイスラちゃんに会いたかったから。それより早く部屋に行きましょう」
レティシアは俺の手を取り、スキップでもしそうな勢いで屋敷の廊下を歩き始めた。
「さあ、入って」
レティシアに連れられて訪れたのはいつもの広間ではなく、2階の奥にある部屋だった。
言われるがまま部屋に入ると書斎机、鏡台、ベッドなどが置いてあった。
「もしかして、ここはレティシア様の自室ですか?」
「うん。ここに家族と使用人以外の人が入るのはイスラちゃんが初めてだよ」
俺の問いかけにレティシアは照れくさそうに答えた。
窓際にテーブルと、それを挟んで椅子が二脚置いてあり俺はその椅子に座るよう促され、レティシアはその正面の椅子に腰かけた。
「私の部屋はどうかしら? 変じゃない?」
「落ち着いていて居心地の良さそうな部屋ですね。この机と椅子は私のために用意して下さったのでしょうか?」
「あは、やっぱり分かっちゃった?」
レティシアに自室の感想を求められたが、殺風景な部屋だというのが正直な感想だ。
部屋の中の家財は必要最低限のものしかなく、装飾もほとんどないものばかりだ。
そんな中でこの机と椅子だけが華美な装飾があり、明らかに部屋の雰囲気から浮いている。
俺でなくとも来客用に用意したものであることが丸わかりだ。
「それよりもイスラちゃん、私一つイスラちゃんに言いたいことがあるんだけど」
部屋についての話題がひと段落した頃、レティシアは真剣な顔で俺に切り出した。
一体何のことだろうか。レティシアの口ぶりや表情から察するに、話の内容は俺に対する不満であると思われる。
必死に頭を巡らせて原因について考えを巡らせたが、思い当たる節がない。
こういう時の最善手はあらかじめ相手の不満や怒りの原因に先回りして謝罪することだが、今回はそれができそうにない。
後手後手の対応になるのは仕方ないと割り切り、ひとまずレティシアの話を聞こう。
「イスラちゃん、昨日のお茶会の時に私じゃなくてラスカルの方ばっかり見てたでしょ。私という親友がいるのに他の子のことばかり気にするのは良くないと思うな」
レティシアはジトっとした目でこちらを見ながら昨日の俺の態度に文句を言ってきた。
正直言って予想外の申し出だったが、理解できる範疇の話ではある。
せっかくできた『親友』が他の子のことばかり気にしているのが面白くなかった、ということだ。
レティシアは俺が思った以上に独占欲が強いタイプの女なのかもしれない。今後の彼女の行動予測に生かしていこう。
「申し訳ありませんでした」
「別にいいんだけどさ。ラスカルは大人っぽくて美人だしいい子だし、イスラちゃんが気になるのは分かるよ」
レティシアは俺がラスカルとも特別な友人になろうとしていると誤解しているのだろうか。
そういう誤解は早めに解いておかなければ後々面倒だ。
「確かにラスカル様も素敵な方ですが、私はレティシア様の親友です。レティシア様より優先する相手などいません」
「本当? ならいいんだけれど」
レティシアが欲しいであろう言葉をかけてやったらすぐに機嫌を直した。
こういうタイプを相手にする時は、しっかりと安心させるような言葉をかけてやることが大切だ。
それはさておき、レティシアはラスカルのことをかなり評価しているようだ。
ラスカルもレティシアの前では猫を被っているし、仕方ないか。
本当であればレティシアの口からラスカルの情報を聞きだしたいとも思っていたが、今日その話題を出すのはあまりにも危険だ。
いずれにしてもレティシアがいざという時には俺の味方になってくれるようにしておけばラスカルとの勢力争いに負けはない。
その点においてはこちらが有利だ。
(せいぜい頼むぜ、親友)
祈る気持ちでレティシアの顔を見ると、丁度俺の顔を眺めていたレティシアと目が合い、彼女は嬉しそうにはにかんだ。
「なんだか安心したらお腹が空いてきちゃった。美味しいお茶とお菓子があるの。一緒に頂きましょう?」
レティシアは使用人を呼ぶと、茶と菓子を用意させた。
昨日の茶会の時は味など分からなかったが、今日は俺でも分かるくらい上質で旨いと思えた。
その日はただただレティシアと雑談をしたのちに解散となったため、特筆することはないのだが、ただ一つ気になったのは茶と菓子を用意した使用人の目だ。
始めてレティシアと二人で会う約束をした時に、屋敷の中を案内してくれた美人の使用人と同一人物だったが、レティシアの部屋まで入ってきたということは彼女の専属侍女なのだろう。
以前会った時もそうだったように、感情を表に出さない人だったが、俺に茶を淹れてくれた時にふと目が合い、その時に深い憎しみを向けられているような気がした。
そう思ったのは一瞬で、すぐに無表情に戻ったので気のせいだったかもしれないが、なんとも嫌な感じがしたものだ。
レティシア一人と親しくなるのに一体何人の敵ができるのか。
人気者に取り入るには面倒が多いのは仕方がない。
しかしせめて俺の邪魔だけはしないでほしい。
俺はあの使用人が俺に余計な手出しをしないよう祈ることしかできなかった。
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