13.温泉旅行(3)
前回の話
イスラとレティシアは温泉旅行の最中である。
「イスラちゃん、一緒にお風呂に入りましょう」
レティシアはさも当然のように俺と一緒に風呂に入ることを提案してきた。
普通に考えてそんなことがいいはずないだろう。
「レティシア様、それはいくら何でも……」
「様は禁止!」
「申し訳……ごめん、レティシア。だけど一緒にお風呂に入るのはダメ」
俺は気が動転してついいつもの通りの言葉遣いになったが、すぐさまレティシアのダメ出しが入った。
この部屋では俺はレティシアにため口を利かなければならないのだ。
何とか言い直したものの、レティシアは俺の言っていることに納得していないようだ。
「どうしてダメなのかしら。女の子同士なのに」
「女が他人の前で肌を晒すのは、はしたないと思う」
「相手が私でもダメかしら? それにイスラちゃんも普段自分の屋敷で入浴する時に使用人に体を洗わせたりするでしょう?」
「使用人はいいけど、友人の前で服を脱ぐのは嫌」
「だったらお風呂の時だけ私は使用人の役をするわ。それならいいでしょう、イスラ様」
レティシアは使用人がするような恭しい礼をして見せた。
なぜレティシアがここまで一緒に風呂に入ることに拘るのか意図が分からないが、ここまでされた以上、何を言っても断れそうにない。
「分かった。一緒にお風呂入るからレティシアも様付けで私を呼ぶのやめて」
「やった! それじゃあ早速行きましょう」
レティシアは俺の手を取ると意気揚々と脱衣所に向かった。
脱衣所に入るとレティシアは俺の前であるにも関わらず服を脱ぎ始めた。
……いや、これから風呂に入るので当たり前のことなのだが、あまりにも恥じらいがない。
それとも、むしろ恥じらう方が不自然なのか。
女同士で一緒に風呂に入るのは普通のことなのか。
俺は前世で男だったからやましさを感じるだけで、おかしいのは俺の方なのか。
「……イスラちゃん、どうしたの、そんなところでボーっとして」
そんなことを考えている内にレティシアは既に下着姿だった。
いくら考えても答えは出ないが、ひとまずこの場は俺も脱がねば風呂に入れない。
俺もゆっくりと服を脱ぎ始めたが、レティシアがこちらを見てくるので落ち着かない。
「イスラちゃん、肌綺麗だね」
「そんなこと……あるかな?」
頭では女同士で裸を見られるなんて大したことではないと理解はしているが、不思議とレティシアの前で裸を晒すのは抵抗がある。
自分でも訳が分からずにおかしなことを言っている気がする。
「こうして恥ずかしがってるイスラちゃんも可愛いね。いじわるはこのくらいにして私は先に入ってるね」
いつまで経っても服を脱がない俺を尻目にレティシアは露天風呂が設置されている庭の方に向かっていった。
俺は少しの間動けずにいたが、ふと我に返り急いで服を脱いでレティシアの後を追った。
「寒いっ!!」
露天風呂に入るべく外に出たのはいいが、この季節に全裸で外に出るのは自殺行為だ。
早く湯に入らねば凍え死んでしまう。
「イスラちゃん、こっちこっち」
レティシアは既に浴槽の中で肩まで湯に浸かっており、俺に手招きした。
俺も急いで浴槽に入った。
「熱い!!」
浴槽の湯は程よい熱さだったが、空気の寒さとの温度差のせいで実際よりも熱く感じた。
しかしすぐに慣れて心地よい温もりとして感じることができた。
大人が4人くらいは入れそうな大きさの浴槽を俺とレティシアの2人で独占して足を延ばして湯に浸かるのはなんとも贅沢な気分だ。
「お湯は気持ちいいし、景色も綺麗ね」
「うん」
俺たちは言葉少なく温泉を満喫した。
それは決して気まずい沈黙ではなく、お互いリラックスした結果の静寂だった。
間がもたなかった時のための話題は用意していたが、この場でつまらない話をするのは無粋極まりないので無駄話はやめておいた。
しかしそんな落ち着いた時間も長くは続かなかった。
湯に浸かっていると体が熱くなってきたので、一度立ち上がり、外気で体を冷ましていると、突然腹のあたりを何かに噛まれたような感触があった。
「ひゃっ!!」
思わず女の子のような悲鳴を上げて飛び上がってしまったが、よく確認したらレティシアが俺の腹をつまんでいただけだった。
「何してるんですか、レティシア様!?」
「イスラちゃんスタイルいいな、って思って。それよりも敬語に戻ってるよ」
レティシアは悪びれもせずに再び俺の腹や腰をペタペタと触った。
「余計な脂肪が全然なくて、腰が細いよね。羨ましいな」
「そんなに触らないで」
「ごめんね。つい綺麗だったから」
レティシアはようやく手を引っ込めたが、目線はこちらに向いたままだった。
そしてレティシアはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「突然触ってごめんね。その代わりにイスラちゃんも私のこと触っていいよ」
そう言うとレティシアはその場で立ち上がり、こちらに一歩近づいてきた。
「いや、私は気にしてないからいいよ」
「でも私だけイスラちゃんの体を触ったのにイスラちゃんは何もしないなんてフェアじゃないわ。さあ、どこを触ってもいいよ」
俺が断るのも無視してレティシアはさらに一歩こちらに近づいてきた。
もはや目と鼻の先にレティシアの体が迫っている。
触ってもいいなどと言われてもどこを触ればいいのか分からない。
普段はスカートやストッキングに隠れて拝むことのできないすべすべとした生足か。
俺のことを細いと言ったのが嫌味に感じるほど完璧なシルエットの腰か。
あるいは……
「ずっと立ってると寒いから早く早く!」
レティシアから催促が入った俺は咄嗟に彼女の胸を触っていた。
ドレス姿でも立派なものを持っているとは思っていたが、実際に生で触ると確かな重みでその大きさを再認識できた。
レティシアは胸を触られると一瞬きょとんとした顔をしたが、次の瞬間にはニヤニヤとした顔に変わった。
「イスラちゃんのエッチ」
そしてその後しばらく俺のことをからかい続けた。
俺は何かを言い返そうとしたが、何を言っても墓穴を掘るだけだと思い甘んじてレティシアの言葉に相槌を返し続けた。
なぜ咄嗟に胸を触ってしまったのかは自分でも分からないし、レティシアからそのことを言及され続けるのも面倒だ。
しかしなぜだか後悔は全くない。
だがきっとそれは前世が男だったからに違いない。
今世の俺は女なので女の胸に対する興味はあまりないと思っていたが、それでも前世の名残で咄嗟に胸を触ってしまうあたり、男とは馬鹿な生き物なのだと他人事のように思っていた。
温泉旅行(4)は前後編に分かれています。
温泉旅行(4)前編:明日の午前中(時間未定)
温泉旅行(4)後編:明日の夜(多分午後11時過ぎ。ずれる可能性有)
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