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2.レティシアとの接触(1)

前回の話

イスラはターゲットであるアバン王子とその婚約者、レティシアと接触するも挨拶をする程度の会話で終わってしまった。しかし、改めてその二人を騙し、関係を築くことを心に決めたのであった。

初めての茶会の翌日、俺は自室の机の上で資料に目を通していた。

もちろんアバン王子とレティシアに関する情報が書かれたものだ。

既に何度も目を通してきたものばかりだが、改めて彼らの情報を整理した。


まずはアバン王子。彼は容姿端麗で品行方正であり時期国王としての期待度が高い人物のようだ。

様々なうわさ話を集めてはいるが、昨日はほとんど接点を持てなかったので情報の裏付けはできていない。しかし少なくとも容姿端麗であることは間違いなかった。


次にレティシア・フローリア公爵令嬢。彼女もまた容姿、能力ともに評判は高い。

レティシアとは少し会話できたが、その時の印象と俺の持っている情報の相違はほとんどない。

曰く、人当たりが良く、いつも優しい笑顔を絶やさない聖女のような人物だとか。

その評判はある意味正しいが、実際に会うことで別の印象も持つことができた。


(レティシアの笑顔は作られたものだ)

レティシアは俺と話していた時も、取り巻き達と話している時も、王子と話していた時も常に笑顔を浮かべていたが、その笑顔は自然なものには見えなかった。


自分でもなぜそう思ったかは説明できないが、恐らく前世に身に着けた勘のようなものだろう。

この直感を疑うと話が進まないので、それが正しいと仮定するならば今度はなぜレティシアは作り笑顔をしているのかということになる。


(レティシアは外面を取り繕っている性悪女なのか、あるいはお人形さんなのか)

俺は二つの仮定を立てた。


一つはレティシアが評判通りの人物になるよう努力して理想の自分を演じているという説だ。

この場合、彼女の本来の性格は負けず嫌い、居丈高、わがままで生意気などが考えられる。承認欲求を満たす為に周囲の人間が求める人物像を演じ、賞賛されることに喜びを感じるタイプだ。


しかし、俺があからさまなヨイショをした際に彼女から嬉しそうな雰囲気は一切感じ取ることができなかったため、この説は腑に落ちない。


そうなると有力なのが二つ目の説だ。

それは彼女が親やアバン王子から女とはかくあるべきという理想を押し付けられているのではないだろうか、というものだ。


レティシアとの会話の中で俺は彼女の感情をほとんど読み取ることができなかった。

それはもしかしたら読み取ることができなかったというよりもむしろ彼女は他人との会話で何も感じていなかったのではないか。

そう考えると個人的には納得がいくような気がする。


他人とのコミュニケーションも誰かの理想通りに決められたように無心にこなす。

そこに自分の意志は介在しない。

そういう操り人形のような存在なのではないだろうか。


(次に会った時に確かめるとするか)


方針は決まった。

俺はレティシアと再会できる日を心待ちにしていた。


それから2か月ほど経った頃、その機会は訪れた。

レティシアが開催する読書会に招待されることになった。

もちろんそれはただの偶然ではなく、王城での茶会の後、レティシアに手紙を送りもっと話がしたいと伝えた結果だ。


レティシアは定期的にこのような催しを開いているが、それは趣味でやっているだけでなく政界で味方を多く作れるように支持者との交流の場を設ける必要があるからだ。

俺も子爵令嬢とはいえ貴族の端くれなのでレティシアも無下に扱うことはできないということを計算に入れた上で接近を試みた。


今度こそレティシアとの関係を進展させる。

二度目の失敗は許されない。

俺は入念に準備をしてからレティシアの屋敷に向かった。


フローリア家の屋敷は公爵家にふさわしい立派な建物だった。

手入れされた庭に咲く花は客人の目を楽しませ、屋敷の廊下には高そうな絵画や壺が飾ってある。


レティシアの両親は金を世間体のために使うのに躊躇いのないタイプなのだろう。

金持ちには珍しくない特徴だ。

レティシア本人もそんな両親の自己顕示欲を満たすアクセサリーにされている可能性は高いのではないだろうか。そうなると俺の仮説は一層信憑性を帯びてくる。


読書会の会場である広間に入ると、既にレティシアと取り巻き数人が談笑していた。

レティシアは俺の存在に気づくと笑顔で近づいてきた。


「イスラちゃん、いらっしゃい。今日は来てくれてありがとう」

「レティシア様、こちらこそお招きいただきありがとうございます」

「イスラちゃんはこういう会は初めてだよね。みんなに紹介するね」


そう言ってレティシアは俺を取り巻きに紹介してくれた。

簡単に挨拶を済ませると、取り巻き達からは様々な反応があったが、歓迎してくれそうな雰囲気はあまり感じなかった。


(こいつらのことも調べないといけないな)

名前は一通り覚えたので、次回までにこいつらのことも調査して、あわよくばレティシアと王子の婚約解消の駒にしたい。


そんな微妙な空気を読んでか読まずか、レティシアは明るい声で俺に話した。

「今日は楽しんでいってね。私のお勧めの本もたくさん用意したから、きっとイスラちゃんも気に入る本に出合えるはずだよ」

「レティシア様のお勧めの本を読めるのは楽しみです。読んだ後で感想を聞いていただけますか」

「ええ、もちろん。そのための読書会だから」


広間のテーブルには10数冊の本が置いてあった。

これらは恐らくレティシアが用意したもので、彼女も一度は目を通しているものだろう。

俺はそのタイトルをざっと眺めたが、半分以上は読んだことがあるものだ。


(これならいける)

今日はこの本を使ってレティシアの本心を探っていこう。


「さあ、そろそろ読書会を始めましょうか。各々好きな本を手に取って読んでみて」

俺が広間に着いてしばらく経った後、改めてレティシアが読書会の開始を宣言した。


俺は既に未読だった本の内容を掴むため読み始めていた。

レティシアの用意した本は7割が小説、残り3割が伝記、学術書などだった。

小説のジャンルは様々だったが、現在の貴族体制に批判的なものや、悲劇的なものはなさそうだ。


そのラインナップはせっかくの来客に楽しい気持ちになってほしいというレティシア本人の配慮なのか第三者が選んだだけなのかはわからないが、無難なチョイスだと思った。

俺は本の細かい内容は無視して、並べられた本のあらすじと傾向の把握に努めた。


しばらく時間が経った頃から少しずつ会話が耳に入るようになった。

感想を語りたい者が現れたのかと思ったが、その会話の内容は聞くに堪えないほどひどいものだった。


「レティシア様、こちらの本を読んでみたのですが、内容が難しくてよく分からなかったです」

「あら、そうだったのね。それならこちらの本はどうかしら? さっきのものよりも読みやすいと思うけれど」

「ありがとうございます。だけど私、本を読むのがどうにも苦手なのです。よろしければレティシア様のお話を聞きたいです」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、今日は読書会なのだから頑張って読んでみない?」


レティシアに話かけているのは確かユフィー・グリーアという伯爵令嬢だ。

彼女が内容が難しいと評した本はどちらかと言うと子供向けに近い小説だ。


(馬鹿貴族なんて絶好のカモなんだがな)


貴族は世襲制のため、信じられないような馬鹿でも親の地位を継承できる。

王子の婚約を破棄させるという目的がなければ、あんな馬鹿から金を巻き上げるのも悪くないが、今はそんなことどうでもいい。


(レティシアも苦労するな)


本を読むのは退屈だと言わんばかりにさえずるユフィーを笑顔で相手しているレティシアに少し同情しつつも俺は自分がレティシアに話しかける機を窺った。


「レティシア様、私も本を読んでみました。少しお話できないですか?」

先ほどの馬鹿はさておき、他にも本を読了した者たちがレティシアと感想を話していたので、俺は少しタイミングをずらして話しかけた。

「ええ、もちろん。どの本を読んだの?」

「この『聖剣勇者の冒険譚』という物語です。主人公の正義感溢れる行動が素晴らしかったです」

俺は本を見せつつレティシアの表情の変化に注視した。


この本は伝説の聖剣を偶然台座から引き抜いた主人公の少年が様々な困難を乗り越えて悪の魔王を倒すというような話だ。

今回用意された小説の中でも最も周囲からの期待に応える主人公の構図が表れており、レティシアも感情移入しやすい内容だと思ったので、これを選んだ。


「まあ、その本ね。実は私もその本はとてもお気に入りなの。強大な敵を相手にしても怯むことなく立ち向かう勇者の姿は私たちも見習うべきだと思うわ」

「私もそう思いました」


レティシアは俺の選んだ本を見てもほとんど表情を変えなかったが、ほんの少しだけ好意的な雰囲気を感じ取れた気がした。

とはいえ、これだけでは俺の中の仮説を補強するには根拠が薄すぎる。


『聖剣勇者の冒険譚』の話が一段落した頃、俺はもう一冊の本を取り出した。


「レティシア様、実は私もう一冊読んだ本がありまして」

「すごいわね。この短時間で2冊も読んだの?」

「はい。こちらの伝記なのですが」


俺が取り出したのは『ローリッヒ王の一生』というこの国ができる以前に存在したと言われる伝説上の王国の王様の伝記だ。

その王は奇抜な政策で国内外の問題を次々と解決し、王国の最盛期を築いたものの、あまりに変わり者だったため、周囲の理解を得られず苦悩し、自分に意見する家臣を左遷したりと傍若無人に振る舞ったことから賛否の別れる人物である。


「『ローリッヒ王の一生』ね。イスラちゃんはこういうのも読むのね」

「ええ。大昔の王様の武勇伝ですが、その功績が面白おかしく書かれておりとても面白かったと思います。彼の功績はとても偉大さはよく理解できました。……しかし、このような自分勝手な生き方ができるのは限られた人だけです。少なくとも私は周囲の人と協力して生きていく方が向いていると思いました」

「イスラちゃんは自分の考えをしっかり持っててえらいね」


会話をしながら、レティシアの表情を観察を続けたが、今度は先ほどよりも分かりやすい変化があった。

俺が伝記の内容を面白かったと言ったり、王の功績を称えた際に少しだけ面白くなさそうな目をした。


俺はレティシアの性格が「秩序」や「善」を重んじるものだと感じたので、この伝記に描かれている王のような身勝手な人物は好まないと思っていた。

そして彼女の反応を見るに、その予想は当たっていたと思う。

その後に少し間を取り、王の生き方を否定したら一瞬ではあったが、レティシアは驚きと期待が混ざったような目をした。


(目は口ほどに物を言う)


どこで覚えたかは忘れたが、そんな格言があった気がする。

全くもってその通りだと実感した。


レティシアはいつも笑顔を浮かべているが、感情を揺さぶれば必ずどこかにその兆候は表れる。

その兆候を拾っていけば彼女の本質にたどり着ける。

そのことを確信することができたのは大きな収穫だ。


その後は取り巻きたちのブロックにも遭い、レティシアとはあまり話すことができないまま読書会はお開きとなった。

しかし今日はもう十分な成果を得られた。


俺は静かに帰り支度をし、広間を出ようとしたのだが、

「イスラちゃん、少しいいかしら」

レティシアに呼び止められた。


これは望外の展開だ。この声かけは俺に興味を持ってもらえたことの証左だろう。

もちろん俺は帰ろうとしていた足を止めると、レティシアがパタパタとこちらに駆け寄ってきた。


「今日は楽しんでくれたかしら。よければまた来てね」

「ええ。とても楽しい時間を過ごさせていただきました。またお呼びいただけるのならば、いつでも馳せ参じます」


何の用かと思ったが、ただの見送りか。

レティシアの主催する会に参加するのは初めてなので知らなかったが、彼女は客人一人一人にこうして声をかけるような慣習があるのか。


レティシアの呼び止めの真意を計れずにいたが、レティシアはゆっくりと俺に顔を近づけてきた。

俺はどういうことかと混乱し、動けずいたが、レティシアは俺の耳元で小さく囁いた。


「今日はあんまり話せなくてごめんね。よければ今度二人だけでお話しましょう」


元々レティシアの声は鈴のような澄んだ美しさを持っていたが、声量を落として発することで蠱惑的なものになった。

そのせいで俺はその申し出の内容を一瞬理解できなかった。


俺が呆気に取られている内にレティシアの顔は元の位置に戻っていた。

その顔はいつも通りの微笑みだった。


「それじゃあイスラちゃん、さようなら。気を付けて帰ってね」

「……失礼します」

俺は何も考えることができないままレティシアの屋敷を後にした。


迎えの馬車に乗り、一息つくことでようやく先ほどの状況を整理できた。

(最後の最後で最高の展開を引き当てたな)

レティシアから直々にデートのお誘いが来た。

関係構築にはもう少し時間がかかると思っていたが、嬉しい誤算だ。

早速プランを考えなければ。そう、レティシアと二人だけでの密会。


『よければ今度二人だけでお話しましょう』

俺は次の策を考えようとしたが、先ほどのレティシアからの囁きが耳から離れなかった。


顔を近づけたことで、レティシアの美しさを間近で実感した。

毛穴すら見えない若々しい肌や、長いまつ毛など普通に接しているだけでは見えにくい部分まで完璧に美しかった上に、髪からいい香りも漂ってきた。


『よければ今度二人だけでお話しましょう』

気を抜くとあの囁きが頭の中で何度も繰り返される。


(いかん。気をしっかり持て、俺)


レティシアの行動原理を理解し、思い通り動かせるようにするのが目標ではあるが、その前に俺が彼女の美しさに惑わされないよう心を強く持たなければならないな。


今の俺は女だし、元男とはいえその頃の記憶はない。

そんな俺でさえ高揚してしまうほどの美貌なのだから凄まじい。

自然と紅潮していた頬をパチンと叩き、俺は改めて次の作戦を考えた。

連載開始から3話まで毎日投稿します。

9月26日(火):1話

9月27日(水):2話

9月28日(木):3話

の予定です。


続きが気になる方は是非ブックマークしてお待ちください。

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