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29.ハッピーバースデー(1)

前回の話

レティシアからの手紙を放置してしまっていたイスラはレティシアに謝罪をするべく彼女の屋敷に向かい、突然の雨でずぶ濡れになりながらもレティシアに会って和解することに成功した。

しかし、その翌日イスラは風邪をひいてしまい、メッツやレティシアから看病されることになったのだった。

冬も終わりに近づき、ようやく温かさを取り戻しつつある空気の中、俺はユフィー・グリーア伯爵令嬢の屋敷に来ていた。


俺の他にもノイン・ヴァレンシュタイン嬢、ミレイヌ・リベール男爵令嬢が招かれており、俺たち四人は四角いテーブルを囲うように座っていた。

今日はレティシア不在で彼女の取り巻きだけで集まっている。

俺の知る限り初めての試みだ。


「よし、全員揃ったな」


家主であり、最も位の高い令嬢であるユフィーは仰々しくそう言うと全員の顔を見渡した。

それにつられて俺も他の面々の表情を見たが、ノインは元々表情の変化に乏しい女だし、ミレイヌは取って付けたような作り笑顔なので何を考えているか不明だ。


それに引き換え先ほどからソワソワしながら俺の方をチラチラ見てくるユフィーはいつも通り分かりやすい奴だ。


「これより会議を始める」


ユフィーは重々しい雰囲気で話そうとしているようだが、普段のイメージのせいで全く威厳を感じない。


「議題は……イスラ君、話したまえ」


そして格好つけても結局俺に進行を丸投げしてきた。

このままユフィーに任せていても帰る時間が遅くなるだけなので、素直に従った。


始めから俺が仕切ることができれば楽なのだが、爵位の関係もありユフィーの顔を立てないわけにもいかない。

まあ、当の本人はそんなこと気にしていないようなのでほとんど無駄な気遣いではあるのだが。


「ユフィー様、かしこまりました。本日の議題はレティシア様のお誕生日についてです」


改めて俺は全員に今日話すべき議題を提示した。

春はレティシアの誕生日の季節でもあり、俺たち取り巻きは何を用意するべきかを事前にすり合わせる必要があると思ったのだ。


「皆さんご存じかもしれませんが、来月は我らがレティシア様のお誕生日です。パーティやプレゼントなどの用意について話し合いをしたいのですが、昨年はどのような感じだったか教えていただけないでしょうか?」


俺は昨年の今頃はまだ社交デビューしていなかったので、前回はどのような催しがあったかを知らない。


他の面々なら知っているだろうと聞いてみたものの、

「……私は存じ上げません。昨年はそういったことは何もなかったと記憶しています」

「私もレティシア様のお誕生日に関する催しについては参加したことがなくて。申し訳ありません」

ノインとミレイヌは俺と同じく誕生日会のことを知らないみたいだ。


「ユフィー様は何かご存じですか?」

ユフィーに話を振ると、ユフィーは何とも言えない渋い顔をしていた。

そしてユフィーは遠い目で俺たちがレティシアと関わる前に起こったことを教えてくれた。


「レティシア様は私たちに誕生日のプレゼントとパーティの開催を禁じたんだ」

「それはなぜでしょうか?」

「レティシア様が社交会に来てから最初の誕生日の時に、ラスカルの奴がとんでもなく派手なプレゼントとパーティを用意したんだ。レティシア様はそれ以降、毎年こんな大げさな催しは必要ないと言って毎年何もしないことに決まったってわけ」


ユフィーは俺たちに当時のことを語ったが、気づけばいつもの口調に戻っていた。

堅苦しい喋り方が飽きたのだろうが、本当に落ち着きのないやつだ。


肝心の話の内容だが、ユフィーの教えてくれた内容は容易に絵面が想像できる。

確かにラスカルならそういうことをやりだし、レティシアもそういうことを言いそうだ。

しかしそれならば話は簡単だ。


「それでしたら、ラスカル様はもういないわけですし、解禁してもいいのでは?」

「……確かに!!! やっぱりイスラは賢いな!」


ユフィーは数秒固まったと思ったら、はっとした顔をして、そして笑顔で俺を称えた。

相変わらず表情がコロコロ変わる女だ。

そして、そのくらいのことにはすぐに気が付いてくれ。


「ラスカル様がいなくなったとはいえ、いきなりプレゼントとパーティの両方を用意するのはレティシア様の気分を害する恐れがあります。今年は一旦つつましく、しかし思いのこもったプレゼントを、この四人で用意するということでどうでしょうか?」


恐らく誕生日会とプレゼントの禁止はレティシアなりの気遣いだろうから、祝われることが嫌なわけではあるまい。


しかしラスカルがいなくなったとはいえ、いきなり派手なことをしてはラスカルの二の舞に終わるだけだ。

今年は様子見に徹して控えめに動くのが無難だろう。


「異議なーし!!」

「……問題ないと思います」

「私もいいと思います」


他の三人も、同意を示してくれた。


「それでは何を送るかですが、皆さんは何か意見はありますか? あまり高価なものはなしでお願いします」


俺は早速三人にプレゼントの意見を聞いてみた。

せっかくレティシアに贈り物をする機会だ。全員必死に考えてくるだろう。


「私はケーキが食べたいからケーキがいいと思う! 大きなやつ買ってみんなで食べよう!!」

「……法律の参考書などいかがでしょうか?」

「高いものはなしだと……送風用の魔道具なんてどうですか? 温風、冷風にも対応しているので、気温が定まらないこの時期も快適に過ごせる優れものですよ!」


三人は各々意見を述べてくれたが、俺は顔を引きつらせていた。

三人寄ればどんな凡人でもまともな意見が出るというような格言があった気がするが、その格言は今ここで否定された。

しかも恐ろしいことにこいつら揃いも揃って、いいこと言ったかのような自信満々な顔をしてやがる。


「……ケーキは食べたらなくなってしまいます。プレゼントには不適では?」

「そうか? それを言ったら魔道具だってプレゼントっていうには特別な感じが全然ないと思うぞ」

「魔道具よりも法律の参考書の方がおかしいのではないでしょうか? 私たちは先生ではないのですから」


俺が頭を抱えていると、三人は互いの案をぶつけ合い始めた。

やれどちらがいいだの、どちらが悪いだのと言いあっているが、俺に言わせれば全員論外だ。

段々白熱しているようで、こうなると収集が付けられない。


「イスラは誰の意見がいいと思う!?」


すると突然、ユフィーが俺に水を向けてきた。

ノインとミレイヌも食い入るように俺の方を見ている。


「私はアクセサリーなどのちょっとしたおしゃれな小物がいいかと思っていました」


ここで別の意見を追加するのはリスクがあるが、誰か一人の意見に肩入れするのは今後の関係性に歪みが生じかねないので、俺は素直に自分の意見を言った。


「なるほど、確かにイスラからアクセサリーを貰ったら嬉しいな!」

「……いいと思います」

「流石はイスラ様ですね。素敵なアイデアだと思います」


するとそれまで揉めていた三人は手のひらを反して俺の意見に同意した。

……お前ら、本当にそれでいいのか?


「それじゃあイスラ、レティシア様に気に入ってもらえるような小物を探しておいてくれ!」

「かしこまりました」


最後はユフィーが俺にそう指示をしてこの話は終わった。

こんな馬鹿女だが、俺より位の高い貴族の娘だ。無駄に逆らうのも体裁が良くないので従っておこう。


それに俺に決定権をくれるのであれば、それはそれで悪くない。

この機を最大限生かす方法を考させてもらおう。

次回投稿日:3~5日後

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