16.新年会(1)
前回の話
イスラとレティシアは温泉旅行に行っていた。
レティシアとの温泉旅行から数日が経ち、年明けを迎えた。
あれからは特に大きな事件もなく、忙しいながらも穏やかな年末を迎えることができた。
そして新年には大きなイベントが一つある。
そのイベントとは王城への新年の挨拶だ。
俺のような子爵令嬢でも王族の人間に挨拶をする数少ないチャンスだ。
昨年はレティシアとの関係構築には成功したが、肝心のアバン王子とはほとんど言葉を交わしていない。
(今年こそは王子とも関係を築く)
レティシアの相手をしていると忘れそうになるが、俺の最終的な目的はあくまでアバン王子の婚約と子作りの阻止であり、レティシアのご機嫌取はその手段に過ぎない。
もちろん、現在アバン王子と婚約が決まっているレティシアの言動をコントロールすることは大事だが、そろそろその後のことも考えなくてはならない。
そのためにもまずは今日の新年会だ。
祝いの席でしか着ないような派手な色味のドレスを纏い、俺は王城へと向かった。
王城の大広間にの一際立派な椅子には国王が鎮座していた。
王広間の玉座は階段状になっている室内の一番上に位置しており、その下は国王への挨拶の機会を伺う貴族でごった返していた。
恐らく俺の父親もこの中にいるのだろうが、子爵が国王に直接声をかけるなど、よほど運が良くないと難しいだろう。
俺は国王のいる大広間には入らず、王子を探した。
王子の姿は見つからなかったが、他の部屋よりも一際人が多い広間があり、そこに王子がいるのだろうとすぐに分かった。
国王に群がっていた奴らよりは全体的に若いが、男もたくさんいるので14歳の女の華奢な体ではこの中に割って入るのは骨が折れる。
どうしたものかと思案していると後ろから声をかけられた。
「あれ、イスラもここに来てたのか。あけましておめでとう!」
振り返ると、そこにいたのはレティシアの取り巻きの一人であるユフィー・グリーア伯爵令嬢だった。
彼女もまた新年の催しにふさわしく、赤を基調とした装飾の多いドレス姿でいつもより華やかだ。
「ユフィー様、あけましておめでとうございます。ユフィー様もアバン王子に挨拶をされるのですか?」
「うーん、そう思ってたんだけど、これだけ人が多いとそれどころじゃないよな。このまま挨拶できなかったらやっぱり父上に怒られるかな」
どうやらユフィーは父親に王子への挨拶を命じられてここにいるようだ。
王子自体には興味がないのは彼女らしいとも言える。
「やっぱりレティシア様も王子と一緒だよね。婚約者だし。せめてレティシア様だけでも会いたいな」
ユフィーは相変わらずマイペースに話し続けた。
話をする時に無意識だろうが体を動かす癖があるので見ていて飽きない。
しばらく一人でいろいろと悩んでいたようだが、突然何かを思いついたようでこちらに顔を近づけてその内容を提案してきた。
「そうだ、イスラがこの中に王子とレティシア様がいるか見てくれればいいんだ!」
「あの、ユフィー様。恐れ入りますが、私の体格ではこの中に入り込むのは難しいかと」
「違う違う、私がイスラを肩車するからイスラは上から見てくれればいいんだよ!」
「流石にそれは……」
ユフィーの提案はあまりにも突飛なもので、通常であれば一考の余地すらない。
しかし、このままでは他に打つ手がないのもまた事実。
レティシアを見つけることさえできれば状況を打開できる可能性がある以上、試す価値はあるのか?
俺はユフィーの提案に乗っかることのメリットと、この場で肩車をするなどという醜態を晒すことのデメリットを天秤にかけて考えていたが、その間にユフィーに手を掴まれて広間の中に連行された。
「それじゃあ早速失礼するよ」
「ユフィー様、少しお待ちください……って何してるんですか?」
「だってこうしないと肩車できないし」
そして俺は壁際に立たされたと思ったらユフィーは俺のスカートを後ろから捲り、その中に頭を突っ込んだ。
幸か不幸か今日の俺のドレスはゆったり目のロングスカートのため、肩車のためにユフィーが入り込むだけの余裕があり、彼女は俺の股下に潜り込んだ。
他の奴らは王子のいる人だかりの中心に意識が向いているので、壁際で怪しいことをしている我々のことを気にしている者はいなかったが、一歩間違えればこれだけの衆人環視の中で下着を晒してしまうのだからもう少し気を付けてほしいものだ。
そうこうしている内にユフィーは俺のスカートの中で肩車の準備が完了したようだ。
太ももの間にユフィーの首が挟まっているのがなんだか不思議な感覚だ。
「イスラの足って細くて綺麗だね」
「ひゃっ……急に触らないでください。危ないので」
「それになんかほんのりいい匂いがする気がする。足にも香水とか付けてるの?」
「嗅ぐのもやめて下さい!」
スカートの中から声が聞こえてきたと思ったら、こんな状況にも関わらず、ユフィーは自由に振る舞っている。
あまりにも緊張感が無さすぎる。
俺もなんだか悩むのが馬鹿らしくなってきた。
「それじゃあ立ち上がるよ」
「はい」
ユフィーはゆっくりと立ち上がり、俺の足は地面を離れた。
ユフィーが完全に立ち上がると、人ごみの中心まで見渡すことができた。
やはり中心にはアバン王子がおり、その隣にはレティシアがいる。
いつも様々なドレスを身にまとうレティシアだったが、今日のドレスは紅白を基調に金色の刺繍がいくつも施されたいつも以上に派手なものだ。
しかし、彼女自身の美しさが負けることはなく、その派手なドレスですらレティシアの美しさを引き立てるものでしかなかった。
少し様子を見ていたが、レティシアはこちらに気づいたようで驚いた顔でこちらを見た。
「ユフィー様、もう降ろしてもらって大丈夫です」
「はいよー」
スカートの中のユフィーに肩車の中止を伝えると、ユフィーはゆっくりとしゃがみ、いつもの目線の位置に戻った。
「レティシア様はいた?」
「はい」
ユフィーは俺のスカートからもぞもぞと出てくるのとほとんど同時に、広間の人だかりの中からレティシアが現れた。
「イスラちゃん、それにユフィーまで。一体何をしていたのかしら?」
レティシアはあまり感情を露わにしていなかったが、言葉の端々から驚きや怒りを感じる気がする。
「レティシア様、お騒がせして申し訳ありません」
「ごめんなさい。レティシア様にお会いしたくてイスラに協力してもらっていました」
俺とユフィーは大人しく頭を下げて謝罪した。
こういう時に他人に責任を擦り付けないのはユフィーの美徳だ。
「ユフィー、あなたの差し金ね。まったく、仕方のない子だわ」
レティシアは言葉では呆れつつも声音は優しかった。
恐らくそこまで怒っていないのではないだろうか。
「レティシア、どうかしたか?」
レティシアに頭を下げたままなので状況はつかめないが、声の主は恐らくアバン王子だ。
王子がレティシアにつられてこちらに来た。
シチュエーションは最悪だが、結果的に王子への接近という目的は果たせた。
さて、ここからどう動くか。
「アバン王子、私の友人がお騒がせして申し訳ありません」
「構わん。頭を上げよ」
恐らくレティシアがアバン王子に頭を下げたのだろうが、俺たちも頭を上げてもいいのだろうか。
俺は恐る恐るレティシアとユフィーの様子を伺ったが、二人とも頭を上げていたので、俺も顔を上げて王子の方を見た。
王子の表情からは感情は読み取れないが、怒っているわけではなさそうだ。
「新年のめでたい席だ。あまりうるさいことは言わん。余興だったとでも思っておこう」
「寛大なお心遣い、感謝いたします」
王子は俺たちのことはどうでもいいと言わんばかりの態度だったが、レティシアはすかさず王子に謝意を伝えた。
どうやら俺とユフィーはお咎めなしで済んだようだ。
「レティシア、戻るぞ」
「はい」
王子はレティシアを連れて広間の中心に戻ろうとした。
ここで終わってしまっては恥を晒した意味がない。
「アバン王子、お待ちください」
俺は咄嗟に声に出していた。
王子は足を止めてゆっくりとこちらを振り返った。
「まだ何か用か?」
その声はとても冷たく、暗に弱小貴族の娘が王族の人間の足を止めたさせたことを責めているような気さえした。
しかし俺もここで怯むわけにもいかない。
「王城にてこのような騒ぎを起こしてしまい誠に申し訳ございません。つきましては改めてお詫びをさせていただく機会をいただきたく思います」
俺は改めて王子に頭を下げたが、この申し出が通る可能性は皆無だ。
そもそも王子は俺に興味がない。
そんな相手からの謝罪など必要ないだろう。
「必要ない」
案の定王子はそう即答した。
やはり王子への接近は難易度が高い。
何かもっと別の策を考えるべきか?
「……いや、待て。どうしてもというのであれば特別に時間を取ってやろう」
「……! ありがとうございます」
しかし予想外にも王子は前言を撤回して俺の提案を飲んだ。
理由は不明だが、他の人間に邪魔されずにアバン王子と話をするチャンスだ。
俺はにやけそうになる自分の表情を何とか抑え込み、申し訳なさそうな顔を保った。
「今度お前たち二人で王城へ来い。日時は追って伝える」
アバン王子はそう言い残してレティシアと共に人だかりの中に消えた。
……お前たち二人?
「イスラ、結局私たちはどうすればいいんだ?」
俺は隣のユフィーの方を見ると、ユフィーは何が起こったかよく理解していていないようで呑気な顔をしていた。
王子と会う際に彼女の存在が吉と出るか凶と出るか。
次回投稿日:多分2~3日後
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