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28.凡ミスの代償(4)

前回の話

レティシアからの手紙を放置してしまっていたイスラはレティシアに謝罪をするべく彼女の屋敷に向かい、突然の雨でずぶ濡れになりながらもレティシアに会って和解することに成功した。

しかし、その翌日イスラは風邪をひいてしまうのであった。

「……スラ……様、……お嬢様」

誰かが俺を呼ぶ声がする。


「イスラお嬢様」

メッツの声だ。


「…………何かしら、メッツ」

俺は重い体に鞭打って起き上がった。


喉と頭が痛む。朝から十分すぎるほど睡眠を取ったが、未だ体調は快復しない。

気合を入れて目を開けるとメッツが困った顔をしてこちらを見ていた。


「イスラお嬢様、お休みのところ申し訳ありません」

「構わないわ。どうしたの?」


メッツは俺が今体調を崩していることは知っているはずだし、そもそも寝ている主人を起こすことなど普通はありえない。

何か緊急事態が発生したとみて間違いない。


「実は……レティシア様が来られており、どうしてもイスラ様にお会いしたいと仰っておりまして」


メッツは自分に非があるわけでもないにも関わらず、申し訳なさそうにそう言った。


「仕方ないわね。レティシア様には少し客間でお待ちいただくよう伝えてちょうだい。すぐに行くわ」

「しかしイスラお嬢様、お体に障ります」

「それでも私が行かなければならない場面よ」


レティシアは俺がアバン王子と接近するためには必要不可欠な駒だ。

適当な扱いをして逃がしては元も子もない。


それに今回は俺がレティシアからの手紙を無視してしまうという失態から事が始めっているのだ。

その分の尻ぬぐいは自分でしなければなるまい。

俺はメッツの制止を振り払い、ベッドから立ち上がり着替えようと立ち上がった。


その時、誰かがドアを叩く音が聞こえた。

俺は嫌な予感がしたが、その予感はすぐに確信に変わった。


「イスラちゃん、突然押しかけてごめんなさい。少しでいいから顔を見せてほしいの」


ドアの向こうから聞こえる声は間違いなくレティシアのものだった。


ドアの前にレティシアを待たせっぱなしにするわけにもいかず、碌に身支度も整えないままに彼女を部屋に招き入れた。


結局俺は部屋着姿のままベッドの上に座った状態でレティシアを迎えることとなった。

メッツが応対した際に、俺が風邪で寝込んでいることは伝えていたとのことなので、格好のことでとやかく言われることはないだろうが、どうにも落ち着かない。


「イスラちゃん、風邪をひいちゃったって聞いたけど大丈夫?」

「はい。幸いにも症状は軽いのですぐに治ると思いますよ」


レティシアは俺の身を案じてくれたが、それならば早く帰ってほしいものだ。

一体何の用事で来たのか。


「昨日はあまりお話できなかったから、改めてイスラちゃんとお話したいと思っていたら居ても立っても居られなくなって来ちゃったの。具合が悪かっただなんて知らなくて。ごめんなさい」

「いえ、体調を崩したのはレティシア様のせいではありませんから。どうか頭を上げて下さい」


レティシアは俺に頭を下げたが、そんなことをするくらいなら早く帰ってくれと思わずにはいられない。


「イスラちゃんはこんな時でも優しいんだね」

「恐縮です」

帰れ! 帰れ!


「風邪の時におしゃべりなんてできないよね?」

「せっかくお越しただいたのに申し訳ありません。喉も痛むので長く話をするのは難しいかもしれません」

ゴー ホーム! ゴー ホーム!


「それなら予定変更! 今日は私がイスラちゃんの看病をするね」

「……え?」

え!? どうしてそうなるんだ?


俺は自分の本心が顔に出ないよう注意していたが、レティシアの斜め上の提案に思わず変な声が出た。

レティシアはいつものようにうんうんと自分で勝手に納得していたが、俺にはさっぱり訳が分からない。


「さあ、そうと決まったらまずは食事ね。イスラちゃん、朝から何か食べた?」

「リンゴを少々」

「それだけではお腹が空いたでしょう? 美味しいケーキを持ってきたから一緒に食べましょう」


レティシアは一度部屋の外に出たと思ったら、小さな箱を持って戻ってきた。

中身はクリームがたっぷり乗ったケーキだ。


普段であれば素直に美味しそうだと思えるだろうが、今は見ているだけで胸やけがしてきた。

レティシアはフォークを使って器用にケーキを食べやすい大きさにすると、俺の口元に運んできた。


「イスラちゃん、はい、あーん」

「アリガトウゴザイマス」


俺は内心で『またこれか!!』とツッコミつつも素直に口を開けた。

人に物を食わされる経験を一日に二回も経験するとは思ってもみなかった。

メッツもレティシアもさも当然のような顔をしてやってきたので、俺の方がおかしいのではないかと一瞬自分を疑ってしまった。


「どう、美味しい?」

「はい、とても美味しいです」

「よかった。美味しいものを食べて元気になってね」


レティシアが食わせてくれたケーキは確かに文句なく美味しい。

しかし、食欲のない今食べるには少し重たい。


レティシアはニコニコ顔でフォークを差し出してくるが、完食するのは骨が折れそうだ。

俺は覚悟を決めてレティシアからのケーキを無心に食らった。


「ご馳走様です……」

ケーキを食べ終えた時、俺の胃は限界を迎えていた。


もう何も食べられない。食べ物を見るのも嫌だ。

そして何より辛いのはこれだけお腹が苦しくてもレティシアの手前、笑顔を浮かべていなければならないことだ。


「イスラちゃんがたくさん食べられて良かった。やっぱり甘いものならペロッと食べられちゃうものよね」


当のレティシア本人はそんなことは全く気にせずに嬉しそうにしている。

この程度のことでレティシアの機嫌を取ることができるのだ。安いものだと考えておこう。


「食事も済んだし、ゆっくり休んだ方がいいわ。横になってもいいのよ」

「……かしこまりました。それでは失礼します」


食事が終わったと思ったら、次にレティシアは休めと言ってきた。

レティシアがいると休まらないのだが、そんなことを言うわけにもいかず、言われるがままにベッドの上で横になった。


(腹がはちきれる……苦しい……)


先ほど食べたケーキはまだ胃の中に残っている。

座っていれば下に落ちていくことを待てたが、横になると逆流してこないよう気を付けなければならなくなり、余計に苦しい。


「なんだか顔色が悪い気がするわ。やっぱり一度眠った方がいいかも」


レティシアは俺の顔を見て見当違いのことを言っているが、そんなことは気にならないくらいに俺は自分との闘いに集中していた。

ここで吐くのは絶対にダメだ。


「さあ、私が付いていてあげるから安心して寝てね」


レティシアは俺の顔に視線を向け続けており、俺もレティシアと顔を合わせ続けることに何となく気まずさを感じたので、大人しく目を閉じた。

腹が苦しいから寝ることなどできないのだが、今の体調でレティシアの相手をするくらいなら狸寝入りを決め込んだ方がマシだ。


「イスラちゃん、寝ちゃった?」


数分が経った頃だろうか。レティシアは沈黙に耐え切れず話しかけてきた。

返事をしようか迷ったが、ここで寝たふりを続ければ帰ってくれるに違いないと思い、俺はレティシアの問いかけを無視することに決めた。


「イスラちゃん、ごめんなさい。イスラちゃんが風邪をひいたのは私のせいなの」


レティシアは俺が起きているのを知ってか知らずか独り言を続けた。


「私、イスラちゃんが私の手紙に返事をくれなかったことを怒ってなんていなかったの。だけど、もしイスラちゃんが私のこと嫌いになったから無視してるのかもって思ったら急に怖くなって。だからもう一度イスラちゃんに会おうって言えなかった」


レティシアは静かに自分の心境を語った。

俺は目を閉じているので彼女の表情は分からないが、笑顔ではないだろうと思わせる声音だった。


「だから昨日イスラちゃんが会いにきてくれてすごく嬉しかった。嫌われたわけじゃなかったんだって思えた。だけど、そのせいでイスラちゃんはこんなに苦しそうにしてる」


今苦しいのは風邪のせいだけではないんだがな、というツッコミを心の中で叫んでいるが、俺は眉一つ動かさずに規則正しい呼吸を繰り返した。

嘘を吐きなれた俺だからこそ耐えられた。


「だから私は少しでもイスラちゃんの力になりたい。その苦しみを和らげてあげたい。ねえ、私はあなたのために何ができるかな?」


何もしなくていいから家で大人しくしていてくれ。

元気になったらまた相手してやるから。


「そうだ、せめてイスラちゃんがよく寝られるように子守歌を歌ってあげるね」


またレティシアは突飛なことを言い出した。


今日一日で分かったことだが、レティシアは子供なのだ。

普段は周りの人間の期待に応えようと大人らしく振る舞っているが、本当の彼女は寂しがり屋の少女そのものだ。


親しい人間の体調不良の際に何もできず、だけど何かしてあげたい。

今日のレティシアの振る舞いはまるで親が風邪をひいた時の小さな子供のように、自分にできることをしようとして空回りしていた。


「~♪」

レティシアは静かで穏やかな歌を歌い始めた。


普段の彼女の声も美しいが、歌声も当然に美しかった。

知らない歌だったが、自然と心が落ち着く。


二人の時はいつもしょうもないわがままで俺のことを振り回すくせに、こういう時だけ妙に俺の心を打つのが腹立たしい。


(それにしてもいつまで歌い続けるのだろうか)


レティシアは既に二曲ほど歌い終わり、三曲目に突入している。

寝ている相手に対してサービスが過ぎるのではないだろうか。

一体何曲で打ち止めになるのか気になり始めたので、レティシアの歌に集中することにした。


次に俺が目を開けた時、レティシアは既にいなくなっていた。

俺はレティシアの子守歌で本当に寝てしまっていたようだ。


何とも言えない敗北感を抱きつつも、それ以上に体の熱さが気になった。

今朝起きた時よりも熱が上がっている気がする。


「イスラお嬢様、お目覚めですか?」


声をかけてくれたのはメッツだった。

いつからそこにいたのか分からないが、ベッドの脇で俺の目覚めを待っていたようだ。

気分はすぐれないが、あの後どうなったか確認しなければなるまい。


「レティシア様は?」

「イスラお嬢様がお休みになったのでお帰りになられました」


結局俺はレティシアがどのくらい俺に歌を聞かせてくれたのか分からず終いだ。

あの時俺は初めから寝ていたということになっているので、レティシアに真相を訪ねるわけにもいかない。


「イスラお嬢様、どうかされましたか?」

「……いえ、体調が悪化して気分が優れないだけよ」


俺はこの誰にも言えない悔しさを抱えて安静にするしかないのであった。

次回投稿日:3~5日後

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