39.ジョーカーゲーム(1)
前回の話
イスラが見た夢の話
レティシアが開催するいつもの茶会でいつものメンバーでの談笑をしていた時の事。
「ポーカー? それなら私も知ってる! この前みんなでやった奴だ!」
ふとした拍子にトランプの話になり、ユフィーがポーカーの話題に触れた。
「みんなでやった、っていつのことかしら。私はそんな記憶ないけれど」
そしてレティシアはユフィーのこういった発言を絶対に聞き逃さない。
俺は慌ててフォローを入れた。
「以前レティシア様のお誕生日のプレゼントを何にするかを決めるために四人で集まったことがありました。その折に、たまたまトランプでも遊んだのです」
「そう。そんなことがあったのね」
あくまでレティシアをのけ者にしたわけではないことを強調し、四人で集まる必然性を伝えたら、レティシアはすぐに納得してくれた。
レティシアはこういった人間関係には敏感だが、正しい理屈で説明すれば分かってくれるので、その点はありがたい。
「でも、やっぱり私だけ仲間外れにされたみたいで悲しいわ。せっかくだし、今から五人でポーカーをして遊びましょう」
しかし、それはそれとしてこういった話の流れになることも容易に想像できた。
まあ、カード遊びくらいは許容すればいいか。
「ポーカーするってことは、また勝てば皆でテニスできるのか!?」
ポーカーで遊ぶということにユフィーが反応した。
確かに前回はポーカーの勝者が次の遊びの内容を決められる、としていたのだ。
前回勝者となったユフィーはテニスで遊ぶことを提案し、他のメンバーはそれに従うこととなった。
「テニス? 一体何のことかしら?」
「この前はポーカーで勝った人が他の人に好きな命令ができるルールだったです!」
「ふーん、そうだったのね」
前回のポーカーの際にいなかったレティシアはユフィーから勝者の特権の話を無表情で聞いていた。
レティシアは数秒ほど何かを考えたかと思うと、得意の完璧な作り笑顔で俺たちに提案をしてきた。
「なら、今回もそのルールを採用しましょう。勝った人が一番役の低い人に好きなお願いをできるということにしましょう。もちろん、非常識なお願いはなしよ」
俺は嫌な予感を感じ取ったが、反対する材料がないので反論をできずにいた。
俺がレティシアの意図を考えていると、レティシアは話を進めた。
「それじゃあトランプを持ってくるから少し待っていて。あと、ミレイヌさん、よければ一緒に付いて来てくれないかしら?」
「?はい。かしこまりました」
当たり前だがレティシアの屋敷には数多くの使用人がいる。
使用人にトランプを持ってこいと一言命じれば、令嬢であるレティシア本人がトランプを用意する必要などないのだ。
しかも何故かミレイヌを連れて行った。
何か意図があるのは明白だが、一体どういうことだろうか。
その後、たっぷり時間を使ってレティシアとミレイヌが戻ってきた。
そしてレティシアは自らシャッフルをしながらユフィーに語り掛けた。
「そういえば、ユフィーはポーカーをやったことがあると言っていたけれど、役はちゃんと覚えているの?」
「はい! ペアを作ればいいんですよね!」
思えばユフィーは前回のポーカーの際も自分の役がフルハウスであることに気が付かず、スリーカードと言っていた。
細かい役のことなど頭に入っていないだろう。
「その感じだと覚えていないわね。もしかしたらもっと簡単なゲームの方がいいかもしれないわね」
ユフィーの言葉にレティシアが呆れた様子でそう返した。
それに対し、すかさずミレイヌが発言をする。
「レティシア様、それでしたらジョーカーゲームはどうでしょう?」
「ジョーカーゲーム? それはどういったゲームかしら?」
「トランプは全部で52枚ありますが、それにジョーカーを加えると53枚になり、奇数となります。それを全て配り、同じ数が揃ったらペアで捨てていきます。ペアがなくなったら隣の人のカードを引いたり、逆にひかせたりしてペアを作り、最後にどのカードともペアにならないジョーカーを持っていた人の負け、という簡単なルールです」
「なるほど、それはいいわね。せっかくだし、今回はそのジョーカーゲームで遊びましょう」
二人はわざとらしい口調でゲームのルールを説明してくれた。
会話の流れからすっかりポーカーではなく、ジョーカーゲームに変更になる流れだ。
レティシアはこの競技変更の根回しでミレイヌを呼び出したのか?
何にせよ、話を聞く限りではやはり運の要素が強く、明確な勝ち筋はなさそうだ。
負ける確率は単純計算で五分の一。しかも負けたところでちょっとした罰ゲームがあるくらいで大したデメリットもない。
ここはレティシアの策に嵌ってやろう。
「みんな初めて遊ぶゲームだし、最初の一回は練習で、次を本番にしましょう」
レティシアは自らカードを配りながら全員にそう告げた。
何故一度練習を挟む必要があるのだ?
前回、カードを配る役を買って出て、イカサマを仕込んだミレイヌがここにきて黙っていることも気になる。
不信な点は多いが、やはりおかしなことを言っているわけではない。
俺は大人しくルールに従い、配られ終えたカードを確認し、ペアになっている数字を捨てた。
全員が最初に配られた札の中のペアを全て捨て終えたところで、いよいよゲームが始まった。
最初は俺がレティシアのカードを引くところから始まった。
引いたカードでもペアは揃わない。
次に俺は反対隣のミレイヌにカードを引かせた。
同じように、ミレイヌの次はノイン、ノインの次はユフィー、ユフィーの次はミレイヌという順番で一巡した。
まだまだ全員カードを複数持っている状況ではある。
「そういえば、最近は春になり木々も葉を付けていますね」
ゲームの最中だが、唐突にミレイヌが話を切り出した。
「そういえばそうね。春になって温かい日が続いているものね。最後に寒かったのは何日くらい前だったかしら?」
「8日ほど前ではないでしょうか?」
ミレイヌの言葉にレティシアが返事をする。
この会話にはどんな意味がある? なぜ今更そんな話をした?
俺は記憶を遡ったが、最後に寒いと感じたのは二週間以上前だった気がする。
もちろん気温の感じ方には個人差があるものの、会話の内容はかなり不自然だ。
俺は考え事をしつつも、ゲームの進行のためレティシアのカードを引いた。
引いたのはハートの8。俺の手札には8はないので捨てられる札はない。
そして順番に従い、ミレイヌが俺の手札を一枚引いた。
ミレイヌはペアが揃ったようで二枚の札を捨てた。
そのカードはハートの8とクラブの8。
瞬間、俺の頭に一つの可能性がよぎる。
(まさかこいつら、『通し』をしてる……!?)
通しとは暗号のようなもので、今回の場合、木の話題を出したということは葉の意味を持つクローバーのことを指し、8日前というのは数字の8を意味していた。
つまり、クローバーの8を持っているので、他の柄の8を流せ、という意味だったのだ。
レティシアが最初の一回を練習にしたのは通しの練習のためだった?
しかし証拠がないので俺は黙ってゲームを続けた。
そこからさらに数巡すると、ユフィーが声を上げた。
「うげ」
ノインからカードを引いたユフィーは明らかに顔をしかめた。
これでは自分の手元にジョーカーを引いたのが丸わかりだ。
いくらルールが簡単でもこのゲームもユフィーには向いていないな。
そしてレティシアがユフィーのカードを引く番になったが、レティシアはどのカードを引こうか慎重に選んでいる。
「あ」
そのうち一枚のカードを引こうとしたときに、ユフィーは明らかに顔を輝かせた。
恐らくそのカードがジョーカーだ。
これではジョーカーを引かせることができるはずなどない。
しかし、あろうことかレティシアは迷うことなくそのカードを引いた。
ユフィーは嬉しそうにしているが、対照的にレティシアは一切の表情変化が見えない。
俺から見るとあまりに不気味な光景だ。
その後は特におかしなところもなくゲームは進み、ユフィー、ミレイヌ、ノインの順番に上がり、最後は俺とレティシアの二人だけになった。
俺の手札は残り一枚。レティシアの持つ二枚のカードから俺は無造作に一枚を抜き取り、そしてそれは俺の持つ数字の札と一致した。
「あら、今回は私が最下位ね」
レティシアは全く残念そうな素振りを見せずに負けを認めた。
確かにこれはまだ練習だ。負けても何も問題はない。
しかしそれよりも俺には気になることがあった。
(俺の手元には一度もジョーカーが来なかった)
あの時、レティシアはユフィーからわざとジョーカーを引いていたのは明らかだ。
しかし、その後俺に引かせることなくゲームは終わった。
もしもレティシアがこの練習で初めから負けるつもりだったとするならば恐ろしい事実が明らかになる。
(レティシアは俺がどのカードを引くかを完璧に理解している?)
特定のカードを引かせないようにできるのであれば、当然その逆も然りだ。
つまりレティシアは好きなタイミングで俺にジョーカーを引かせることができるということになる。
「それじゃあ、次は本番ね。確認だけど、最初に上がった人が最後までジョーカーを持っていた人に好きなお願いをできるっていうルールだからね」
レティシアが淡々と次のゲームの開始を宣言する。
俺はとんでもないゲームに参加してしまったことを後悔するも、もはや手遅れであることを恨んだ。
しかし俺も詐欺師の端くれ。
騙し合いで負けるわけにはいかない。
俺は密かに心の内で闘志を燃やした。
次回投稿日:1月3日(水)予定
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