20.ある日のテニス会(2)
前回の話
レティシアの茶会に集まったいつもの面々はなんやかんやあってテニスをすることになった。
レティシアとユフィーはイスラへの指導権をかけて勝負をした結果、ユフィーが勝利したのだった。
「よし、それじゃあイスラがテニスをもっと上手くなるように教えてやるぞ」
「お願いします」
レティシアとの勝負に勝利したユフィーは早速俺にテニスの指導を開始した。
ここで拒否してもユフィーの心象を悪くするだけだ。
こんなのでも一応伯爵令嬢なのだ。丁重に扱おう。
「まずテニスをする上で一番大事なのは相手から打たれた球を必ず相手のコート内に打ち返すことだ」
「そうですね」
「そのためには自分のコートに落ちた球には絶対に食らいつく必要がある」
「そうですね」
「それを可能にするのが気合だ!」
「なるほど」
ユフィーは意気揚々と持論を力説したが、全くもって中身がなく参考にならない。
始めから分かり切っていたことだが、ユフィーに先生役は不可能では?
とはいえ、こいつは今日の勝者なのだからもう少しこの茶番に付き合ってやらねばなるまい。
「では、気合を鍛えるにはどうしたらいいのでしょうか?」
「たくさん練習するといいぞ! まずは素振りだ!!」
俺は生徒役を全うするために質問を投げかけてみたが、根性論で一蹴された。
俺は渋々その場で素振りを始めた。
ユフィーは俺の周りを歩きながら、意味深な頷きを繰り返して『ふむふむ』とか『なるほど』など呟いている。
ユフィーのことだからどうせ何も考えていないと思うが、教官っぽいことをしたいだけだろう。
「イスラ、一旦ストップだ」
「はい」
ユフィーは俺の正面に立つと、腕を組み、神妙な顔で語り始めた。
「イスラのフォームを見させてもらったが、力の入れ方が良くない。イスラはラケットを振る時に力を入れている時間が長すぎる。力を入れるのは球を打つ瞬間だけでいいんだ。振りかぶってから、ラケットが体の横を通るくらいまでは軽く握って、そこで初めて強く握ることを意識するんだ」
俺はどうせユフィーのことだからまたアホなことを言い始めると思っていたが、予想外にまともなことを言っているので思わず面食らってしまった。
こいつ、こんなにまともなことを言えたのか。
「それじゃあ、実際に今言った通りやってみるんだ、イスラ!」
「あ、はい」
しまった。ユフィーが人にものを教える姿に感動していたら、肝心の話の中身を聞き逃していた。
確か、ラケットを振る時に力を抜くという感じだったな?
俺は力を抜くことを意識して再び素振りを始めたが、ユフィーは怪訝そうな顔をしている。
「違う違う、そうじゃないぞ」
「申し訳ありません」
どうやらユフィーの指示した内容と違っているらしい。
俺としたことが完全に油断していた。
「まったく、イスラは仕方ないな」
俺はどうしたものかと考えていたら、ユフィーは俺の背後に回り込み、後ろから覆いかぶさるようにして俺の手を掴んだ。
そしてそのままゆっくりと俺の腕を動かし始めた。
「いいか、イスラ。力を入れるのはここだ。ここじゃない。それと左手はこういう風にするとバランスが取りやすいし、他にも………………」
ユフィーは改めて俺に説明をしてくれているが、やはり話の内容は全く入ってこない。
俺の背中にユフィーの体が密着しており、彼女の体温を感じる。
先ほどまで全力でレティシアと試合をしていたからか、ユフィーの体温は高かった。
耳元で話しているせいで、俺の耳に吐息がかかってくすぐったい。
普段は元気な声で話すユフィーだが、今は声量をかなり落として話してくれているので不思議な感じだ。
体の自由が奪われた状態で耳元に囁きを受けることがこんなにも背徳的な行為だとは思わなかった。
「体の使い方はこんな感じだ。それじゃあ今度こそやってみてくれ、イスラ!」
俺はユフィーにされるがままになっていたが、不意にユフィーは俺の体を離れた。
どうやら説明は終わってしまったらしい。
当たり前だが、俺はユフィーの教えを実践できず、そのことを全力で誤魔化したが、ユフィーは露骨にがっかりした顔をした。
「ごめん、イスラ。やっぱり私の教え方が悪かったのかな?」
「ユフィー様は悪くありません。私の理解力が及ばなかったばかりに申し訳ありません」
俺がそう謝ってもユフィーの顔が晴れることはなかった。
悪いことをしてしまったとは思うので、埋め合わせの方法を考えておくか。
その後、俺とユフィーはノインとミレイヌを指導していたレティシアと合流して軽く遊び、この日は解散となった。
帰り際、レティシアは他の奴らに気づかれないように
「今度は二人でやりましょうね」
と声をかけてきた。
何だかいつもよりも無駄に疲れた一日だった。
そんな中で俺は今日一つ学んだことがある。
(もうテニスはこりごりだ……!!)
次回投稿日:3~5日後
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