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22.商人の駆け引き(1)

前回の話

レティシアの取り巻きの一人であるノイン・ヴァレンシュタインと親交を深めた。

ある朝、いつものように目を覚ますと部屋がいつもよりも寒いことに気が付いた。

外を見ると空はまだ暗かったが、天気は悪くないようだ。


部屋の明かりを点けて、暖房を確認したところ動いていなかった。

再度起動しようとしたが、普段なら温かい空気を送ってくれる排気口がうんともすんとも言わない。


(故障だろうか?)

改めて暖房の周囲を観察してみた。


この暖房は一般的な家庭でもよく使用されるタイプの魔道具で、魔法陣が描かれた石板部分に魔力を流し込むことでそこから線で繋がった動力部分で術式が発動して排気口から温風が出てくる仕組みだ。


石板部分の魔法陣に異常はなく、断線も見られない。

排気口には故障の原因はないので、必然的に動力部分に異常があるのだろうが、この部分の内部構造には詳しくない。

専門の業者に修理を依頼するしかあるまい。


日が昇り、町が動き出した頃合いに、侍女のメッツを町の修理業者のところに行かせたが、昼過ぎに帰ってきた彼女から修理は最低でも1か月待ちだということを聞かされた俺は頭を抱えた。

新品を購入しようにも魔道具は専門の職人が一つ一つ手作業で作ることが多いため、市場に数が出回らない。


ナスル商会も魔道具の流通は押さえていないため、あてにできない。

かといって1か月も自室がこの寒い状態なのは耐えられない。


(そういえば……魔道具で儲けてるやつがいたな)

そんな時、以前にレティシアの取り巻きを調べた際に、ミレイヌ・リベール男爵令嬢の家が魔道具の商売で一山当てたという情報が記載されていたのを思い出した。


もしかしたら彼女の家は余剰の在庫を抱えているかもしれない。

あまり人に借りを作るものではないが、背に腹は代えられない。

俺はミレイヌとのアポイントを最短で取り付けるべく動き始めた。


次の日。俺は寒い自室で温かい茶を飲みながら様々な書類に目を通していた。

ミレイヌには昨日手紙を出したが、返事は早くても今日か明日だろう。

そんな風に考えていたらメッツが困惑した顔で部屋に入ってきた。


「イスラ様、お客様です」

「誰かしら? 今日の来客予定はなかったと思うけれど。……まさか」

「はい、ミレイヌ・リベール様です」


ミレイヌは手紙の返事を寄こす代わりに直接訪問してきたのか。

あまりの速さに驚いたが、同時に商人らしいスピード感だと感心した。

いい商人は商売の好機を絶対に逃さない。


恐らくミレイヌはすぐに暖房用の魔道具を手配してくれる気がするが、必ずその対価に俺に何かを要求してくるのは間違いない。

(一体何をさせられるやら……)

とにかく俺の頼みに応じて来てくれたのだ。もてなしはしなければならない。


客間には既にミレイヌが座っており、その後ろには作業着を来た男が数人控えている。

完全に今日中に修理か新品の設置までやるつもりだ。


「あ、イスラ様。突然押しかけてしまって申し訳ありません。ですが、この寒さの中、暖房が故障したとのことだったので、無礼を承知で来てしまいました」


ミレイヌはこちらに気が付くと、トテトテとこちらに近づいて来て恭しく頭を下げた。

彼女は俺の一つ上だが、俺よりも小柄で愛嬌のある顔立ちをしている。

一つ一つの所作が人懐っこい雰囲気を演出しており、商人らしい振る舞いだ。


「ミレイヌさん、頭を上げて。こちらこそ無理なお願いをしてしまってごめんなさい」

「とんでもないです! 私のお父さんは魔道具をたくさん扱う商売をしているので、イスラ様のためなら一つや二ついつだって手配しますよ!」


ミレイヌはニコニコとした笑顔でそう言ったが、俺の勘が間違いなくコイツには裏があると告げている。

とはいえ、そんなことはどうせ後から分かることだ。

まずは本題を進めよう。


「それで、故障した暖房なのだけど、私の部屋にあるの。せっかく来てもらったのだし、一度見てくれないかしら」

「もちろんです! そのためにお邪魔させてもらったので」


俺はミレイヌを自室に案内し、故障した魔道具を見てもらった。


「うーん、これは故障の原因を調べるのには時間がかかりそうですね。よろしければ同じようなタイプの新品を持ってきているので、そちらを設置しますがいかがですか?」

「ありがとう。ではそれでお願いしてもいいかしら」

「かしこまりました!」


ミレイヌは俺の了承を取るや否や、引き連れていた作業着姿の男たちに手際よく指示を出し始めた。

そしてものの十数分で新品の設置が完了した。


「お待たせしました。こんな感じでいかがでしょうか?」

「……ええ、全く問題ないわ。ありがとう、ミレイヌさん。まさかこんなに早く対応してもらえるとは思っていなかったわ」

「いえいえ、全然いいんですよ。……それよりも、せっかくなのでこの後少しお話をさせていただく時間をいただけないですか?」

「もちろん。それでは一度客間に戻りましょうか」


要件が済むと、ミレイヌは予想通り俺に話を持ち掛けてきた。

彼女からしたらむしろ今日の本題はその“お話”なのだろう。

俺は覚悟を決めて改めてミレイヌを客間に通した。


客間に戻ると、ミレイヌは作業着の男たちを帰らせてから話を切り出してきた。


「イスラ様はナスル商会のトップであるナスル・マクニコル殿とお知り合いなのでしょうか?」

「ええ、まあ。昔から彼には世話になっているわ」

「またまたご謙遜を。……噂によるとイスラ様がナスル殿に経営の指南をされているとか」


ミレイヌはこちらを探るように聞いてきた。

それにしても俺とナスルの関係はあまり公にしていないのだが、よく調べたものだ。


「買いかぶり過ぎよ。そんな噂どこで聞いたのかしら?」

「どこでしたかね。忘れてしまいました。とにかくイスラ様はナスル様とお知り合いなのは本当なんですよね?」


さり気なく噂の出どころを探ろうとしたが、あっさりはぐらかされた。

無邪気な感じで接してきているが、その実したたかな距離感を保っている。

俺にとっても参考になる対人能力だ。


「私がナスルと知り合いなのは間違いないわ」

「良かった! そこでお願いなのですが、私をナスル殿にご紹介いただけないでしょうか?」


ミレイヌは俺を拝むように手を合わせてお願いをしてきた。


(ミレイヌの目的はこれか)


彼女の家は魔道具関係の商売で財を築いているが、今後取り扱う商品の量が増えればその分流通関係の取引も増えることは容易に想像できる。

そして現在国内の流通を牛耳っているのがナスル商会だ。

俺を経由してナスル商会との関係を作ろうという魂胆だろう。


「ええ、分かったわ。今日はあなたのおかげで助かったし、今度紹介してあげるわ」

「本当ですか!? ありがとうございます!!!」


その申し出を承諾するとミレイヌは大げさに喜んでみせた。

今日のやり取りだけでもミレイヌは相当に賢く、また道理を弁えた人間であることが分かった。

そういった人間とはいつでも貸し借りができるような関係を持っておくといざという時に役に立つ。

ナスルの一人や二人紹介してやれば済むならば安いものだ。


「それではいつご紹介いただけますか? 明日ですか、明後日ですか? あ、今日この後でも私は大丈夫です!!」

「ごめんなさい、彼の都合もあるだろうから1か月くらいは待ってもらうと思うわ」

「1か月ですね、分かりました!!」


ミレイヌの勢いに圧倒されつつも、なんとか引き下がってもらった。

この様子だと1か月経っても紹介できなければ絶対に催促されるという確信ができた。


本題を済ませたからか、ミレイヌはそそくさと帰り支度を始めた。

「それではイスラ様、私は今日はこれで失礼いたしますね」

「ええ、気を付けて帰ってね。それと今日は本当にありがとう」

「いえいえ~。それでは失礼いたします」


ミレイヌは簡単に挨拶を済ませるとそのまま客間を出た。

ユフィーも騒がしい女だが、それとは違った意味で嵐のような女だ。

安易に依頼を受けてしまったが、今になってナスルが面倒そうに顔をしかめる姿が思い浮かんだ。


(ナスル、すまん)

とりあえず心の中でナスルに謝っておいた。

次回投稿日:3~5日後

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