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36.ビジネスコンサルティング(1)

前回の話

人が人に危害を加えることができない、この世界の法則である『平和の神の祝福』の抜け穴を利用して、イスラは他人を殺害することが可能なことを確認した。

俺がジョンという商人を殺してから数日が経った。

俺は馬車の中でここ数日のことを思い返していた。


噂によると、ジョンは借金を返すことができずに夜逃げしたということになっていた。

至極当然の帰結ではあるが、俺は内心では安心していた。


殺しの実験は準備に金と時間がかかる上に、誰かにバレたら即破滅というリスクの大きい行為だ。しばらくは控えておくことにしよう。


考え事をしていると、馬車はゆっくりと停車して扉が開いた。


「ようこそ、イスラ様。ここが私の研究所です」


馬車を降りるとミレイヌが笑顔で駆け寄ってきた。

今日はミレイヌに呼び出されて彼女の新しい商売についてのアドバイスをしなければならないのだ。


俺は前世の記憶を思い出しながらこの世界では常識外のことをやったことはあるが、それはあくまで偶然都合のいいことを思い出せただけであり、俺自身に優れた才能があるわけではない。

そのため、今回の話は少し憂鬱だ。

ミレイヌが望むような提案ができるかどうかは完全に運任せだ。


(まあ、なんとかなるだろう)


ミレイヌは強かな女だ。

彼女の考えを聞くことは俺にとっても有意義な時間になるかもしれない。

アドバイス云々の話は一旦置いておき、ミレイヌの『研究所』とやらを見せてもらうとしよう。


ミレイヌの『研究所』は王都郊外の小さな倉庫だったが、平凡な外装に対して中は工具や魔道具が雑多に転がる個性的な空間だった。


「散らかっていて申し訳ありません」

「構わないわ」


こういったやり取りは綺麗な場所を案内する時に謙遜して使う社交辞令のはずだが、本当に散らかっているのは初めてかもしれない。


「ここは私が個人で買い取った倉庫なんです。家族にはバレないように余暇の時間に少しずつ魔道具を集めて実験をしたり、新しい魔道具の開発をしているんです。……さぁ、こちらにおかけください」

「ありがとう」


ミレイヌは家業を継がずに、自分の力で新しい商売を成功させようという野心を持っているようだが、ここはその足掛かりのための施設らしい。

俺はミレイヌに促されるまま、辛うじて確保されている大きなソファに腰かけた。

他に座る場所もないので、普段はミレイヌ自身が利用しているのかもしれない。


ミレイヌは早速一つの魔道具を持ってきて俺に見せてくれた。

腕の太さほどの筒状のものだ。


「ここは普段、私が画期的な新しい魔道具を開発するための研究所なんです。例えば、これも私が考えた魔道具です。これはお茶を自動で淹れるためのものですね」


ミレイヌはそう言うと、筒の先端の栓を取り外し、サイドテーブルのカップに中身を注いだ。

中身は普通の茶であり、温かな湯気を上げている。


「この筒の中に乾燥した茶葉と水を入れて魔力を込めると、中でお茶が作れるんです」

「へえ、なるほどね」


俺は感心しながらカップの茶に口を付けたが、正直味はイマイチだ。


「ミレイヌさん、これは誰が必要とする商品なのかしら?」

「使用人……とかですかね?」

「使用人が主に飲ませるお茶としては少しばかりお粗末な味だと思うわ」

「それでは平民の方とかはどうでしょう?」

「平民が普段飲むのは水、ワイン、麦酒あたりが多いと思うけれど? 平民にはまだまだお茶を飲む習慣はないんじゃないかしら?」

「そう……ですよね……」


俺はつい厳しい言葉をかけてしまったが、ミレイヌは目に見えて意気消沈している。

ミレイヌとの関係も無駄に悪くする必要はないので、俺は慌ててフォローを入れた。


「でもアイデア自体は素晴らしいものだわ。他にもミレイヌさんが作ったものを見せてくれないかしら?」

「はい、喜んで!」


俺が褒めると、ミレイヌは少し明るさを取り戻し、他の魔道具も見せてくれた。


……………………


「どれも悪くはないのだけれど……決めてに欠けるわね」

「申し訳ありません、イスラ様。私の発送が乏しいせいでお気を遣わせてしまい……」

「そんなことないわ! どれも素晴らしい工夫がされていたのだから自信を持って!」


その後数々のミレイヌの発明品を見せてもらえたが、どれも今一歩継続性に欠けていたり、確実な購入層が見込めないものばかりで、商売として柱にするには安定性のなさそうなものばかりだった。


必死にフォローを試みたが、ミレイヌはすっかり自信を喪失してしまい、沈んだ顔をしている。


「そうだ、ミレイヌさん。もっとこの研究所の中を見せてくれないかしら? ミレイヌさんが普段ここでどんな風に過ごしているのか知りたいわ」


俺はこの沈んだ空気を何とかしようと極力明るい声でミレイヌに話しかけた。


「かしこまりました。何も面白いものはありませんが、ご自由に御覧ください……」


しかしミレイヌは力のない笑みと声で答えた。

俺の力では如何ともし難いので、ミレイヌのことはしばらく放置しよう。


俺は一人で倉庫の中を歩き回り、その辺に落ちているガラクタや魔道具を拾って眺めたりした。

しばらくすると、ミレイヌも徐々に生気を取り戻し、俺が手に取った物がどんなものか説明してくれるようになった。


「イスラ様、それは炎よりも高い温度の熱を纏わせることができる鍋ですね。しかし料理人に聞いたら普通の火と鍋で十分だと言われてしまいました」


「そちらはケーキを置くと、綺麗に8等分できる道具です。この型より小さいケーキしか切れない上に、6等分や10等分にしたい時には使えないので、実用性は低いです」


「イスラ様、それは何ですか? えっ、ここに落ちていた? 私も見た覚えのないものですね。一体何に使うのでしょうか……?」


ミレイヌの解説を聞きながら、俺は目についたものを次々と手に取った。

そんな中でたまたま手に取った箱型の魔道具を見た時に、ふとした違和感のようなものを感じた。


「そちらは蒸気を発生させる魔道具です。冬の乾燥した時期に空気を湿らせるためのものですが、これからの時期には不要のものですね」


ミレイヌは先ほどまでと同様に淡々と説明してくれたが、俺は何気なくその魔道具に魔力を込めてみた。

魔道具の紋章部分が少し光り、少し待つと排気口からもくもくと蒸気が上がってきた。


「これは水を発生させる魔道具と、熱を発生させる魔道具を組み合わせているのかしら?」

「はい、そうですが……何か気になることがありますか?」


俺は沸き上がる蒸気を前に何とも言えない感覚に苛まれていた。

ミレイヌの言っている通り、これは空気を湿らせる魔道具に過ぎないはずなのだが、俺の中の何かが異を唱えている。


この違和感の正体は一体何なのだろうか。

俺は何気なく排気口に手をかざしてみた。


「イスラ様、蒸気は熱いので危ないですよ」


ミレイヌが忠告してくれたが、俺はそれを無視して手に蒸気を当てた。

確かに少し熱い。そして手が湿る。後は手に何かが当たるような感覚。


(蒸気に押されている……?)


俺の中で何かが繋がった気がした。

この感覚を俺は知っている。

前世の記憶を思い出した時の感覚だ。


「ミレイヌさん、さっきの自動お茶沸かし装置と熱を纏わせる鍋を持ってきてくれないかしら?」

「えっ、はい!? かしこまりました」


ミレイヌは困惑しつつも先ほどの道具を持ってきてくれた。

その二つを指さしながら、俺はミレイヌに尋ねた。


「この自動お茶沸かし装置の内側は、今は普通の熱を発生させる魔道具で温めるようにしていると思うけれど、こっちの鍋に使われている炎よりも高い温度にできる熱発生装置に代えることはできる?」

「はい。できますが、あまり熱いお湯でお茶を淹れても風味が落ちますよ?」

「それは大丈夫。とにかくやってみて」

「かしこまりました」


ミレイヌは納得いかないといった様子を見せながらも、二つの魔道具を分解してつなげ直してくれた。

俺はさらにいくつかの注文を付けて、ミレイヌにその装置を改造してもらった。


「イスラ様、こんな感じでいいですか?」

「うん。かなりイメージ通りのものに近づいたわ。ありがとう」


出来上がったのは最初に見せてもらった自動お茶沸かし装置に近い形状の筒だが、中の水を温める際の出力と、注ぎ口をかなり狭くしてもらった点が異なる。


「イスラ様、この装置で一体何をされるおつもりですか?」


ミレイヌは何も分からずに作業だけをさせられていたからか、少しだけ不満そうなジト目を向けてきた。


「実際見た方が早いと思うから少し待って」


俺は注ぎ口がミレイヌの方に向かないように注意しつつ、筒に魔力を込めて中の水を温めた。

最初はもくもくと蒸気が上がるだけだったが、そこからさらに中の温度を上げるよう魔力を込めたら、中の水が一気に蒸気となり、狭い注ぎ口から勢いよく噴き出してきた。

俺は一度魔力を込めるのをやめたが、しばらくは勢い良く蒸気が出続けた。


ミレイヌはその様子を黙って見ていた。


「ミレイヌさん、今の蒸気の勢いを見た? この蒸気で何かを動かすことができればそれは何かに使えないかしら?」

「何か……とは、どんなものでしょうか? 申し訳ありませんが、私には全く想像もつきません」


ミレイヌは申し訳なさそうにそう言ったが、それは無理もない話だ。

何故なら俺自身もここからどうするべきかを理解していないのだ。


俺は再び必死に頭を回して何かを思い出せないか試みた。

前世の記憶で得られたイメージでは何かが回っている。

よく思い出せ。何が回っている……!?


「車輪……」

「はい?」

「そう、車輪を回すの。それが成功すれば馬車を引くための馬が必要なくなるわ」

「そんなことが可能なのでしょうか? この蒸気だけで?」


ミレイヌは懐疑的な視線を向けてきたが、俺はさらにいろいろなことを思い出した。


(蒸気機関、シリンダー、ピストン運動……)


細かいことは思い出せないままだが、俺の前世の世界では馬が引く車ではなく、自走する車が数多く走っていたはずだ。

ならばこの世界でも同じことができるに違いない。


「ミレイヌさん、心配しないで。あなたに相応しい、全く新しいビジネスを成功させるためのアイデアを思いついたわ」


俺はミレイヌの目を真っすぐ見据えて高らかに宣言した。

次回投稿日:12月31日(日)予定


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