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35.法律のお勉強(2)

前回の話

イスラはノインから人が人に危害を加えることができない、この世界の法則である『平和の神の祝福』の抜け穴を教えてもらった。

ノインの話を踏まえて、俺は改めて『平和の神の祝福』の効果範囲をまとめてみた。


一般的常識の範囲での認識では暴力行為ができないということになっているが、これは正確な表現ではない。

例えば外科手術の際に医者が患者の皮膚を刃物で切り裂くことはできるのだ。


つまり、制限されるのは他人を傷つける行為そのものではなく、意志を持った行動ということになる。

事実、過失による殺人事件の事例もあるとノインは言っていた。


では、殺意を持って他人を害する行為は全て制限されるかというと、それもノーだ。

拘束した囚人に食事を与えずに餓死させるというやり方で死刑を執行するケースがあるようだが、この時に裁判官や看守は明確にその囚人を殺害するという意図を持っているはずだ。


もし、『平和の神の祝福』がそのような行為を禁じているのであれば、どこかのタイミングで裁判官か、看守が囚人に強制的に食事を与えるよう働きかけなければおかしい。


つまり、他人を害することはできなくても、既に害を被っている他人を助けるための強制力は存在しないということになる。


(平和の神も適当なものだ)


俺はこの二つの仮設の正しさを証明するために実験の準備を進めた。


ある夜、俺は久しぶりに城下町の商店街に赴いた。

日中は賑やかな通りではあるのだが、どの店も営業を終えて閉まっており、辺りはまばらに立っている街灯と、いくつかの店の住居部分と思われる二階の窓から漏れ出る明かりくらいしか周囲を照らすものはなく、すれ違う人もほとんどいない。

俺は変装こそしなかったが、ドレスではなく、ローブ姿で顔を隠して目当ての店を目指した。


「失礼します。お約束していたエイリアスと申します」


俺はとある店の扉を叩き、偽名を名乗った。

建物はそこそこ立派な大きさだが、築年数が経っているのか近くで見ると劣化が目立つ箇所が多い。

少し待つと、中から男が顔を出した。


「お前がエイリアスとかいう金貸しか」

「はい。本日は融資のお話に伺いました」


俺が会いに来た男はジョンという商人だ。

ナスル商会のブラックリストに載っているのを見かけたことがある。


借金持ちであり、何かと理由を付けて返済を遅らせた挙句、なおかつ取り立てに来た借金取りに唾を吐いて追い返したらしい。

未だ借金返済の目途が立たず、ナスルもお手上げの不良債権みたいだ。

その屑男は小さな声で俺に尋ねた。


「……なあ、本当に金貨10枚も融資してもらえるのか?」

「はい。そのためのお話のために伺いました」


俺はこの男に融資の話をちらつかせてアポイントを取得した。

ジョンは浅ましい顔で喜びを露わにした。


「そいつは気前がいい。とりあえず中に入りな」

「申し訳ありませんが、お話はここではなく、もっと人気のない場所にて行いたく思います。……他人に聞かれると困る話もございます故」

「ほお、なんだ嬢ちゃん、きれいな顔して悪いことを考えてるんだな。そういうことならいいぜ。どこでに行けばいいんだ?」

「馬車を用意しています。そちらにどうぞ」


ジョンは俺の提案に従い、馬車に乗ってくれた。

俺は周囲を観察したが、通行人はいない。

近くの建物の窓からも視線は感じない。

それを確認してから俺も馬車に乗り込み、目的地へと向かった。


「お待たせしました。到着です」

「おいおい、随分遠くまで連れてきたもんだな。これで大した話じゃなかったら許さねえぞ」


馬車を20分ほど走らせて、俺達は王都近くの丘の中腹で降りた。

馬車を待たせて5分ほど歩くと小さな小屋が見えてきた。


「話し合いはあちらの小屋にて行います」

「なんだ、ボロ屋じゃねえか」

「見た目だけです。中は改装済で王都の高級ラウンジにも劣らない備品をそろえています」

「へえ、そうかい。いいね。こんなところの秘密基地みてえなとこまで来て、一体どんなヤバい話を聞かされるのか楽しみになってきたよ」


ジョンは上機嫌で俺の話を聞いていた。

俺は小屋の近くで唐突に立ち止まった。


「申し訳ありません。馬車の中に落とし物をしてしまったようです。先に小屋に入っていてください」

「あん? なんだ? まあいいけど、早くしろよ」


ジョンは不機嫌そうにこちらを見たが、ひとりで小屋の入り口に向かった。

俺はその背中をただ眺めていた。


「うおっ!!!!」


歩いていたジョンの体が不意に視界から消え、彼の叫びの余韻のみが残された。

直後に鈍い音がして周囲は再び静寂に包まれた。


俺は恐る恐るジョンが消えた付近に近づいた。

そこには地面にぽっかりと穴が空いており、ジョンはその中に倒れていた。


うつ伏せで倒れるジョンの体には子供一人分くらいの高さの金属製の針十数本が突き刺さっており、全身は血で赤く染まっていた。


俺は懐から折り畳みナイフを取り出し、ジョンを殺す意志を以てそのナイフを投げた。

ナイフはジョンの体に刺さることはなかったが、彼の体をバウンドして穴の中に落ちた。


殺意を以て起こした行動が実施できた、ということはその前に既にジョンは死んでいたということになる。


(成功した……のか……!?)


どうやら俺は本当に人を殺すことに成功したらしい。


数日前からこの場所に穴を用意し、中に大量の針を設置した。

そして穴が見えないように偽装してジョンをこの場に誘導した。


その結果、本当にジョンはこの穴に落ちて針に体を貫かれて死亡した。

そしてその時に『平和の神の祝福』は発動しなかった。


「うっ」


俺は突然胃の中からこみ上げた嘔吐感に堪えられず、胃液交じりの吐瀉物を穴の中にぶちまけてしまった。

先ほどまで話していた男が物言わぬモノとなってしまった現実を眼前の光景がありありと主張してくる。

少しの間、俺はその場から動けなかった。


どのくらいの時間が経った頃だろうか。


「穴、埋めないと」


人一人殺した衝撃は時間が緩和してくれ、次第に早く証拠を消さなければならないという使命感が強くなり、気が付くと俺は立ち上がって小屋に向かった。


小屋の扉を開けるとそこは何もない空間が広がっていた。

そこにはジョンに語った『王都の高級ラウンジにも劣らない備品』など存在しない。

あれは、嘘だ。


埃っぽい空気の中から、俺は用意していたスコップを取り出して死体が入った穴に土をかけていった。


穴が埋まった頃には朝日が昇っていた。

作業中は無心だったが、平らになった地面を眺めていると改めて人を殺した実感が湧いてきた。

しかし今回は身体に反応はない。むしろ高揚感すら覚えている。


(これは……使えるっ!!!)


もちろん、人殺しは最後の手段であるべきだ。

しかしそれが選択肢に入ると入らないでは大きな違いがある。


正攻法でどうしようもない相手を消すための最後の手段。

それが今、俺の手の中には、ある。


もちろん、このやり方は手間がかかる上に証拠を残し過ぎるので、改善は必要だ。

もっと洗練されたやり方を考えなければならない。


(やるべきことは山積みだな)


俺は静かな高揚感を胸に帰路に就いた。

次回投稿日:12月27日(水)予定


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