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37.ビジネスコンサルティング(2)

前回の話

イスラは前世の記憶を元に、ミレイヌと新しい魔道具の開発を行った。


※誤字報告いただいた方、ありがとうございます。

冬の寒さを忘れるほどに春の陽気を感じるようになったが、冬の終わりは即ち新しい年度の始まりを意味する。


商人は昨年度の売り上げを集計し、どれほどの利益を上げることができたかを細かく集計する区切りの時期だ。


今やこの国で一番の大商人といっても過言ではない男、ナスル・マクニコルも例外ではない。

彼もまた出資者や協業者への報告のため、忙しくしているようだが、俺の屋敷にもやってきた。


「イスラ様、本日は先期の決算のご報告に上がりました」

「ありがとう。その様子だと調子はいいみたいね」


数か月ぶりに会ったナスルは以前よりも少し痩せたように見えるが、目は力強い意志を持っている。

痩せているのは食事の時間を惜しんで駆け回っているからに違いないし、赤字の商人はこのような目はできない。


「おかげ様で先期も先先期と比べて増収、増益を達成しております」

「流石ね」


普段のナスルは冷静で表情の変化に乏しい男だが、今日は口角を上げて商売の成功を報告してきた。

目の下に隈も見えるので、寝不足によって一時的にハイになっているのかもしれない。


その後、ナスルは資料を交えつつ、好調の理由を街道の整備による地方への商圏拡大と、王都の貴族連中との取引増加であることを説明してくれた。


「素晴らしい成果ね。あなたが成功してくれると、私も助かるわ」

「今回の成功はイスラ様のご助力なしにはなしえませんでした。特にフローリア公爵家と取引をできたことで、他の貴族の方との商談も格段に楽になりました」


以前にもその話は聞いてはいたが、どうやら俺が思っている以上にレティシアへの紹介は効いたらしい。

思わぬ貸しを作れたことは俺にとっても嬉しい誤算だ。


「逆に今後の課題などはあるのかしら?」


今やこの国の卸売、輸送のほとんどを支配するほどの規模になったナスル商会ではあるが、課題がないわけがない。

むしろここからが俺が描いているシナリオの話になる。


ナスルは少し眉間に皺を寄せて『このことは他言無用でお願いします』と前置きした上で、苦々しい顔で答えてくれた。


「我々の商会では輸送のコストが近年爆発的に増大しています。理由は広い地域での商品の仕入れ、搬送のための馬車の確保です。馬車を引く馬は一度長距離を移動させるとしばらく休ませてやる必要がありますが、その間も餌代は必要です。また、馬を使うことができる御者は平民にはあまりおりません。それをいいことに、馬車組合が結託して御者の報酬増額を要求しているのです。こちらとしては不必要な出費は抑えたいですが、彼らが馬車を動かすのを止めた方が大損害なので、慎重に対応せざるを得ない状況なのです」


説明を終えるとナスルは深くため息を吐いた。

俺はそんなナスルの顔を笑顔で見つめ返して提案をした。


「丁度良かった。そんなあなたに『いい話』があるの」


俺はナスルを連れて屋敷の庭までやってきた。


俺は事前情報としてナスルが馬車の確保に難儀していることや、御者の報酬増額要求の件は知っていた。

それをあえて本人の口から言わせたことで、自然な流れでこちらからの提案を受け入れさせようという意図だ。


「イスラ様、今更あなたの提案を疑うわけではありませんが、一体何をされるおつもりですか?」

「見れば分かるわ」


ナスルは俺が突然外に連れ出したことを不信がっている。

しかし、こればかりは実際に見てみなければ、そのインパクトは伝わらないと判断した。


そして少し待つと、“それ”は俺達の前に現れた。


ベッドほどの大きさの金属板に備え付けられた四つの車輪が付いた馬車の荷車のような機構。

しかし馬車と異なるのは、その機構は誰が引くでもなく、自力で走行していた。

金属板の上には魔道具の起動用の魔法陣が描かれた石板が備え付けられており、上に乗っているミレイヌが魔力を供給することで走っている。


ナスルは目を見開いて驚きを露わにした。


「これが私……いえ、私たちが提案する、馬車に変わる新しい輸送手段。その名も魔動車よ」


俺は呆然としているナスルにこの機構の名前を教えてやった。


魔動車に乗って現れたミレイヌは、俺達の近くまで来ると車を降りてナスルに声をかけた。


「ナスル様、ご無沙汰しております。ミレイヌ・リベールです。ナスル様は私のことを覚えていらっしゃいますか?」


以前、俺はナスルにミレイヌのことを紹介していた。

しかしその時はナスルはミレイヌのことを気にも留めていなかった。


「覚えていないかもしれませんが、以前お会いした際、ナスル様は確かにこのように仰いました」


まだ同様で言葉が出ないナスルを無視してミレイヌは言葉を続けた。


「『もし私の新しい商売がナスル様の利益になるようであれば共に事業を展開することも検討します』と。私、その時にそのお言葉をお忘れなきよう念押しさせていただきました。イスラ様も聞いていらっしゃったと思います」


あの時のことは俺も覚えている。ナスルは確かにミレイヌにそう言った。

ミレイヌの事業の成功は俺にとっても悪い話ではないので、微力ながら援護してやろう。


「さっきの話であなたの今年の課題は馬車の確保と言っていたわね。いっそのこと馬車の運用を止めて魔動車に切り替えるというのはどうかしら。これなら魔力を持つ人間ならば誰でも扱えるし、餌代も不要。ごちゃごちゃ文句を言ってくる馬車組合の連中に仕事を与える必要がなくなるなんて痛快じゃない?」


俺はナスルが先ほど挙げた課題を、魔動車によって解決できることをアピールした。


ナスルも段々と冷静さを取り戻したようで、俺の話を真剣な顔で聞いた上で、顎を手でさすりながら黙った。

これはナスルが考え事をする時の癖だ。きっと今、彼の頭の中で費用の計算や、運用の障害について考えているに違いない。


「分かりました。ミレイヌさん、この話、もっと詳しく聞かせていただけますか? 私のビジネスにあなたの商売が必要になるかもしれません」

「はい! もちろんです!!」


熟考の結果、ナスルは魔動車の有用性を認めてくれた。

ミレイヌも元気よく返事を返し、夢に近づいたことを喜んだ。


「それでは私は時間なのでそろそろお暇いたします。ミレイヌ様、先ほどの件は改めてこちらから手紙を出させていただきます。それまでに資料をご用意いただけると助かります」


ナスルは次の予定が迫っていたため、慌ただしく帰っていったが、残されたミレイヌはまだ興奮冷めやらぬ様子だ。


「イスラ様、ありがとうございます! イスラ様のおかげでナスル殿に認められる商売を始められそうです!」


ミレイヌは俺の手を取り、ブンブンと縦に振った。


「それにしてもイスラ様、このような複雑な機構の装置を簡単に思いつくなんて、やはり素晴らしい頭脳の持ち主です!」

「たまたまよ。それに私はアイデアを出しただけで、実際にそのアイデアをもとに魔動車を作ったのはあなたでしょう? 自信を持ちなさい」


実際、俺がミレイヌに動力部分の原理を簡単に説明してから一週間ほどでこの魔動車の試作機を作って見せた。

凄まじい努力と集中力が必要だったはずだが、彼女はそれを難なくやってのけた。


ミレイヌは俺の手を解放してくれたので、自由になった手で彼女の頭を撫でてやった。


「ミレイヌ、あなたはすごく立派よ。私も友人として鼻が高いわ」


ミレイヌ、お前はこういうのが好きだろう?

家族からの愛情を受けずに育った哀れな少女よ。


ミレイヌは嬉しそうにしたのもつかの間、案の定すぐにぐずり始めた。


「私、こんな風に頑張ったことを他の人に褒めてもらえたことなんてなくて、……申し訳ありません」

「いいのよ。他の誰が認めなくても、私はあなたの頑張りを見ているから」

「イスラ様……!!」


ミレイヌは泣きながら俺に心情を吐露した。

俺は優しく彼女の涙をハンカチで拭ってやった。


「やっぱりイスラ様は素晴らしい方です。どうかこれからもお側に置いてください」

「ええ、もちろん」


ミレイヌは熱を持った視線で俺のことを見つめた。

それは尊敬なのか、敬愛なのか、愛情なのか、はたまたそれらが入り混じった感情なのかは分からないが、好意であることに間違いはない。


しかし、俺がミレイヌに期待するのは、偽りの愛という投資で一体どれだけの配当を得られるのかという一点でしかない。


(せいぜい俺にいい思いをさせてくれよ、ミレイヌ)


投資先の成長は俺にとってもプラスなので、自然と笑みがこぼれた。

俺とミレイヌは無言で見つめ合い、互いに笑顔を向け合った。

次回投稿日:1月1日(月)予定


今年も一年お疲れ様でした。

来年もご愛読いただけるよう頑張ります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 好きな人とそうじゃない人の差別がすごいという関係性がすごく好き。彼女たちも徐々にイスラに依存してる
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