表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/127

24.商人の駆け引き(3)

前回の話

レティシアの取り巻きの一人であるミレイヌ・リベールに借りを作ったイスラは彼女にナスルを紹介することになった。

「失礼いたします」


メッツがミレイヌの来訪を知らせて間もなく、俺とナスルが待つ客間にミレイヌが入ってきた。

彼女は臆することなく俺たちの方へやってきたが、レティシアにも負けず劣らず完璧な作り笑顔だ。ミレイヌの気合が伝わってくる。

早速俺は彼女のことをナスルに紹介した。


「改めて紹介するわ。こちらが私の友人で、リベール男爵令嬢の娘、ミレイヌ・リベールさん」

「お初にお目にかかります。ミレイヌ・リベールと申します。本日はお時間いただきありがとうございます」

ミレイヌがナスルに挨拶をすると、ナスルもそれに応えた。

「ご丁寧にありがとうございます。私はナスル商会のナスル・マクニコルと申します。以後、お見知りおきを」


ミレイヌとナスルはお互いに自己紹介を済ませたが、両者ともお互いの一挙手一投足に注意しているのが伝わってくる。

対立しているわけでもないのにとても緊張感のある空気感だ。


「早速ですがナスル殿、あなたはたった一代で我が国の交通、物流、小売りの事業を支配した偉大な商人です。どのようにしてそのような偉業を成し遂げたのでしょうか?」


先に仕掛けたのはミレイヌだった。

やたらとナスルのことを持ち上げているが、よく考えれば彼の実績は客観的に見たら常軌を逸しているのは間違いない。


ナスルは俺の方にチラリと視線を送ってきたが、俺は小さく首を横に振って俺の話はしないよう伝えた。

そのサインを確認したナスルはミレイヌに言葉を返した。


「運が良かったとしか言いようがありません。たまたま私のやり方がうまくいっただけです。初めからここまで事業の規模を大きくしようとしていたわけではなく、成功はあくまでただの結果に過ぎません」


ナスルは涼しい顔でミレイヌの質問を誤魔化した。

当然、ミレイヌも納得はしていないためか、質問の仕方を変えてきた。


「ナスル殿はある時期を境に、それまでの主幹事業であった小売り店から急に事業を拡大して道路の整備、温泉街の開発、中小馬車事業者の買収と統合を急激に進められていますよね? 一体何がきっかけだったのですか?」


ミレイヌは質問の内容をより具体的にしてきた。

もちろんナスルが事業拡大に踏み切ったのは俺が彼に強くその内容を提案したからであるのだが、それは黙っていてほしいので改めて視線で俺のことは話さないようナスルにアイコンタクトを送った。

ナスルはポーカーフェイスを崩さないため、俺のサインが届いているか少し心配だが、多分問題ないだろう。


「きっかけ……ですか。そう言われましても、上手くいきそうな商売を思いつき、それを実践しただけですので、説明するのは難しいですな」

「それではナスル殿はそんな画期的な事業を思い付きで実行して上手くいったということなのですか?」

「そうなります」


ナスルはのらりくらりとミレイヌの質問を躱しており、ミレイヌも食い下がってはいるが、この様子では彼女の望む答えは引き出せない。

ミレイヌは明らかに歯がゆさを感じているようで、作り笑顔にほころびが見え隠れしている。

しかし、ミレイヌはなぜナスルの成功についての話に固執しているのか。


「ミレイヌ様、先ほどから私が事業で成功した時のお話に興味を持たれているようですが、どういった意図でのことでしょうか? もう少しミレイヌ様の質問の背景を伺えれば、より有意義な回答ができるかもしれません」


ナスルはミレイヌに質問を返したが、どうやら彼も俺と同じことを疑問に感じたらしい。

ミレイヌは少し言葉に詰まったが、何かを決心したようで俺とナスルに『今からする話は他言無用でお願いします』と前置きした上で、今回の場を設けた意図を教えてくれた。


「父は魔道具の製造、売買に関する商売で利益を上げてきました。しかし私はそのビジネスモデルは限界だと思うのです。だから新しい事業を考えているのですが、いい案が思いつかなかったため、ナスル殿に斬新なビジネスモデルを実現させるためのノウハウを伺いたかったのです」


ミレイヌはそれまでの作り笑顔ではなく、切実な顔をして実家の稼業を案じていた。

この話もミレイヌの作り話の可能性はあるが、一応理に適っている。

ナスルは少し考えてからミレイヌに語り掛けた。


「私の場合は運が良く私の考えに賛同して出資してくださる方がいたのが成功の一番大きな要因です。成功する者にはそれにふさわしい出会いがあるものなのです。大切なのはそういった機会を逃さないよう、普段から周囲の者との関係を大事にすることです」

「なるほど、確かに他人のアイデアから新しい閃きがあるかもしれないですね」


ミレイヌはナスルの話を素直に聞き入れて頷いている。

俺の視点だと、ナスルは暗に俺にミレイヌの面倒を見ることを丸投げしているように感じるのは俺の考えすぎだろうか。


しかし、俺はここまでの二人のやり取りに些か落胆していた。

ミレイヌはナスルを呼び立てて何を話すのかと思っていたら、商売の話というよりは個人的な経験談を聞いている。

ミレイヌのことを買いかぶり過ぎていたか。


「この話がミレイヌ様のお役に少しでも立てたら幸いです。ミレイヌ様が将来、家業を継ぐことになられた際に、その新しいビジネスモデルが成功することを祈っております」


ナスルも、もうこの場には興味がないと言わんばかりに話を締めようとしている。

次の瞬間には『それでは私はこれにて』と言って帰り支度を始めそうな空気を醸し出している。

しかしミレイヌは少し低い声でナスルに語り掛けた。


「ナスル殿、何か勘違いをされているようなので、誤解を解かせていただきます」

「……と、言いますと?」


ナスルはミレイヌの様子が変わったことを察知してか、もう一度だけ話を聞くようだ。

「私は自分で独立した商会を新たに立ち上げて、実家の家業であるリベール商会の没落を尻目に成功したいのです」


ミレイヌは高らかに自分の目標を宣言したが、その言葉に俺もナスルも目を見開いた。

こいつは父が経営する商会が破滅してほしいと思っているのか?

俺とナスルが呆気に取られていると、ミレイヌはさらに言葉を続けた。


「私の家族は愚か者ばかりです。新しい商売を提案する私を蔑ろにして古いやり方に固執する父、そんな父に何の意見もせず言いなりの母、父からの覚えがいいというだけで私を馬鹿にする兄と姉。挙句の果てに父は貴族の爵位を金で買い始めました。あんな奴らがこの先も成功し続けるとは到底思えません」


家族のことを話すミレイヌの目は憎しみで淀んでいた。

普段から相当に思うところがあるのだろう。


「だから私は自分だけで独立して新しい事業を立ち上げて、成功を収めなければならない。その上であいつらに今までの仕返しをして初めて私のこれまでの人生が報われるのです」


ミレイヌは力強く自分の考えを述べたが、ナスルはポーカーフェイスを一瞬崩し、顔をしかめていたのを俺は見逃さなかった。

確かにミレイヌの望みは歪んでいる。


「ミレイヌ様、私はあなたの考えには共感できませんが、もしあなたの新しい商売が私の利益になるようであれば共に事業を展開することも検討します」

「ナスル殿、ありがとうございます。ゆめゆめ、その言葉を忘れぬようお願いします」


ナスルはこれ以上ミレイヌに関わりたくない思いから当たり障りのない返事をしたに過ぎないと思うが、ミレイヌはこの返事を言質として再びナスルの元に現れるだろう。

そう確信させるだけの雰囲気が、彼女にはある。


「それではイスラ様、ミレイヌ様、私は次の予定がございますのでこれにて失礼いたします」


ナスルはミレイヌとのやり取りを終えると、用事は済んだとばかりにそそくさと客間を後にした。

ナスルから事前に次の予定については聞かされていなかったので、恐らくこの場を抜けるための方便だ。


残されたミレイヌの方を見ると、元の作り笑顔に戻っていた。


「イスラ様、今日はありがとうございました」

「別に構わないわ。そういう約束だったもの」


ミレイヌは表情こそいつも通りだったが、声には元気がなかった。

今日の会合は思ったような結果ではなかったのだろう。


「今日はお見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません。今日のことは他の方には内密にしていただけないでしょうか?」

「あなたがそれを望むらなそうするわ」

「ありがとうございます。そして、もしよろしければイスラ様も今日の私の話は忘れていただけると助かります」


ミレイヌは力なくそう言った。

ナスルはミレイヌの考えに共感できないと一蹴したが、世の中の一般的な感覚はそういうものだ。


彼女もそんなことを言うつもりはなかったと思うが、勢いで言ってしまった言葉はなかったことにできない。

ミレイヌもそれは理解しており、せめて今後は今まで通りに接してくれという意味合いだと思うが、それを認めるわけにはいかない。


「ミレイヌさん、私はあなたの言葉を忘れるつもりはないわ」

「イスラ様、不愉快な気分にさせてしまったことは謝ります。なのでどうかご慈悲を」


ミレイヌは俺の返事を聞くと悲壮感を露わにして勢いよく頭を下げた。

謝罪の仕方に必死さが垣間見える。普段からこういった謝罪を強要されているのかもしれない。


「ミレイヌさん、何か勘違いをされているようだから、誤解を解かせてもらうわね。私はあなたの考え方を好ましいと思っているのだけれど?」

「……え?」


確かにミレイヌの考えは歪んでいると思うが、一方で不思議と俺は彼女に好感を持つことができた。

ミレイヌがナスルに語る時に一瞬見せた嗜虐的な笑みが、鴨を目の前にした詐欺師と同じような顔をしていて親近感を持てたからだろう。


「顔を上げて、ミレイヌさん。もう一度言うわ。私はあなたの考え方を好ましいと思っている。復讐が生きる目的でもいいじゃない」


頭を下げたままのミレイヌの顔に優しく手を添えて、ゆっくり持ち上げると彼女はとても驚いた顔のまま固まっていた。

このような言葉をかけてもらったのは生まれて初めてのことなのだろう。


「誰にも認められなかったなんて今まで辛かったでしょう? 私はミレイヌさんのことをもっと知りたいわ」


俺はミレイヌに微笑みかけてから、彼女の頭を胸の辺りに抱き寄せ、ダメ押しに甘い言葉を囁いてやった。


「私はあなたの味方よ。だから安心して」


ミレイヌは少しの間、何の反応も示さなかったが、次第に肩を震わせながら鼻を啜り始めた。

そして両腕を俺の背中に回すと、静かに嗚咽を漏らしだした。

さらにミレイヌの頭をゆっくりと撫でてやると、嗚咽が大きくなった。


俺はそんなミレイヌの様子を見下ろしながら、冷めた心で彼女の利用価値について考えていた。

こいつはうまくいけば俺にとって都合のいい駒、上手くいけば財布役として飼えるようになるかもしれない。


家族からの愛情を得られずに育った者はその反動で心の底では家族を求めていることも多いため、そういった人間は少し優しくしてやればすぐに心を許すようになり、簡単に洗脳できることを俺は頭ではなく魂で理解していた。


そして彼女が本当に新しい商売で成功したら金を吸い上げればいいし、失敗したら切り捨てればいい。


(俺はお前が欲しいものをくれてやる。ただし、その対価はお前の全てだ)


俺はしばしの間、この聖母の真似事に興じて新たなカモを得たのだった。

次回投稿日:3~5日後

続きが気になる方は是非ブックマークしてお待ちください。

高評価、いいね、感想をいただけたら励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ