38.イスラの初夢
前回の話
イスラは前世の記憶を元に、ミレイヌと新しい魔道具である魔動車を開発し、ナスルにその有用性を認めさせた。
「イスラお嬢様、お手紙が届いています」
「ありがとう、メッツ。誰からかしら?」
「マクニコル様です」
「ナスルから? 先日会ったばかりのはずだけど」
魔動車のお披露目から三日後、ナスルから手紙が届いた。
魔動車の件はミレイヌとやり取りをしてもらうはずだし、他の要件であれはこの前会った時に話してもらえばよかったはずだ。
一体何の用かと思って手紙を読んだ。
『イスラ様へ。先日お会いした際にお伝えするのを忘れていた件がございます。以前にご提案いただいていた新しい娯楽の件です』
手紙の内容を確認して俺も今まで忘れていたナスルへの提案を思い出した。
ある日見た夢の内容を参考に、ナスルに新しい娯楽の提案をしていたのだ。
そう。あれは丁度年が変わる日の夜に見た夢だ。
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「イスラ、早く起きなさい」
朝。俺はフカフカの布団の中で寝ているところを誰かに起こされた。
目が覚めるとそこは屋敷の自室ではなく、狭い個室のベッドの上だった。
俺を起こしたのは母親だ。
「今起きる」
「早くしないと遅刻するわよ」
時計を見ると確かにそろそろ起きないと遅刻する時間だ。
……いや待て。
なぜ母親が俺より早く起きている? なぜ俺を起こす? 遅刻すると思ったが、何に?
疑問は尽きないが、体は勝手に動き出す。
寝巻から制服に着替えて、歯を磨き、顔を洗い、パンを口に入れて家を出た。
「いってきます!」
そうだ。俺は学校に行かなければならないんだ。
どうしてそんな当たり前のことを忘れていたのだろう?
「おはよう、イスラちゃん」
自分のクラスの教室に入ると、クラスメイトのレティシアが挨拶をしてきた。
レティシアはクラス委員長を務める才女で、勉強も学年トップクラス、運動も得意な人気者だ。
しかもおまけに滅茶苦茶に美人で性格もいい。
神は二物を与えないとは言うが、全てを与えられた女がここにはいる。
「レティシア様、おはようございます」
「……なにそれ? 何かのごっこ遊び?」
俺も挨拶を返すと、レティシアはきょとんとした顔をした。
確かに言われてみると、どうしてクラスメイトに様なんて付けていたんだ?
「ごめん、レティシア。寝ぼけてただけ」
「そっか。びっくりした。夜はちゃんと寝ないとだめだよ。それよりさ、昨日のテレビ見た?」
挨拶の件はレティシアも気にしていないようで、すぐに別の話題に移った。
レティシアは人気者のくせに何故か私みたいな日陰者に積極的に話しかけてくる。
最初は私のようなやつがクラスに馴染むよう、委員長の仕事として接しているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
レティシアは本当に楽しそうに俺に話しかけてくれる。
彼女の真意はわからないが、悪い気はしない。
俺がレティシアと仲良くおしゃべりしていると、次第に他の生徒も教室に入ってきた。
「イスラ、レティシア、おはよう!!!」
その中で一際大きな声が教室内に響いた。
その声はクラスメイトのユフィーのものだった。
ユフィーは俺にずかずかと近づいてくると、椅子に座っている俺の肩に気安く手を置いてきた。
ユフィーはテニス部のエースで、俺も彼女の試合を見に行ったことがあるが、素人目にも上手いことが分かるほどだった。
朝練を終えてきたからか、ほのかに汗の臭いがするが、すぐに制汗剤の香りによって打ち消された。これが青春の匂いってやつなのだろうか。
「おはよう、ユフィーさ……ユフィー」
俺も挨拶を返したが、やはり『様』を付けそうになってしまった。
……疲れているのだろうか。
「今日の一限はなんだっけ? 体育?」
「数学だよ」
「うげえ」
ユフィーは運動は得意だが、勉強は壊滅的に苦手だ。
試験前はいつも私やレティシアが面倒を見ている。
一限から頭を使う科目なのを知ってユフィーは渋い顔をした。
「……おはようございます」
「おはようございます!」
始業の時間が迫る中、ノインとミレイヌが教室に入ってきた。
最近はこの五人でつるむことが多い。
物静かで、文学少女っぽい雰囲気のノインと、小柄で可愛らしく、人懐っこいミレイヌもまた、俺やユフィーとは違うタイプの性格だが、レティシアの周りに自然と集まるようになった。
やっぱりレティシアの人望はすごいな。
『キーンコーンカーンコーン』
そんな風に考えていると始業の鐘が鳴り、先生が入ってきた。
「皆さん、席に着いて下さい」
そう言って入ってきたのはメッツだった。いや、メッツ先生か。
若くて美人でしっかり者で、生徒からも人気の先生だ。
俺も何故か他の先生より親しみを感じるのはその人柄のせいだろう。
「起立、礼」
そして委員長のレティシアの号令で一日が始まった。
……はずだった。
「それでは、みなさん気を付けて帰ってください」
しかし次の瞬間、気が付くと時間は放課後まで進んでおり、メッツ先生は俺達に帰宅を促した。
今の礼は終礼だったようだ。
何がどういうことか分からないが、知らぬ間に授業が終わっていたのはありがたいことなので気にしないことにしよう。
俺は帰り支度をして帰宅しようとしていたら、レティシアに声をかけられた。
「イスラちゃん、どこに行くの?」
「どこに……って授業が終わったから帰ろうかと」
「えー! 今日はみんなで遊びに行くって約束してたよね!? まさか忘れてたの!?」
レティシアはとても驚いた様子で俺のことを見た。
遊びに行く約束? そんなのあったっけ? あったかもしれない。
いや、確かにあった気がする。なんで忘れていたのだろう。
「ごめん、そういえばそうだった」
「なんだか今日はイスラちゃん、様子が変だったけど大丈夫? もしかして体調が悪い?」
レティシアは今度はやけに心配そうな顔をしたかと思えば、手のひらで俺のおでこに触れた。
「熱はなさそうだけど、他に変なところはない?」
「ううん、大丈夫。なんか今日はボーっとするだけ。心配かけてごめんね」
「ならいいけれど。無理はしないでね」
今日は自分でも分かるほど何かがおかしい。
しかしそのおかしさの理由は分からない。
俺は悶々とした気持ちを抱えつつもいつもの四人と遊びに出かけた。
楽しく遊べばこの違和感も消えてなくなるに違いない。
俺達が遊びにやってきたのは、国道沿いの複合娯楽施設だ。
遊びの時はここに来るのが定番になっている。
「最初はボーリングにしよう!」
ユフィーの提案で俺達はボーリングをすることになった。
俺、ノイン、ミレイヌの三人はたまにストライクやスペアを出すものの、ガターも珍しくなく、全員100以下のスコアに落ち着いた。
運動が得意なレティシアとユフィーはボウリングも上手く、最終的にはレティシアは150、ユフィーは180近くのスコアで終わった。
「イスラにも今度コツを教えてやるから、また来ような!」
好スコアを出したユフィーは上機嫌でそう言った。
何故だか俺はこんなやり取りを以前にもしたことがあるような気がしたが、詳細は思い出すことができなかった。
「次はゲームコーナーに行きましょう!」
ボウリングの後はミレイヌの提案でゲームコーナーに向かった。
ゲームコーナーにはUFOキャッチャーや太鼓型の筐体など定番のゲームが並んでいた。
煌びやかな筐体の数々を俺は不思議と物珍しい気持ちで眺めたが、こんなにありふれた光景を今更すごいと感じた自分の感性に驚いた。
「……この問題の答えはCです」
いくつかのゲームを遊んだが、中でもクイズゲームではノインが大活躍だった。
レティシアも勉強は得意だが、ノインは学校で習う知識以外にも本を読んで得た教養を豊富に持っている。
そして最後にミレイヌの提案により、全員でプリクラを撮ることになった。
俺は最初、何をする場所なのかもわからず、オロオロしていたので、出来上がった写真の中の俺はひどく不安そうな顔をしていた。
「イスラさん、もしかしてプリクラ苦手だった?」
写真の俺の表情を見てミレイヌが気を遣ってくれたが、まさかプリクラで何が起こるか分からず不安だったとは言えない。
プリクラですることなんて写真を撮ることしかないのに。
「ううん。なんか画面の端に他の人の顔が映った気がして怖かっただけ」
「ええっ!! 早く言ってよ!! 私まで怖くなってきちゃった!!」
上手い言い訳が思いつかず、適当なことを言ったら逆に怖がらせてしまった。
ミレイヌは写真の俺など比にならないほど不安そうな顔をして青くなっていた。
ミレイヌ、すまん。
「じゃあ最後はカラオケに行きましょう」
俺達の遊びの最後は大体カラオケに行くのが定番となっている。
今回もその例に漏れず、レティシアがそう提案してきた。
いつもと同じような個室で同じような歌を歌うのだが、親しい友人とのカラオケは何度行っても楽しいものだ。
「次の曲は私だね」
盛り上がった空気の中でレティシアが入れた曲が流れ始める。
しっとりとしたバラードのような曲だ。
この曲は聞くのは初めてかもしれないけれど、テレビでも聞いた記憶がない。
一体何の曲だろうか。
分からないが、レティシアは歌も上手いので聞いていて心地よい。
自然と瞼が重くなってくる。
そして視界が完全に暗くなった時になってようやく思い出した。
(俺はこの曲を知っている……!)
この曲は以前レティシアが俺の見舞いに来た時に枕元で歌ってくれた歌だ。
突如俺の頭の中に浮かんできた屋敷での出来事の記憶。
(屋敷? 屋敷ってどこ? 王都だ。 じゃあ、ここは一体どこ?)
混濁する記憶に飲まれながら、俺は次第に意識を失った。
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起きた後の俺は少しの間ボーっとすることしかできなかったが、前世の記憶が絡んでいることに思い至り、すぐに夢の内容を紙に書き留めた。
しかし夢の中の出来事の記憶などすぐに霧散してしまい、辛うじて覚えていたことと言えば、楽器がないにも関わらず、どこからか音楽が流れる個室で歌を歌ったことくらいだった。
……自分で言っておきながら荒唐無稽な話だ。
とはいえ、楽しかったような気はするので、新しい遊技としてのアイデアに活用できないか、念のためナスルに相談していたのだ。
ナスルからの返事には俺の相談に関して次のように書かれていた。
『ご提案ありがとうございます。しかし恐れながら実現性が低いと判断したため、今回は不採用とさせていただきます』
残念でもないし、当然の回答である。
所詮は夢の出来事の話。
俺はこれからも現実を生きていくだけだ。
次回投稿日:1月2日(火)予定
新年あけましておめでとうございます。
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