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19.ある日のテニス会(1)

前回の話

イスラとユフィーはアバン王子と面会し、レティシアの変化について話し合った。

その面会の中でイスラは今後も王子との面会の機会を得ることに成功したのだった。

年が明けて、新年会でのゴタゴタも無事終了したある日。

冬は寒いのが難点だが、その分晴れて空気が澄んだ日も多い。

そんな冬空の下、俺は運動着を着てテニスラケットを持ったまま左右から高貴なお嬢様方から声を掛けられていた。


「イスラ、テニスが上手くなるにはどうしたらいいか私がしっかり教えてやるからな!」

「……はい、ありがとうございます、ユフィー様」

「イスラちゃん、ユフィーは確かにテニスが上手いけれど、教えるのは苦手だと思うの。だから分かりにくかったら私に声をかけてね」

「……はい、ありがとうございます、レティシア様」


今日はレティシアの屋敷でいつもの茶会だったはずだ。

それなのにどうしてこうなったのか。

きっかけは一時間ほど前に遡る。


いつものようにレティシアの屋敷に集まった俺たち取り巻き集団だが、今日はラスカルの腰巾着だったアンリ・ランカスター伯爵令嬢はいないようだ。

この前の集まりで力関係を分からせてやったのが効いたのか、この場に顔を出しにくいと感じたのだろうか。


そんなわけで今日は俺の他にはユフィー、ノイン、ミレイヌという3人が集まっていた。

当初は5人もいた取り巻きだが、随分スッキリ……もとい寂しくなったものだ。


毎度のことながら旨い茶が出され、それを飲みながら雑談をしていたのだが、ふとユフィーが口を滑らせた。


「イスラは年下とは思えないくらいしっかりしてるからな。私がイスラに勝ってるのはテニスの腕前くらいじゃないか?」

「……ユフィー、イスラちゃんとテニスをしたことがあるの?」

話の流れでユフィーが俺とテニスをしたことを口にしたが、レティシアはすぐにそのことに言及した。


レティシアは意外と独占欲が強い性格をしている。

他の皆には秘密だが、俺のことを『親友』と思っている彼女からしたら、自分が預かり知らぬところで俺とユフィーが二人で会っていたのは思うところがあるのだろう。


「はい。この前イスラがうちに来た時にやったです!」

「そう、イスラちゃんはユフィーの家に遊びに行ったのね」


ユフィーは悪気無くペラペラと喋っており、レティシアも笑顔を崩していないが、俺の方に言外の圧を感じる。

アバン王子曰く、レティシアは以前よりも感情表現が豊かになったとのことだが、確かにその通りかもしれない。


「イスラちゃん、ユフィーの屋敷に行ったのはどういう要件だったのかしら?」

レティシアの顔と声は完全によそ行きの時のそれだ。

最近は自然な笑顔を見せることも多かったが、今は張り付いた笑顔であり恐ろしさすら感じる。


とはいえ、やましいことは何もないので堂々と答えた。

「先日の新年会の件で、アバン王子へのお詫びに伺う際に、打ち合わせが必要だと思ったためです。その件での話し合いの後にユフィー様からテニスにお誘いいただきました」

「私がイスラと遊びたくなったです」


ユフィーもレティシアにありのままを答えた。

「そういうことね。それなら仕方ないかしら」

レティシアは表情を変えなかったが、心なしか圧が弱まった。

彼女の中で納得できる理由だと判断されたようで良かった。


「イスラちゃんが勝てなかったってことはユフィーの方がテニスが上手なのかしら?」

「はい。私も少しは嗜むのですが、ユフィー様には全然及びませんでした」

ユフィーは俺に褒められてあからさまに得意そうな顔をしている。


レティシアはそんなユフィーのことはスルーして俺に提案した。

「それなら今度私がイスラちゃんにテニスを教えてあげるね。こう見えても私、結構上手いんだよ」

レティシアはそう言いながらラケットを振るようなジェスチャーをしてみせた。


レティシアは何をさせても器用にこなしそうなので、運動も得意だと言うのならきっとそうなのだろう。

しかし、それを聞いたユフィーが話に入ってきた。


「レティシア様、イスラには私が教えるですよ? 私、イスラよりも上手いのです!」

「ユフィー、あなたがテニスの腕前に自信があるのは分かったわ。けれど、きっと私の方がイスラちゃんの先生役は相応しいと思うのだけれど?」

「でも、私もイスラと遊びたいです!」


普段ならユフィーはレティシアの言葉には大人しく従うことが多いが、今日は言い返している。

レティシア相手にユフィーがムキになるのは珍しいことだ。

普通なら何か意図があるのでは、と思うところだが、ユフィーに限ってはそんな裏はない。

ただ遊びたい気持ちが強かっただけだろう。


「あなたはこの前遊んだのでしょう? それなら次は私に譲ってくれてもいいじゃない?」

レティシアはあくまで諭すように語り掛けているが、何やら雲行きが怪しくなってきた。

なんでこの二人はそんなことで張り合っているんだ?

俺にテニスを教えたところで何の得にもならないというのに。


何にせよこれ以上この場の空気が悪くなるのは勘弁してほしい。

俺以上に立場の低いノインとミレイヌは完全に存在感を消してとばっちりを受けないように必死だ。


「あの、そんなにテニスをしたいのであればレティシア様とユフィー様のお二人でされてはどうでしょうか?」

俺は小さな声で提案したが、レティシアとユフィーは同時にこちらを見た。


そして二人してうんうんと頷くと、

「なるほど、イスラちゃんはつまりこう言いたいわけね」

「私とレティシア様、勝った方に教わりたいということだな!」

示し合わせたかのように息を合わせて返事をした。


俺の意図は全く違ったが、この際もうどうでもいい。

俺もこの流れに身を任せることに決めた。


そうしてレティシアとユフィーの二人でテニスをする流れだったはずなのだが、レティシアの提案により今日は全員でテニスをしようということになり、俺たちは全員レティシアから運動着とラケットを借りてテニスコートにやってきたのだった。


ユフィーの屋敷の時も思ったが、金持ちの家の庭には当然のようにテニスコートがあることに驚きを感じるのは俺だけなのだろうか。


「それじゃあ準備はいいかしら、ユフィー」

「はい! いつでも大丈夫です!」

俺はテニスコートの外からレティシアとユフィーがコート内で対峙しているのをぼんやりと眺めていた。


今回は時間の都合により3ゲーム先取という短期戦で勝敗を決めるようだ。

寒いのでとっとと終わらせてほしいというのが俺の正直な感想だ。


そう思っているとユフィーのサーブで試合が始まった。

俺はこの前あれを受けたが、かなり早かった。レティシアは対処できるのだろうか。


ユフィーのラケットによって弾き出されたボールは凄まじい速さでレティシアのコートを駆け抜けた。

レティシアはその間一歩も動かなかった。


(やはりレティシアでも敵わないか)

レティシアもテニスの腕前には自信があったようだが、流石にあの威力のボールは打てないか。

(……いや、何かおかしい)

レティシアは簡単に点を失ったわけだが、顔は不敵に笑っている。


俺はどういうことか理解できなかったが、すぐにユフィーの二回目のサーブが放たれた。

さっきと同様に素早い球がレティシアのコートにバウンドしたが、今度はレティシアが動いた。

「えい!!!」

掛け声と共にラケットを振ると、ユフィーのサーブを見事に打ち返した。


しかもただ打ち返しただけでなく、鋭い打球となってユフィーのコートに入り込み、今度はユフィーが一歩も動けずにレティシアの得点となった。

レティシアもテニスの腕に自信があると言っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。


レティシアとユフィーはどちらからともなく互いに目線を交わして改めてラケットを構え直した。

コートの中の空気はもはや素人が入り込む余地のないほど真剣そのものだったが、二人とも険悪な雰囲気ではなく、むしろ好敵手を得られたことに喜びすら感じているような様子だ。


二人は激しい死闘の末、僅差でユフィーが勝利した。

「完敗だわ。ユフィー、あなた本当に強いのね」

「レティシア様も強かったです。流石はレティシア様です」

試合の後、二人は晴れ晴れとした顔で握手を交わし、俺は自然と拍手を送っていた。


二人はコートを笑顔で出てきた。先ほどまでの険悪な空気が信じられないほどだ。

何事もなく終わってよかった。……いや、終わってくれ。

しかしそんな俺の願いは一瞬で砕け散った。


「やったぞイスラ! レティシア様に勝った!!! これでイスラの先生役は私だな!」

ユフィーはぴょんぴょんと飛び跳ねて全身で喜びを表現し、あろうことかレティシアの目の前で彼女に勝利宣言をかましてきた。


レティシアは笑顔のまま不機嫌そうな目をするという器用な真似でユフィーを見ていたが、ユフィーは全く気が付いていない。

テニスとはいえ、レティシアに勝ったという事実がユフィーをいつも以上にハイにしている。


(…………空が青いな)

俺はなすすべもなく現実逃避をして目の前の惨状から目を背けるしかできなかった。

次回投稿日:3~5日後

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