23.商人の駆け引き(2)
前回の話
レティシアの取り巻きの一人であるミレイヌ・リベールに借りを作ったイスラは彼女にナスルを紹介することになった。
ミレイヌとの約束の翌日、早速ナスルのスケジュールを確認したところ、一週間後に丁度都合が合いそうだということが分かった。
そのことをミレイヌにも手紙で伝えると、二つ返事でその日を空けておくとの回答があった。
俺は二人とやりとりをして俺の屋敷で顔合わせを行う段取りを立てた。
約束の日、まず屋敷に来たのはナスルだった。
ミレイヌに会ってもらう前に話しておきたいことがあったため、彼女が来る前に早めに来てもらった。
いつものように客間に入ってもらい、茶を出してもてなした。
「今日はわざわざ時間を取らせてしまってごめんなさい」
「いえ、イスラ様からのご要望ですから、いつでも馳せ参じます」
相変わらず小娘相手にも真顔でかしこまった言葉を使う堅苦しい男である。
最近は何かとナスルに頼み事をする機会が増えてしまっていたが、そのことについて彼がどう思っているか顔を見ただけでは判別できない。
とりあえず改めて謝意を伝えておかなければならないと思い、そのことを口にしようとしたらナスルの方が先に口を開いた。
「イスラ様、先般はありがとうございました」
「……なんのことかしら?」
ナスルに謝ろうと思っていたらむしろ感謝されていた。
ナスルは俺に深く頭を下げたが、その理由に全く覚えがない。
「フローリア公爵家のご令嬢に私共の運営する温泉地をご紹介いただいた件です。あの後、公爵家の方から直々に温泉旅館の買い取りの話をご相談いただきました。公爵家の方との商売の機会など私では作ることができませんから、そのきっかけを作ってくださったイスラ様には感謝してもしきれません」
ナスルは珍しく高揚した声で感謝の理由を教えてくれた。
確かに年末の温泉旅行の際にレティシアがそんなことを言っていたかもしれないが、まさか本当にナスル商会にその話を持ち掛けていたとは。
しかし、そういう事情があるならば話は変わってくる。
さっきまでは俺は平身低頭謝り倒すつもりでいたが、むしろこちらの頼みを聞いてもらって当然くらいの立場でいいかもしれない。
「その件のことね。私も私なりにあなたにいい話を提供できるよう動いているの。だからこれからも頼み事をすることがあると思うけれど、対応してくれると助かるわ」
「もちろんでございます。旅館の予約の件を相談された際は、商人にとって一番年忙しい年末の時期に面倒事を押し付けるイスラ様の正気を疑いましたが、このような結果を出していただき自分の愚かな考えを反省した次第です。私としても今後もイスラ様とはより良い関係を築ければと思っています」
「まあ、今回は運よくいい結果に繋がったけれど、毎回上手くいくとは限らないから、そこだけは了承してね」
ナスルは俺に感謝しているとは言っていたが、繁忙期に雑事を押し付けたことへの恨み言はチクリと挟んできた。その時は対応こそしてくれたものの、やはり相当イライラしていたに違いない。
もしレティシアが実際にナスル商会に話を持ち掛けなければ大変なことになっていたかもしれない。
そう考えるとレティシアにも感謝しなければな。
「それでイスラ様、今回もその『いい話』に期待してもよろしいのですか?」
「正直に言うと私にもまだ分からないわ。けど、あまり期待しすぎないで」
俺は今日ナスルに紹介するミレイヌ・リベール男爵令嬢のことと、紹介に至った経緯を説明した。
「つまりイスラ様は魔道具の礼に私を利用したということですね」
「利用だなんて人聞きが悪い。あなたにとっても悪い話ではないのではないかしら」
一通り事情を聞いたナスルは案の定面倒そうな顔をしてこちらを睨んだ。
俺は何食わぬ顔で受け流すと、ナスルはため息を吐いたが、すぐに元の仏頂面に戻り商売の話を始めた。
「リベール商会の名は存じています。確かに魔道具の製造、販売で名を挙げた商人ですね」
「あなたの商会は魔道具の扱いは少なかったはずだし、協力関係になるのも一考の余地はないかしら? 少なくとも話を聞く価値はあると思うけれど」
「仰る通り我が商会では魔道具の販売はあまり行っておりません。しかし、懸念が三つございます」
どうやら魔道具の扱いは俺が思っていたよりも課題が多いらしい。
ナスルは一旦言葉を区切り、その懸念を説明してくれた。
「まず一つ目が魔道具の生産方法の問題です。魔道具はその性質上、動力源の魔法を起動させるための魔法陣が正確に描かれていることが不可欠です。多くの場合、丈夫な石板を鋳型で正確に削り取るのが一般的なやり方ですが、その生産方法でも職人の手による手作業での生産になります。また、複数の魔法を組み合わせるものであれば魔道具の構造も複雑になり、それも職人の手作業が必要になります。そのため一度に大量の商品を発注することが困難です」
「二つ目に魔道具の需要の問題です。魔道具は確かに便利な装置ですが、我々の暮らしの中で必ずしも必要でない場面もあります。例えば発火装置などは火元が別に存在すれば、その火を他の場所に分けることが可能です。また、質の良い魔道具は十年以上使うことが可能です。そのため、一度に大量の需要が見込める場面は限定されます」
「最後にリベール商会との取引について不安があります。リベール商会の代表は一代で莫大な財産を築き、その金で男爵の地位を買ったと言われています。短期間で身の丈に合わない金を稼いだ者は往々にして自分を見失いがちです。リベール商会の代表がどんな意図で爵位を手に入れたのかは分かりませんが、自分の力を誇示したいというだけであるならば、遠からず没落の一途を辿ることになるでしょう」
ナスルは魔道具の取り扱いについての懸念を丁寧に教えてくれた。
俺は前世の記憶で面白いアイデアが浮かぶことはあるが、商人としての知識や経験ではナスルには遠く及ばない。そのナスルが問題だと感じているのであれば俺が安易に解決できるような課題ではないのだろう。
「話は分かったわ。けれど今日のところは話し合いだけだし、私も同席するから何かあれば口を挟ませてもらうわ」
「イスラ様のお知恵を借りることができれば私としても心強いです」
ナスルの考えは理解できた。
後はミレイヌがどういう筋道で話をしてくるかだ。
わざわざこんな場をセッティングさせたのだ。ただの雑談で話が終わるとも思えない。
「イスラお嬢様、ミレイヌ様がいらっしゃいました」
話の切れ目でタイミング良く侍女のメッツがミレイヌの来訪を知らせた。
「ありがとう。ここに通して頂戴」
「かしこまりました」
さて、これで俺のやるべきことは終わった。
今の俺はあくまでミレイヌとナスルの顔合わせの場を整える仲介人に過ぎない。
しかし俺は密かに二人がどんな話をするのか楽しみにしている。
この前の印象ではミレイヌもかなり優秀な商人だ。
ナスルとミレイヌ、優秀な商人同士の駆け引きを気楽な立場で見物させてもらうとしよう。
次回投稿日:3~5日後
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