21.イスラ、世界の理に挑む
前回の話
レティシアの茶会に集まったいつもの面々はなんやかんやあってテニスをして遊んだ。
この世界には通称『平和の神の祝福』という規則が存在する。
その内容は人が人に暴力行為を行おうとした際に、不思議な力が働きその行動を阻害するというものだ。
俺はこの規則に昔から違和感を覚えている。
この世界で生まれ育った人間として考えれば、人が人に危害を加えないということは当たり前のことだし、それは良いことだと思う。
しかし、俺にとって邪魔な人間が現れた時に、『暴力』という選択は常に俺の中に存在し続けている。
それは恐らく前世の経験によるものだ。
恐らく前世ではこの『平和の神の祝福』が存在せず、自由な暴力が肯定されていた世界だったのだろう。
実際に俺がこの世界に転生する際に自称女神もアバン王子は暴力では排除できないと言っていた。わざわざそのような注釈を加えたということは、『平和の神の祝福』が存在しなければ暴力の使用が選択肢に入るということになる。
「イスラお嬢様、お茶が入りました」
「ありがとう、メッツ」
考え事をしていると、侍女のメッツが茶を淹れてくれた。
カップに注がれた茶からは湯気が上がっており、その熱さが存分に伝わってくる。
俺はそのカップを手に取ると、その中身をメッツに浴びせようと腕を動かした。
しかしその瞬間、俺の腕は不自然に静止してどれだけ力を入れても動かなくなり、カップの表面の茶が少し揺れるに留まった。
「お嬢様、どうかされましたか?」
「……いえ、何でもないわ」
メッツは俺が危害を加えようとしたことにすら気づかず、俺のことを案じた。
俺はそのまま何事もなかったかのようにカップを自分の口元に運び、中の茶を啜った。
(本当に『平和の神の祝福』を搔い潜って他人に暴力を加えることはできないのか?)
今までも俺は何度もこういった実験をいくつか行ってきたのだが、個人でできることには限界がある。
何よりこういった実験がうっかり成功してしまった場合、“被験者”に害が及ぶのが問題だ。
明らかに失敗することが予想できるものであればメッツで試してもいいが、僅かでも成功する見込みのある内容は身近な人間では試したくない。
かといって専用の被験者を用意するのも様々なリスクを伴う。
どうするべきか考えた末、俺は一つの案を思いついた。
「メッツ、手紙を書くから紙と封筒を用意してちょうだい」
「かしこまりました」
思い立ったが吉日。俺は早速とある人物への手紙を書くことにした。
数日後。
「イスラお嬢様、お客様がいらっしゃいました」
「ありがとう。客間に通しておいて」
俺はその人物と文通し、今日実際に会う約束を取り付けた。
今まではこちらから出向くことが多かったが、今日はこの屋敷に招いている。
俺は身支度を整えて客間に向かった。
俺が客間に入ると、その客人であるノイン・ヴァレンシュタインがこちらを見た。
父親が中央裁判所での裁判官である彼女は、物静かで知的な雰囲気を纏っている。
全体的に体の線が細く、儚げな印象を持たせる。
そんな彼女に俺は笑顔で声をかけた。
「お待たせしました、ノインさん」
「……本日はお招きいただきありがとうございます、イスラ様」
今まで何度も顔を合わせてはいるが、まともに会話したことはほとんどなかったと思う。
この機会に多少親睦を深めつつ、彼女がどんな人物か探ることにしよう。
俺はノインの正面に座り、まずは雑談を挟むことにした。
「私たち、いつもレティシア様のお茶会に参加しているけれど、こうしてお話する機会はなかったわね」
「……はい」
「今更かもしれないけれど、ノインさんとも仲良くできればと思っているの。改めてよろしく」
「……はい、よろしくお願いします」
ノインは表情を変えずに淡々と俺の言うことに答えた。
声量は小さめで、耳に意識を集中していないと聞き逃してしまいそうになる。
しかし、これは相手が俺だからというわけではなく、彼女は他の誰に対してもこのような感じなのだ。
二人で話せば何か変わるかもしれないと思ったが、この様子では無駄話をしてもあまり意味がないと思ったので、早速本題に入ることにした。
「ところで手紙にも書いたけれど、ノインさんのお父様は中央裁判所での裁判官をされていて、ノインさん自身もお父様から法律のことを色々と教わっているのだとか」
「……はい」
「実は私も法律のことを勉強したいと思って調べてみたのだけれど、難しい話が多くて苦労しているの。よければノインさんに教えてほしいなと思ったのだけれど、いいかしら?」
「……どの部分ですか?」
ノインの態度は一貫して変化がないが、法律について教えてほしいという質問には答えてもらえるようだ。
今回ノインとの接点を作るために勉強したという側面はあるが、元々法律のことはかなり勉強していた。
詐欺師たるもの、法律についての知識は必ず必要だからだ。
相手を騙す時に合法な手段と違法な手段の区別がついていないと、それは時に致命傷となりうる。
そして、そういった勉強の内容は驚くほど頭にすんなりと入ってきた。
恐らく前世の記憶を思い出しながら学んでいたからだが、元々そういった素養があったのかもしれない。
とはいえ、昔から独学では解釈が難しかった点もあったし、自分の認識が合っているかの確認したかった部分もあったので、この機会にノインへと質問を投げかけてみることにした。
「……なるほど。その部分は~」
するとノインはその全てに的確な回答をくれた。
普段の言葉数の少なさが嘘のように丁寧かつ関連知識も付け加えながら、分かりやすく流暢に説明してくれた。
「……以上になりますが、何か質問はありますか?」
「いえ、とても分かりやすかったわ。ありがとう、ノインさん」
ノインは優秀な頭脳の持ち主だという情報はあったが、まさかここまでとは思わなかった。
おかげで俺の知見も深まった。これは嬉しい誤算だ。
「……しかしイスラ様も本当に法律について勉強されているのですね。正直、ここまで専門的なことを聞かれるとは思っておりませんでした」
ノインの方も俺の知識量について驚いているようだ。
自分でいうのもなんだが、この年でここまでの教養を持っているのは規格外だ。
もちろん、運よく前世の知識を思い出していることによるアドバンテージのおかげなのだが、そんなことを知らない他人から見たら神童に見えることだろう。
「たまたま興味があっただけよ。ノインさんこそ私とあまり変わらない年なのに、素晴らしい知識を持っているのね。……噂によると既に中央裁判所の裁判官の資格も持っているのだとか」
ノインの能力を確認できたところで、今日一番聞きたかった裁判官の資格の話題に触れてみることにした。
裁判官の資格は試験に合格すれば誰でも取得可能だが、その試験の難易度は高いことで有名だ。
その上、司法と権力の癒着を防ぐという観点から、裁判官という仕事は貴族と兼任できない。
そのため一般的にはあまり人気のない職業である。
しかし、裁判官の資格を持ったからといって、必ずしも裁判官にならなければならないわけではない。
それよりも重要なのは、試験に合格することで与えられる特権があり、俺は今それを欲している。
その特権とは過去の裁判記録の閲覧だ。
過去の裁判の記録を遡れば、『平和の神の祝福』が機能しなかった暴力事件の判例が見つかるかもしれない。
そういった事例を応用すれば俺もそれを模倣するだけで暴力の使用が可能になる。
ノインに協力を求めることができれば、必要な判例を持ち出してくれるかもしれない。
「……確かに私は裁判官の試験に合格しています」
「すごいわね。それならいつでも裁判官になれるのね」
「……はい。今は父の命で貴族の方との交流を図っていますが、私はいずれ父と同じような裁判官になりたいと思っています」
そう語るノインはいつもよりも高揚した声で言葉を紡いだ。
俺は今までノインが感情を表したところを見たことがなかったので、少し新鮮な気分になった。
裁判記録の閲覧の件は気になるが、将来を語る人間に切り出すにはあまりにも無粋な内容だ。
自分の都合を優先して相手の気持ちに水を差しても今後の関係に差し障るだけだ。
今日のところは関係の構築に注力し、判例の件は改めて聞くことにしよう。
「ノインさんならきっと素晴らしい裁判官になれるわ」
「……ありがとうございます」
「もしよければ今後もこういう風に法律のことを教えてくれると助かるのだけれど、いいかしら?」
「……ええ、喜んで」
こうして俺はノイン・ヴァレンシュタインとの交流を持つことに成功した。
彼女は貴族ではないため、レティシアやユフィーに比べると優先度は低いかもしれないが、裁判記録の閲覧という目的を果たすまでの間、仲良くしてやることにしよう。
次回投稿日:3~5日後
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