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31.ハッピーバースデー(3)

前回の話

レティシアの誕生日を前にして、取り巻きだけでお祝いの方法を話し合い、ついでに取り巻き達だけで楽しく遊んだのだった。

レティシアの誕生日の一週間前。

俺たち取り巻きはいつものようにレティシアの屋敷に集まった。


いつもの客間にいつものメンバー。

しかし、いつもと違うことが一つある。

全員が揃ったタイミングでレティシアが俺たちに尋ねた。


「今日も来てくれてありがとう。だけど、みんなの方から日にちを提案するなんて珍しいね」


いつもはレティシアからこの日に来てほしいという招待状が届くが、今日は俺たち取り巻きから今日という日を指定した。


「今日はレティシア様のお誕生日のお祝いをしたかったので日にちを指定させていただきました。お誕生日当日はご家族や、婚約者であられるアバン王子とお過ごしになるかと思い、少し早いですが私たちからのお祝いは本日とさせてください」

「そういうことね。みんな、ありがとう。そう言ってもらえるだけでとても嬉しいわ」


レティシアは俺たちに笑顔を向けてはくれたが、その言葉は淡々としていた。

レティシアともそれなりに長い付き合いになりつつある俺には、彼女の態度が儀礼的なものであることが分かる。


「実は今日はお祝いの品も用意しています。受け取っていただけますか?」


この状況でプレゼントの話を持ち出すのはリスクを伴うが、俺は意を決して本題を切り出した。

レティシアは一瞬眉間に皺を寄せたような気がしたが、すぐに笑顔に戻り、ユフィーの方を見た。


「ねえ、ユフィー。何年か前に私への誕生日プレゼントは不要だって言わなかったかしら? そのことをイスラちゃんにも教えてあげなかったの?」


レティシアは顔と声は優しくしようと努めているようだが、逆にそれが詰問のようになっている。

ユフィーはいつもの能天気さはどこへやら、完全に狼狽していた。


「えーっと、イスラにはレティシア様がプレゼントを禁じていることは伝えました」

「それなのにイスラちゃんはプレゼントを用意しているみたいだけど? あなたもそれは知っていたのでしょう? どうして止めなかったの?」

「それは……イスラが大丈夫って言ったから……」

「あなたはイスラちゃんより年上なのでしょう? 年下の子を導いてあげるのも年長者の役目じゃないかしら」

「ごめんなさい」


レティシアは珍しくユフィーを叱ったが、その声に怒気が含まれていないことが余計に怖さを助長しており、怒鳴り声を浴びせられる方がまだマシに思えるほどだ。


その叱責を直で食らっているユフィーは涙目になり、俺の方を見て無言で助けを求めている。

こうなったのは俺の発案がきっかけなので、このまま放置するのは可愛そうだと思い、助け舟を出した。


「レティシア様、確かに私はユフィー様からレティシア様が誕生日のプレゼントを欲していないことを聞いておりました。それでも私はプレゼントを用意しようと皆に提案したのです」

「そう。一応理由を聞いてもいいかしら?」


レティシアは再び視線をユフィーから俺へと戻し、俺の話を聞いてくれた。

ユフィーが露骨に安心した顔をしたのが視界に入ったが、今はレティシアに向き合う時だ。


「レティシア様のお誕生日を祝うことに理由がいりますでしょうか? 強いて言えば、レティシア様がプレゼントを禁じた理由が、送り手の負担を考えてのことだと思ったからです」

「そこまで分かっているのなら、なおさら感心しないわ。皆からのプレゼントは嬉しいけれど、毎年毎年プレゼントを用意するのは大変でしょう? これは私なりの気遣いでもあったんだけど、それを知った上で無視したの?」


レティシアはいつになく強い言葉で俺に問いかけた。

その顔にいつもの作り笑顔はなく、無表情で俺のことを睨んでいる。

油断すると条件反射で謝ってしまいそうになるほど静かな怒りを匂わせている。


他の三人は俺たちのやり取りを心配そうに見ているが、俺には分かる。

レティシアのこの態度は、はったりだ。


レティシアは身分の高さを盾に取った振る舞いをすることを嫌っている。

普段から俺たち下々の貴族や使用人にさえニコニコ顔で優しく振る舞っている奴が、たった一度自分の気遣いを無下にされたくらいでここまで怒るわけがない。

ここは引き下がる場面にはなり得ない。


「レティシア様のお気遣いはとても嬉しく思います。しかし、レティシア様の方こそ、私たちの気持ちをお考え下さい。レティシア様のお誕生日はいつも私たちのことを気にかけて下さるレティシア様にお返しができる数少ない機会なのです。その機会を奪わないでください」


俺は真っすぐレティシアの目を見て力強く言いきった。

永遠にも思える数秒の静寂が場を包んだが、折れたのはレティシアの方だった。


レティシアは諦めたようにため息を吐き、

「そこまで言うならありがたくプレゼントをいただくことにするわ。ただしあまり高価なのはなしにしてね」

と言って全員の顔を見渡した。


「だけど一つだけ覚えておいて。私へのプレゼントがみんなの負担になることだけは絶対にやめて。みんなが辛い思いをして用意したプレゼントだなんて私、全然嬉しくないからね」


やはりレティシアはこういうやつなのだ。

どれだけ非情に振る舞おうとしても性根の優しさに逆らうことができない。


レティシアよ、いつまでも優しくあり続けてくれ。

そうすれば俺もお前を利用しやすい。


「それでみんなは何を私にくれるのかしら?」


レティシアは真剣な顔を一転させて嬉しそうな顔になった。

ひと悶着ありはしたものの、やはりプレゼント自体は嬉しいようだ。


俺は部屋の外に控えさせていた侍女のメッツから小箱を受け取り、レティシアに渡した。

レティシアは丁寧に箱の包装を解き、箱の中身を取り出した。


出てきたのは手のひらサイズの星形のアクセサリーで、首からもかけられるように細い紐が通してある。

星の表面は金で塗装しており美しく輝いているが、表面塗装だけのため安く上がった。


「素敵なアクセサリーね。ありがとう」

レティシアは早速自分の首にその星をかけて見せてくれた。


「レティシア様、よくお似合いです」

「ありがとう。ちなみに星形にしたのは何か理由があるのかしら?」


レティシアは星を手に取りしげしげと眺めながら聞いてきた。

俺は他の三人にも目くばせしてあるものを取り出した。


「星形の理由は……これです」

「これは……どういうことなのかしら?」


レティシアはとても驚いたみたいだが、無理もない。

俺たち取り巻き全員が同じ形の星形のアクセサリーを取り出したのだ。


ただし、俺たち取り巻きの星は金ではなく、全員異なる色で塗装しているため、レティシアのものとは色違いということになる。


「この星は五つの角がありますが、それを私たち五人に見立てているのです。この星は私たちを繋ぐ絆の象徴としてイメージしました」


レティシアは俺たち全員の星を順番に眺めてから、最後に自分の星を見て微笑んだ。


「みんな、ありがとう。こんなに嬉しいプレゼントは初めてだわ。……だけど、やっぱり誕生日プレゼントは禁止にした方がいいかもしれないわね」

「申し訳ありません、何か気に入らない点がございましたか?」


レティシアが心から喜んでいるのが伝わってきていたが、予想外の言葉を放った。

誕生日プレゼントは禁止、ということは何か不満があったに違いない。


デザイン? 価格? それとも全員が同じものを持っていることで特別感がなくなったのか?

和やかだった場の空気が一瞬で凍り付いたが、レティシアは何事もなく言葉を続けた。


「ううん、その逆。こんなに素敵なプレゼントを超えるものなんて想像できないから、きっと来年は考えるのが大変だよ」


レティシアはいたずらっぽい笑顔を浮かべて俺たちを見まわした。

俺は一安心したが、寿命が数年縮んだような気分だ。

俺は安堵のせいでリアクションが遅れたからか、ユフィーが口を出してきた。


「大丈夫です。きっとイスラがまた素晴らしいアイデアを出すので!」

「ユフィー、さっき私が年下の子を導いてあげるのも年長者の役目と言ったのを忘れたのかしら? イスラちゃんに頼り切りになるのではなく、あなたも頑張るのよ」

「はい……」


意気揚々と発言したユフィーはすぐにレティシアの言葉で小さくなった。


「まったく、仕方のない子ね」


レティシアはそんなユフィーの様子を困ったような、しかし慈しみを感じさせる顔で見つめていた。

まるで我が子を注意する母親だ。

出来の悪い子ほど可愛いという言葉があった気がするが、今のレティシアの気持ちもまさにそういった類のものだろう。


その後は終始いつもの穏やかな空気で茶を飲みながら他愛もない話をすることになった。

特別な日の祝い事は日常の空気の中に溶けてしまったが、ふとしたタイミングでレティシアは首から下げた星を愛しそうに眺めるのだった。

次回投稿日:12月13日(水)予定

12月中は不定期の投稿になる可能性がありますが、曜日は固定化する予定です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かにレティシアはイスラに比べたらまだまだ子供、だけどそれでも公爵令嬢。
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