26.凡ミスの代償(2)
前回の話
レティシアからの手紙を放置してしまっていたイスラはレティシアに謝罪をするべく彼女の屋敷に向かったのだった。
門前払いをされてしまうも、門番を買収することでイスラは再び屋敷への侵入を図っていた。
門番は
「必ずあなたを門の中に入れるよう許可を取り付けてくる」
と息巻いて屋敷の中に向かった。
その間一人で突っ立っていたが、春ももうすぐだというのに今日はとても冷える。
昼間だというのに吐く息が白くなるほど空気は冷たい。
どんよりと曇った空の下で一人きりというのは傍からみたら惨めなことだろう。
少しの間そうしていると、門番とレティシアの侍女がやってきた。
侍女は面倒そうな顔とは対照的に門番は晴れやかな顔だ。
どうやら交渉は成立したらしい。思ったよりも有能な門番だったな。
「門の中で待つことを許可します。ただし屋敷の中には入らないでください」
侍女は短くそう告げると再び屋敷の方に戻った。
門番は大げさに俺に対して門の中に入るよう促した。
俺は門番に指を3本立てながら笑顔を向けて敷地の中に入った。
屋敷には入るなと言われたので、まだ中には入れない。
しかしここまでくれば後は根気の勝負だ。
レティシアの屋敷は何度か来たことがあるので、おおよその構造は把握している。
俺はレティシアの部屋にできるだけ近い廊下の窓から見えやすい位置に陣取り、立ったままレティシアが通るのを待った。
どの程度待てばいいかなど、もちろん分からない。
しかし分からなくても、レティシアがここを通るまで待てばいいだけだ。
レティシアは本質的には優しい人間だ。
こんなところで立ったまま待っている人間を放っておくことはしない。
とはいえ今日はとても寒い。
俺はレティシアが早く屋敷に招き入れてくれることだけを期待してその場で待った。
暇な時というのは時間の進みが遅く感じるものだ。
ここで待ち始めてどのくらいの時間が経ったのだろうか。
自分でも分からなくなっている。
レティシアはまだ現れない。自室で作業をしていることもあるだろう。
それでも夕食の時間には部屋を出るはずなので、遅くともそれまでの辛抱だ。
なんとか自分を鼓舞していたが、さらなる不運が俺を襲った。
(雨か……何もこんな時でなくても)
朝から曇っていた空から遂に雨粒がこぼれ始めた。
静かに降り始めた雨は傘を持たない俺の体を容赦なく打ち付けてきた。
ものの数分で全身濡れてしまったが、気温の低さと相まって瞬く間に体温を奪われていくのを感じる。
体はガクガクと震え、歯がカチカチと音を立てるようになってきた。
しかしここで引き下がっては全てが水泡に帰してしまう。
ここが正念場なのだ。ここさえ乗り切ってレティシアに会いさえできれば後はどうにでもできる。
(あと少し……あと少しだけ待てば……!!)
気力のみで立ち続けていたが、段々と意識が遠くなっていくのを感じる。
気を抜くと倒れてしまいそうだ。
そしてさらに時間が経ち、いよいよ俺は体力の限界を迎えた。
足の震えに体が耐えられず、俺は地面に倒れてしまった。
この程度で死ぬことはないだろうから大丈夫だとは思うが、万が一誰も俺の存在に気が付かずに日が落ちてしまったら危ないかもしれない。
(いや、もう考えるのはよそう。どうせ一度死んだ身だ)
重くなる瞼にも力が入らないので自然と目を閉じたが、一向に思考は働かない。
もはやここまでか?
「……!!………?……!!」
近くで誰かの声が聞こえる。
どうやらようやく俺は誰かに見つけてもらえたらしい。
(よかった……。これで、ようやく……)
俺は安心感からか、そのまま意識を失ってしまった。
次に目が覚めると俺は見慣れない部屋に座っていた。
しっかりとしたロッキングチェアのようで、ゆりかごのように揺れる感覚が心地よい。
周囲には局所用の暖房魔道具が置かれており暖かな空気を送ってくれている。
そして何より背中や太ももに感じる温かさや柔らかさはただの椅子では絶対に感じることができないものだ。
「イスラちゃん、目が覚めた?」
頭上に視線を向けると、レティシアの心配そうな顔が目に入った。
どうやら今の俺はレティシアが椅子に座っているさらにその上に座っているという体勢のようだ。
そうか、俺はレティシアに会うことができたのか
「レティシア様……手紙の返事が出せず、……申し訳、ありませんでした」
俺はここに来た目的を果たすべく謝罪の言葉を述べたが、まだ体が思うように動かず、掠れた声になってしまった。
「私の方こそごめんなさい。私が少し意地を張ってしまったばかりにイスラちゃんをこんな目に遭わせてしまったなんて」
そう言うとレティシアは俺を背中から強く抱きしめた。
事情はわからないが、どうやら許してもらえそうだ。
それならば雨に打たれた意味もあったというものだ。
「手紙の返事がもらえなかったのは悲しかったけど、それでも私、イスラちゃんのこと嫌いになんてなれない。これからも、ずっと一緒にいたい」
レティシアは改めて俺への思いを口にしたが、感極まって涙を流し始めたため、最後の方は声が震えていた。
「私は、これからもずっと、レティシア様のお側にいますよ」
レティシアがここまで言うのだから、俺も少しリップサービスをしてやらねばなるまい。
永遠に続く関係などあるわけがないのに、年頃の女はどうもそういったロマンチズムな言葉を好む。
実際、俺の言葉でレティシアは嬉しそうにしている。
「ありがとう、イスラちゃん。私たち、これからもずっと親友でいようね」
レティシアは涙を流しながら微笑み、その涙は俺の顔に落ちてきた。
それは彼女の優しさを表すように温かく、彼女の清らかさを表すように透明であり、レティシア・フローリアという少女の心を体現するかのような尊いもののように感じた。
しかし、その雫が俺の心を温めることはない。
打算的な詐欺師は変わらぬ友情を誓い合う二人の少女という美しい関係性をどこまでも冷めた気持ちで傍観し、損得勘定を考えるばかりなのであった。
次回投稿日:3~5日後
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