18.新年会(3)
前回の話
イスラとユフィーはアバン王子の前でやらかしてしまったので、二人で改めて王城に謝罪に行くことになったが、そのために二人で事前の打ち合わせを行った。
いよいよアバン王子に呼ばれて登城する日になった。
幸いにも良く晴れた冬空で、空気は冷たいものの日差しは温かい。
行きがけにユフィーと合流し、二人で王子の待つ部屋の前までたどり着いた。
「ユフィー様、準備はよろしいでしょうか?」
「うん。イスラの教えてくれたパターンも頭に入れてきたから大丈夫」
「ありがとうございます。ではいきましょう」
ユフィーも準備万端なようだ。
俺は意を決して扉をノックした。
「ユフィー・グリーア、イスラ・ヴィースラー、只今参りました」
「入れ」
扉に向かって来訪を伝えると、中から衛兵が扉を開けてくれ、アバン王子は俺たちを迎え入れた。
部屋の中では既にアバン王子が座っており、俺たちは目線で近くのソファに座るよう促された。
「座れ」
「失礼いたします」
俺とユフィーは促されるままソファに腰をかけた。
ソファは中々に座り心地が良く、流石は王城の備品だと感心した。
さて、まずはここに来た要件を早めに済ませることにしよう。
「アバン王子、先日の新年会ではお騒がせしてしまい誠に申し訳ありませんでした」
謝罪のために一度立ち上がり、王子に向き直ると俺は深く頭を下げた。
ユフィーも打ち合わせ通り俺に倣って同じように頭を下げた。
「そのことはもういい。頭を上げて座れ」
しかし予想通りアバン王子は俺たちの謝罪などどうでもいいと言わんばかりに面倒くさそうな声で俺たちに座るよう促した。
「寛大なお心感謝いたします」
俺は言われるがまま再びソファに腰かけた。
ここまでは予想通り。
王子がなぜ俺たちをここに呼んだかは次の王子の言葉で分かるだろう。
口を開かず待っていると、王子はおもむろに切り出した。
「お前たちは普段レティシアと親交があると思うが、最近のあいつの様子について何か気付いたことはないか?」
王子は婚約者であるレティシアのことについて尋ねてきた。
これも予想通りと言っていい。
王子が俺たちと話をする要件など普通に考えればそのくらいだ。
突然訳の分からない話をされることなく、予想通りの案件だったことで安心した。
「最近の様子、と仰いますと具体的にはどういったことでしょうか?」
しかし、まだ質問が漠然としている。もう少し情報がほしい。
もちろん色々と話をできるだけの手札はあるが、どのカードを切るべきかは慎重に判断しなければならない。
王子は少し考える素振りを見せたが、すぐに返事を返した。
「レティシアはいついかなる時でも、私情を排してその場に合わせた完璧な振る舞いをすることができる人間だ。しかし最近、彼女が今どのような気持ちなのかを感じられることが増えたように思うのだ」
確かにレティシアは以前よりも取り巻きが集まる茶会の際も、表情が緩むことが増えたかもしれない。
もちろん、その原因は俺なのだが迂闊にそのことを明かしてはならない。
「王子はそのことを悪いことだとお考えなのでしょうか?」
アバン王子はわざわざ親しくもない俺たちを呼んでそのことを相談したということは、ただ婚約者の感情表現が豊かになって嬉しいことを自慢するためであるわけがない。
少なくともそのことをアバン王子は問題だと感じている。
「必ずしも悪いことだとは思わない。しかし、王妃ともなるべき人間であれば私情で動くことは許されない。少しくらい顔や態度に出るくらいであれば許容できるかもしれないが、このまま我儘な振る舞いをするようになったら困る」
アバン王子の言っていることは理解できるし、筋も通っている。
しかし俺はその程度のリスクで俺たちを呼び出したことには違和感が残る。
王子の真意は本当にそこにあるのか?
先ほどからアバン王子の表情を観察しているが、一貫して感情は読み取れない。
レティシアは笑顔で本心を隠すが、アバン王子は無表情で感情を隠している。
意図が読めないので、無難な返事でお茶を濁すしかあるまい。
「王子のお考えは分かりました。我々が把握している範囲でのレティシア様に関わる変化といえば、ラスカル・マテリアル様がいなくなられたことでしょうか」
できればもっとアバン王子の話を聞いてからこちらの発言の方向性を決めたかったが、こちらから質問ばかりしていても不審に思われるかもしれないので、差しさわりのない範囲で話題を出すしかない。
ラスカルが王都を離れたという話は貴族連中の間では少し話題になったようだが、彼女の父親であるカール侯爵が頑なにその件に関する発言を避けたので、すぐに話題に上がらなくなった。
もちろんアバン王子の耳にも噂くらいは届いているだろう。
「その件は余の耳にも届いている。しかしラスカル嬢の不在とレティシアの変化に何の関係があるのだ?」
「ラスカル様はレティシア様と同様に気品のある振る舞いを崩さない方でした。レティシア様もそんなラスカル様がいらっしゃったからこそ、ご友人といるときであってもご自身を厳しく律することができていたのかもしれません」
「今はそうではないと?」
「私たちの力不足で大変恐縮ではあるのですが、ラスカル様がいなくなられてからはレティシア様もご友人の前では少し気のゆるみが表れるようになったかもしれません」
「なるほどな」
アバン王子は全く気のない声で返事をした。
全然納得できないとい言わんばかりの難しい表情だが、反論できる部分がないのだろう。
「イスラの考えは分かった。ユフィーはどう思う?」
アバン王子は俺から有益な回答が出てこないと分かると、ユフィーに水を向けた。
「はい! ええっと……」
「ユフィー様、落ち着いて答えれば大丈夫ですよ」
「うん。……いや、はい」
ユフィーは突然話を振られて明らかに動揺しており、助けを求めるように俺の方を見てきた。
この『落ち着いて答えれば~』という言葉は事前の打ち合わせで決めた『自分の考えをそのまま話せばいい』という意味の暗号だ。
ユフィーは俺の顔を見て頷くと、王子に向かって語り始めた。
「レティシア様が変わられたのはイスラの影響もあると思うです!」
「……は?」
「ほう、その心は?」
ユフィーはいきなり俺の話を始めた。
呆気に取られた俺を無視して王子は途端にその話に食いついた。
「イスラはすごく優しくていい子なんです。きっとレティシア様もそんなイスラと仲良くなれて嬉しいのだと思うです。私もイスラと仲良くなって、イスラになら自分の気持ちを素直に言えるようになったです」
相変わらずユフィーは敬語が苦手なようで言葉遣いがおかしいが、アバン王子はそんなことは気にしていない様子で俺の方を見て不敵に笑った。
「イスラよ、レティシアの変化の心当たりがないと言ったが、自分のことは棚に上げるのか」
「も、申し訳ございません」
「……冗談だ。誰しも自分のことは客観的に見えないものだ」
アバン王子は冗談だと笑ったが、一瞬俺の方を明確な敵意を持って睨んだように思えた。
やはり王子はレティシアの変化を好ましいものと思っていない。
そしてその原因が俺だという疑念を持ってしまった。
(いや、これはこれで悪くないか……?)
とにもかくにも結果的にアバン王子には俺という存在を強く意識させることには成功している。
無関心は嫌悪感にも劣る。一度関心を持ってさえもらえれば挽回の機会は必ずある。
「レティシアが良き友人に恵まれているようで安心した。今日のところは帰っていいぞ」
「かしこまりました。それではこれにて失礼いたします」
アバン王子はもう用事は済んだと言わんばかりに俺たちに退室を命じた。
今回は本当にレティシアの近況確認が目的だったみたいだ。
俺とユフィーはそそくさと立ち上がり、部屋を出ようと扉に向かった。
「イスラ、ユフィー」
「はい、いかがされましたか?」
部屋を出る前に王子に呼び止められたので、俺は訝しみながらも笑顔で振り返った。
「これからもレティシアの様子について聞くことがあるかもしれないが、その時はまたここに来い」
「喜んで馳せ参じます」
アバン王子の言葉は予想外ではあったが、これ以上にない素晴らしいものだった。
これで王子との直接的な接点もできた。
後はこの好機を上手く生かすだけだ。
かくして俺たちは無事王城を後にしたわけだが、門を出るとすぐにユフィーは俺に聞いてきた。
「なあ、イスラ。王子は何で私たちにレティシア様のことを聞くんだ? 婚約者なら気になることがあれば直接聞けばいいのに」
王子の前では大人しくしていたが、すっかりいつものユフィーに戻っていた。
せっかく王子との接点を持てるようになったというのに呑気な女だ。
きっとそのことの価値を全く理解していないのだろう。
「アバン王子はユフィー様ともっとお話しがしたいのではないですか?」
「えー!!! そうなのか!!! でも王子はレティシア様と婚約してる訳だし、それってアリなのか!?!?」
俺が適当な返事を返すと、ユフィーは面白いように慌てた。
表情や手がわちゃわちゃと動き、動揺が伝わってくる。
今日は結果的にユフィーの言葉で王子の気を引けたし、俺のことを褒めてくれたのはありがたかったが、それにしても驚かされた。
そのため、少し仕返しがしたくなり、つまらない嘘を言ってしまった。
「…………冗談です」
「何だと!? こいつめ、ワシャワシャの刑だ!」
十分にユフィーが慌てる様子を堪能できたので、種明かしをしたら以前と同じように頭を乱暴に撫でられた。
「やめて下さい、髪が乱れます」
「イスラが変なこと言うのが悪いんだぞ」
王城での謝罪、という要件の帰り道にしては些か賑やか過ぎるやり取りをしつつ、俺たちは帰路についたのだった。
次回投稿日:2~4日後
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