25.凡ミスの代償(1)
前回の話
レティシアの取り巻きの一人であるミレイヌ・リベールに借りを作ったイスラは彼女にナスルを紹介したが、彼女の真の目的は家族への復讐だった。
イスラはミレイヌの復讐心を肯定することで彼女を自分の駒にしようと目論んだ。
冬も終わりが近づき春の気配を感じることも増えたが、まだまだ寒い日が続いている。
俺は久しぶりに休日を手に入れることができたので、自室で何もせずに何となく窓の外を眺めていた。
空は一面の曇り模様でどんよりとした雰囲気だが、考え事をするにはこれくらいが丁度良かったりする。気持ちのいいくらいに晴れた空を見ていると、つい楽観的になってしまっていけない。
最近はレティシアの取り巻きの令嬢との交流が増えて忙しくしていたため時間が早く過ぎている感じがしたが、実際は年明けからまだ2か月ほどしか経っていない。
その間にユフィーとテニスをしたり、ノインに法律のことを教わったり、ミレイヌを誑かしたりと色々なことがあったと思い返したが、そういえばその中に肝心のレティシアに関わることがほとんどない。
嫌な予感がした俺は侍女のメッツを呼び出して確認した。
「メッツ、年が明けてから私宛にレティシア様からの手紙は届いたことがあったかしら?」
レティシアが俺に2か月以上何もアクションを起こさないのは去年の傾向からしたら考えにくいことだ。
「1月に1通ございました。確かにイスラ様はその時とても忙しそうにされており、机の引き出しにしまったと思うのですが」
メッツはあたかも昨日のことのようにスラスラと答えてくれたので、俺もその時のことをすぐに思い出すことができた。
確かにあの時はナスルから送られてきた年末の決算報告の確認や、各方面からの新年の挨拶状への対応、ノインとやり取りを始めたのもその頃だったので非常に忙しかった。
そしてレティシアからの手紙はメッツの言う通り引き出しにしまって、後で返事を出そうと思っていたのだ。
俺の記憶はそこで終わっていたが、急いでその引き出しを開けると無情にも未開封の手紙が入ったままだった。
俺は恐る恐る開封し、中身を確認するとレティシアから新年になったことだし、気持ちも新たに二人でゆっくりと時間を取って会わないかという誘いが来ていた。
(まずいまずいまずいまずい)
あろうことか俺は約1か月半ほどの期間、レティシアからの手紙を無視していたことになる。
そういえば最近は取り巻きを呼んだ茶会も開かれていなかったが、もしやこの件も影響があるのだろうか。
……いや、考えるのは後だ。
今、レティシアがどのような状態なのかは分からないが、とにかく謝るしかない。
俺はすぐさまレティシアの屋敷へと向かった。
レティシアの屋敷に着いた俺は門番に声をかけた。
「突然の訪問失礼いたします。私はヴィースラー子爵令嬢のイスラと申します。レティシア様はいらっしゃいますか?」
門番は怪訝な顔をしつつも貴族を名乗る来客をどうするべきか確認してくれたようで、少し待っているといつもレティシアの近くにいる侍女を呼んで来てくれた。
俺はその侍女に以前から敵視されているような気がしていたが、今日はあからさまに軽蔑のまなざしを俺に向けている。
「イスラ様、本日はどういったご用件で?」
使用人の身分でありながら仮にも貴族令嬢の俺に対してかなり不遜な態度とも取れるが、そんなことはどうでもいい。
なんとしてでもレティシアに会わなければならないのだから、使えるものは何でも使わなければ。
「至急レティシア様にお会いしなければならない要件がございます。恐れ入りますが、取り次いでいただけないでしょうか?」
「それはできません。お引き取りください」
しかし侍女は俺の申し出を少しも考える素振りもなくピシャリと断った。
だがこっちもこの程度で引き下がれない。
「レティシア様はご不在ですか?」
「いらっしゃいますが、あなたには会いたくないと仰っています」
「それでしたら会ってもいいと思っていただけるまで待っていてもよろしいでしょうか?」
「レティシア様はあなたのような人間には二度と会わないでしょう。お引き取りください」
侍女のガードは鉄壁だった。俺は彼女に何もしていないと思うのだが、嫌われてしまっているものだ。
とはいえレティシアは屋敷の中にいるということを教えてくれるあたり詰めが甘い。
それならば正攻法ではなく、別の手立てを考えよう。
「それではここで待たせていただきます。門の外でしたら問題はありませんよね?」
「お好きにどうぞ」
侍女はそれだけ言うと屋敷の方へと戻った。
門の外には俺と門番だけが残された。
しばらくの間何もせずに立っていたが、機を見て門番に話しかけてみた。
「門番さんも大変ね。こんなに寒い中、一日中外に立っていなくてはならないなんて」
門番の男は突然話しかけられたことに驚いていたが、礼儀正しく返事をくれた。
「ありがとうございます。貴族の方からそのように労っていただけると励みになります」
流石は公爵家の門番だ。しっかりと教育されている。
その教育がどこまで徹底されているか見せてもらおう。
手始めに俺は目に意識を集中させて少量の涙を出し、潤んだ瞳で門番を上目遣いを使って見つめながら会話を続けた。
「実は私、とても困っていますの。どうしてもレティシア様にお会いしなければならないのに、屋敷の中にすら入れていただけないなんて」
「そうでしたか」
「門番さん、私に協力してもらえないかしら?」
「申し訳ありません。いくら貴族のご令嬢のお願いであっても、屋敷の方の許可なくこの門をお通しすることはできません」
門番の男は外面のいい女がお願いした程度では全く靡かなかった。
真面目で好感の持てる男だ。
それならばこれではどうだろう?
「私はあなたにこの門を通してほしいとは言わないわ。ただ、屋敷の中にいらっしゃる方に私を敷地内に入れていただくようお願いしていただければそれでいいの」
「申し訳ありませんが、簡単に持ち場を離れるわけにはいきません」
「もちろんタダでとは言わないわ。そうね……もし私があなたの働きかけで敷地の中に入れたら金貨3枚ほど差し上げましょう」
「金貨3枚!?」
真面目な態度だった門番は金貨3枚に大きく心動かされたようだった。
公爵家の門番の給金がいくらかは知らないが、金貨3枚もあれば何か月分かの給金に相当するはずだ。
そのような大金がたった数分で手に入るのだから迷わない者はいないだろう。
門番もその例に漏れず、少し俯きながら真剣に損得勘定に勤しんでいる。
俺はさらに門番に誘惑の言葉をかけた。
「私は何もあなたに不正をするようにお願いしているわけではないわ。あなたがするのはあくまで屋敷の中の人へのお願いだけ。それが成功したら金貨が手に入り、失敗しても失うものは何もない。悪い話ではないと思うけれど」
門番はさらに考え続けたが、最終的には金の魔力には抗えなかったようで、
「本当に金貨3枚でいいんだな?」
と確認してきた。
俺はそれに悪魔の笑みで答えた。
「もちろん。ヴィースラー子爵家の家名に誓って」
次回投稿日:3~5日後
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