33.ハッピーバースデー(5)
前回の話
レティシアの誕生日を取り巻き全員でお祝いし、イスラ個人からもレティシアにプレゼントを渡した。
冬の寒さはすっかり身を潜め、朝から温かいと感じることが増えた。
そんな陽気の中、自室で書き物をしていると侍女のメッツが手紙を届けてくれた。
「イスラお嬢様、レティシア様からお手紙です」
俺はそれを受け取り、中身を確認した。
「ねえ、メッツ。この前レティシア様のお誕生日をお祝いしたのはいつだったかしら?」
「一週間前になります」
「そうよね」
レティシアから届いたのは茶会のお誘いだった。
開催予定の日付は一週間後。いつもは大体月に一回程度の頻度で開催されるのだが、今回は間隔が二週間とやけに早い。
どういう理由かは不明だが、誘いがあった以上欠席という選択肢はない。
俺はすぐに参加の意を示す手紙をしたためた。
茶会の当日、俺がレティシアの屋敷の客間に着くと他のメンバーは全員揃っていた。
俺が部屋に入ると、一斉に俺の方に視線を向けてきたので、少しばかり怯んでしまった。
(何かやらかしてしまったことがあっただろうか?)
これが一体どういう状況なのか全く分からない。
しかし、やましいことがない以上は過度に怯える必要はない。
俺は堂々と皆の待つテーブルの前まで向かい、いつもの席に腰かけた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません」
「……」
約束の時間よりは早く着いているはずだが、到着が最後になってしまったことを詫びた。
しかし誰一人として反応がない。
(どういうことだ?)
これは明らかに異常事態だ。しかし原因が何一つ分からない。
前回、レティシアの誕生日を祝うために集まった時には何も問題はなかったはずだが、そこから二週間しか経っていない。
その間に何が起こった?
俺は平静を装っていたが、内心では非常に混乱していた。
「イスラちゃん」
不意にレティシアが俺の名を呼んだ。
ようやく静寂が破られたが、何とも言えない不気味な空気だ。
「私たちから、イスラちゃんに言いたいことがあるの」
レティシアの言葉に連動して他の三人も俺の方に視線を動かした。
レティシアの声も、他の三人の顔も無表情で真意は全く分からない。
まさか俺がこいつらを利用しようとしていることがバレた?
どうして? メッツが裏切った? いや、それは考えにくい。
しかしそれ以外に情報が洩れる経路がない。
それよりもこの場をどうやって切り抜ける? はったりでどうにかなるか?
こいつらは何をどこまで知っている?
思考は纏まらず、俺は息を呑んでレティシアの言葉を待った。
レティシアはたっぷりと間を取ってから、ようやく口を開いた。
「せーのっ!!」
「イスラちゃん」「イスラ」「……イスラ様」「イスラ様」
「「「「お誕生日、おめでとう」」」」
「「!!!」」「「ございます!!!」」
レティシアの掛け声で一斉に他の三人も含めた四人で俺に誕生日の祝いの言葉を浴びせてきた。
俺の誕生日はもう少し先だと思っていたが、そういえば来週に迫っていた。
俺としたことが、自分の誕生日のことをすっかり忘れていた。
先ほどとは打って変わって全員笑顔で手を叩き、すっかりお祝いムードだ。
「イスラちゃん、やっぱり自分の誕生日のこと忘れていたでしょう? そんな気がしていたの」
「はい、そのせいでとても驚かされました」
レティシアは得意げに語ったが、事実俺は自分の誕生日のことを忘れていたので反論の余地もない。
とりあえず俺が何か失態を犯したわけではなくて安心した。
「皆さま、お祝いいただきありがとうございます」
俺は四人に対してペコリと頭を下げてお礼の言葉を述べた。
サプライズを見事に成功させてしまったのは些か悔しいが、今後に生かすとしよう。
しかし祝いは終わったはずなのに、四人の様子がおかしい。
全員、何やら妙に嬉しそうな笑顔で俺の方を見ている。
なんだかとても嫌な予感がする。
「イスラちゃん、今日は皆でプレゼントも用意しているの。もちろん、受け取ってくれるわよね?」
「私のような者にプレゼントを用意していただくなど恐れ多いです」
「ふーん、イスラちゃん、この前は私にあんなこと言ったくせに、自分の誕生日は祝わせてくれないんだ?」
「いえ、そのようなことはありません。ありがたく頂きます」
この前、レティシアの誕生日の時に俺はレティシアに祝わせてほしい旨を力説したが、そのことが今まさに仇となって自分に返ってきた。
何を押し付けられるか分からないが、ここは観念するしかないだろう。
俺の返事にレティシアは満足そうに頷いた。
「それじゃあ早速だけど、私たちは全員イスラちゃんに似合うと思った服を用意したの。順番に着てみてくれる?」
「ハイ、ワカリマシタ」
誕生日にかこつけてやらされるのはファッションショーか。
俺は心を無にすることでこの場を乗り切ることを試みた。
「よし、それじゃあ最初は私だ!!」
一番手を名乗り出たのはユフィーだった。
俺は一度別室に案内されて、ユフィーから指定された服を着て客間に戻った。
「私が選んだのはスポーツウェアだ。これでイスラもいつでもテニスできるぞ!!」
ユフィーが用意した服は薄い桃色のテニスウェアだった。
装飾はほとんどないが、動きやすく、着心地もいい。
ただ、素足を晒し過ぎな点と、生地が薄手のため体の線が出やすいのが少し気になる。
「イスラは足も腰も細すぎだ。もっとちゃんとご飯食べろよ!」
ユフィーは俺が気にしていた部分をもろに指摘してきて、そのせいで全員がジロジロと俺の姿を観察してきたので少し気恥ずかしい。
早く終わってくれと思っていると、ノインが手を挙げた。
「……次は私の服を着て下さい」
ノインはそう言ってスッと立ち上がると、俺の手を引いて別室へ向かった。
そして再び着替えをさせられてから客間に戻った。
「……私が選んだのは裁判官の正装を模した服です」
ノインが用意したのは全身白と黒を基調にした荘厳な雰囲気の服だった。
白いシャツの上から重厚なロングの黒い上着というスタイルは見るものに威圧感を与えるようなデザインになっている。
しかし、いくら服が格式高くても、着ているのが十代の小娘では様になるはずもない。
レティシア、ユフィー、ミレイヌの三人は何とも言えない顔をしていたが、この服を用意したノインだけは珍しく顔を輝かせていた。
「……イスラ様、かっこいいです。お似合いです」
やはりノインは何を考えているかイマイチ掴みきれない。
俺は苦笑いを返すことしかできなかった。
「イスラ様、次は私ですよ」
次に手を挙げたのはミレイヌだった。
先ほどと同じように俺は別室で着替えた。
「御覧ください。私が選んだ平民コーデのイスラ様はいかがでしょうか?」
ミレイヌが用意したのは平民が着るようなカジュアルな服だった。
薄いベージュのブラウスに紺色のカーディガン、薄い水色のロングスカートというスタイルは、見た目はカジュアルながら着心地は悪くなく、デザインもラフ過ぎず堅苦し過ぎずちょうどいい塩梅だ。
「ドレス姿もお似合いですが、イスラ様はこういうのも似合うと思っていたんですよね」
選んだミレイヌ自身もイメージ通りだったからか、満足げだ。
「それじゃあ最後は私ね」
長かった着せ替え遊びもいよいよ終わりに近づいているが、最後はもちろんレティシアだ。
自信満々なレティシアに別室で服を着替えさせられ、皆の前に戻った。
「イスラちゃんはすごく可愛いんだから、お姫様みたいな恰好が似合うと思うの!!」
レティシアが用意した服は装飾がこれでもかと施されたドレスだった。
とにかくありとあらゆる箇所にフリフリとした布が付いており、とても動きにくい上に少し暑い。
とてもじゃないが実用に耐えうる代物ではない。
「イスラちゃんったら世界で一番可愛い!! 本物のお姫様みたい!!」
しかし見栄えだけはいいようで、レティシア一人で大いに盛り上がっている。
全員分の服のお披露目が終わったので、俺は元の服に戻った。
着替えを何度も繰り返して疲れきった俺は自席に戻った際、沈むように椅子に腰かけた。
ぐったりしていると、不意にレティシアが近づいてきた。
「今までのは個人からのプレゼントで、最後に皆からのプレゼントがあるの。受け取って」
そう言ってレティシアは小さな箱を俺の目の前に置いた。
まだ何かあるのかとげっそりとしたが、箱の大きさ的に服ではないので着替えは不要だろう。
俺は箱を開けると、中から出てきたのは深紅の髪飾りだった。
「よかったら付けてもいい?」
レティシアに促されるまま、俺はその髪飾りを彼女に手渡した。
レティシアは俺の髪を優しく手で梳くと、後ろ髪に付けてくれた。
「うん、似合ってるぞ」
「……黒い髪に紅が良く映えています」
「イスラ様はいつも素敵ですが、いつも以上に素敵に見えます」
自分の姿は見えないが、ユフィー、ノイン、ミレイヌは手放しに誉めてくれた。
どう見えるのか気になったが、すぐにレティシアが鏡を用意してくれた。
「思った通り。よく似合ってるよ、イスラちゃん」
鏡の中の俺はいつもと違い、赤い髪飾りを付けている。
それは俺の黒髪の中のアクセントとなり、一際目立つ存在となっていた。
「ありがとうございます。とても綺麗ですね」
俺にとって誕生日プレゼントなど、正直どうでもいいものだが、『綺麗だ』という言葉は素直な感想だ。
こういったプレゼントをもらえるならば、誕生日も悪いものではない。
今日という日は忘れられない日になるかもしれない、などと珍しく感傷的な気持ちになったりもした。
そんな中でユフィーが唐突に口を開いた。
「それでイスラ、結局服は誰のやつが一番気に入ったんだ?」
その一言によって残念ながら平和な誕生会はここで終わってしまった。
この後、全員が自分の服こそが一番だったという主張を繰り広げる阿鼻叫喚の泥沼口論からの着せ替え遊びの第二幕が始まった。
俺はクタクタになりながらも何度も着替えを繰り返し、意見を求められても角が立たないよう細心の注意を払いながら発言することを強いられた。
……前言撤回。誕生日なんて二度とごめんだ。
次回投稿日:12月20日(水)予定
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